医療情報室レポート
No.233

2019年9月27日発行
福岡市医師会医療情報室
TEL852-1505・FAX852-1510
印刷用

特 集 : 医師の「働き方改革」 はどうあるべきか〜その2〜

 
 2019年4月から施行された改正労働基準法では、時間外労働の規制や年次有給休暇を取得しやすくするといった内容が含まれ、全ての事業所に対して順次適用されているところであるが、“医師”については、その特殊性や医師法に基づく応召義務との整合性を整理する必要性に鑑み、時間外労働の規制適用が2024年度以降とされたことについては、本レポートNo.218でも特集したところである。
 そして今般、厚生労働省の「医師の働き方改革に関する検討会」は、今年3月に報告書をとりまとめ、これまで「青天井」とも言われていた医師の時間外労働の上限水準などを定め、さらに7月1日には、医師等の宿日直に対する許可基準の具体的事例や医師の自己研鑽に関する考え方が示されたが、もし、医師の労働時間規制や罰則の適用が機械的に行われることになれば、地域医療や患者の健康に悪影響を及ぼすのではないかとの懸念も指摘されている。
 今回の医療情報室レポートでは、厚生労働省が示した医師の「働き方改革」の概要を確認し、その課題等について考えてみる。

●2024年4月から適用される医師の時間外労働時間の上限規制

 今年3月28日に厚生労働省の「医師の働き方改革に関する検討会」では報告書をとりまとめ、医師の時間外労働の上限規制について、下表の3つの類型を設けた。
 医療機関は、2024年度までに多くの医師が「A水準」で働けるように取り組む必要があり、B・C水準に該当するような医師がいる医療機関には、「医師労働時間短縮計画」を策定することが義務付けられる。
 
時間外労働の上限規制   
  対象 年間上限時間 月間上限時間
 A水準 一般的な医師に適用される水準  960時間以内 100時間
未満  
 B水準 救急病院等に勤務し、地域医療を
確保するため長時間労働となる
医師向けの水準
(地域医療確保暫定特例水準=
2035年度末まで)
1860時間
以内 
 C水準 一定期間、集中的に技能向上の
ための診療をする医師向けの水準
 C1:初期研修医、専攻医が対象
 C2:6年目以降の医師が高度
    技能を習得する場合が対象
追加的健康確保措置   
・連続勤務時間制限
 28時間
