医療情報室レポート
No.234

2019年11月29日発行
福岡市医師会医療情報室
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特 集 : 消費税増税が医療界に与える影響

 
  平成24年の民主党政権時代に自民党・公明党を含む3党は「社会保障と税の一体改革」に合意、消費税率を段階的に10%まで引き上げることが決められた。安倍政権では2度にわたり増税を延期してきたが、税率引き上げによる増収分の使途を「全世代型の社会保障制度」へと転換する方針を示し、本年10月、5年半ぶりの増税となる消費税率10%への引き上げが行われた。
 増税に伴う消費低迷への対策として、飲食料品と新聞購入に係る税率を従前の8%に据え置く「軽減税率制度」が我が国では初めて導入されたが、医療界においては消費税導入以来、積年の課題である「控除対象外消費税問題」の根本的な解決には至っていない。
 今回は消費税増税が医療界に与える影響と「控除対象外消費税問題」の解決に向けた動きについて特集する。

●消費税における軽減税率制度の導入

 消費税は法人税などと比べて景気に左右されにくく税収として安定しているが、低所得者ほど負担が大きい“逆進性”の問題が常に指摘されている。今回の増税では「軽減税率制度」をはじめその他対策(下表参照)が採られてはいるが、品目によって税率が異なることや同時に「キャッシュレス決済に対するポイント還元制度」の対象となる場合もあり、消費者にとって混乱は避けられない。
 なお、「軽減税率制度」については期限は設けられておらず、政府内では仮に消費税率を10%超へ引き上げる場合でも、8%の税率は据え置くべきとの意見もあり、今後の見通しは不透明だ。
 

●消費税がもたらす医療機関への影響

○「控除対象外消費税」とは?
 消費税は「消費者が負担」して「事業者が納める」税である。
 通常の事業では、仕入れ段階の商品の消費税は消費者価格に転嫁され事業者が納税しているが、「社会保険診療は非課税」として取り扱われているため、医療サービスの提供に必要な医薬品や医療機器等の仕入れ時の消費税は医療機関が負担している。この控除できない金額のことを「控除対象外消費税」と呼んでいる。
 この問題には、保険証を提示して受ける医療行為(保険診療)に対し、医療保険制度から支払われる“診療報酬”中で補填されており、今回の増税では主な点数として、初診料が288点(6点増)、再診料は73点(1点増)に引き上げられた。

○控除対象外消費税への補填率、当初想定より下回る
 ■平成26年度補填状況調査
 厚生労働省では消費税を増税した際の補填額が実際の控除対象外消費税に見合っているかを検証してきたが、平成30年7月25日開催の中医協の「医療機関等における消費税負担に関する分科会」にて、前回増税時(消費税5%→8%)の平成26年度補填状況調査の際に計算ミスがあったことを報告している。
 平成27年11月に示されたデータと再調査の結果は下表のとおりで、再調査の補填率は全体で90.6%に修正され、診療所は106.6%だが、病院は82.9%と100%を大きく下回る結果となり、病院関係者に多大な衝撃を与えた。
 



 ■平成28年度補填状況調査
 さらに平成28年度のサンプル調査でも右表のように補填率が100%を下回る結果となっており、日本医師会の中川俊男副会長は同分科会で補填不足の状態が4年以上経過していること、昨年分かれば平成30年の診療報酬改定で何らかの対応ができたのではと指摘し、分科会の検証の場としての信頼性と存在意義への疑義をも示している。
 
○病院への補填、ばらつきの是正へ
 以上のとおり、平成26年度診療報酬改定への対応には全体の補填不足と特に病院間でのばらつきが大きいことから、入院基本料や特定入院料等を分類し、診療報酬にきめ細やかな配分を行い、改善を図ることになった。
 平成30年12月に自民党・公明党が公表した「平成31年税制改正大綱」を受け、診療報酬での精緻な補填と設備投資への支援措置に、日医は「現時点において全体で医療に係る消費税問題が解決」との見解を示したが、病院団体は一定の評価を与えつつも、根本的な解決に至っておらず今後も引き続き議論が必要であることを訴えている。
 その後の予算案をめぐる大臣折衝では、今回の増税(消費税10%)に伴う診療報酬の改定率が本体+0.41%と決定され、具体的な財源の配分方法を中医協で検討した結果、ばらつきが大きかった補填分(消費税5%→8%)を一度リセットし、増税に伴う改定分として、病院で約3,000億円、診療所で約1,000億円が配分されることとなった。
 

●控除対象外消費税問題の解消に向けた動き

 「控除対象外消費税問題」に対しては前回増税時と同様、診療報酬に補填されたが、無論、この問題は医療機関によって金額が異なるために正確に補填することは不可能である。この方法に限界があることは以前より指摘されてきたが、医療界では次のように引き続き問題解決に向けた動きを続けている。

@三師会、四病院団体協議会は新たな仕組みを提言
 平成30年8月、三師会※1と四病院団体協議会※2は、控除対象外消費税問題の解消に向けた医療界全体の要望として、「控除対象外消費税問題解消のための新たな税制上の仕組みについての提言−消費税10%への引き上げに向けて−」を取りまとめた。(提言された仕組みは次のとおり。)
  〇診療報酬への補填を維持した上で、個別の医療機関等ごとに診療報酬本体に含まれる消費税補填相当額と、
    個別の医療機関等が負担した控除対象外仕入れ税額を比較し、申告により補填の過不足に対応
  〇診療報酬への補填については、消費税10%への引き上げ時に医療機関等種類別の補填のばらつきを
    丁寧に検証・是正し、その後 の診療報酬改定でも必要に応じて検証・是正を行う
  〇適用対象は、消費税および所得税について実額計算で申告を行っている医療機関等の開設者

A四病院団体協議会が原則課税を求める方針へ転換
 令和元年8月、四病院団体協議会は社会保険診療等の非課税を見直し、原則課税を求める方針を明記した「2020年度税制改正要望書等」を厚生労働省に提出。@の要望では、医療界で一致した要望として非課税のままで新たな仕組みの創設を求めたが、「平成31年度税制改正大綱」で診療報酬の配点方法を精緻化することで医療機関の補填のばらつきの是正を求める方針などが提示されたため、「非課税での対応案では個々の医療機関の仕入れ税額が考慮されておらず、税負担の不公平性を解消できない」として、原則課税へ方針を切り替えている。


                ※1三師会…日本医師会、日本歯科医師会、日本薬剤師会
                ※2四病院団体協議会…日本病院会、日本精神科病院協会、日本医療法人協会、全日本病院協会

医療情報室の目

 ★消費税だけに頼らない医療全体のあるべき姿を

 医療界が抱える“控除対象外消費税問題”を果たして世の中がどれだけ認識しているのだろうか?
 令和元年8月、全国の国立大病院でつくる「国立大学病院長会議」では、高額な医療機器やベッドなどの購入時に支払った消費税を診療費に十分転嫁できず、税率が8%になった2014年以降の5年間で969億円を病院側が負担しており、1病院あたりの補填不足は平均で年約1.3億円と試算した。当然、小規模な病院や診療所でも税負担が生じており、控除対象外消費税は医療機関の経営上、極めて深刻な問題となっている。
 問題解決のために課税化を求める声も出ているが、課税転換には国民の理解を得ることが必須であり、丁寧な説明が求められる。診療所や病院等で算定する診療報酬に違いがあることで、様々な視点がある故に意見の相違をどう埋めるか、実現への課題は多いが、いずれにせよ、まずは関係者をはじめ国民全体でこの問題に関心を持ってもらうことが必要だ。
 今回、消費低迷への対策として「軽減税率制度」が初めて導入されたが、増税によって本来得られる税収5兆7千億円のうち、同制度による減収は1兆1千億円に上るとされ、また、増税分の使途を幼児教育・保育の無償化にも充てると変更したため、制度開始2ヶ月にして今年度の財源が300億円不足する見通しとなるなど、政府の甘い制度設計が露呈しており、増大する社会保障費に充てるという消費税増税の本来の目的を失っているように思える。
 「社会保障と税の一体改革」の集大成として実施された消費税増税だが、増税への国民の抵抗感が強い我が国においては、社会保障費の財源を消費税だけに頼らず、歳出改革を進め財源の構造を抜本的に変えたり、諸外国の仕組みも参考にするなど、もっと多角的に考える必要があるのではないだろうか。
 来年4月に予定されている次期診療報酬改定では、財務省から医療本体をマイナス改定すべきだとの声が既に上がっており、その他にも受診時定額負担の導入や75歳以上の後期高齢者の自己負担割合引き上げなどが検討課題とされている。給付と負担の議論に偏らず、医療全体のあるべき姿・ビジョンを国民に示していくことが安心と社会の安定につながるため、医師会として積極的に世論に訴え、理解と賛同を得て、気運を醸成していく必要があるだろう。


編集  福岡市医師会:担当理事 庄司 哲也(情報企画担当)・清松 由美(広報担当)・松浦 弘(地域医療担当)
 ※ご質問やお知りになりたい情報(テーマ)がありましたら医療情報室までご連絡ください。
(事務局担当 情報企画課 上杉)
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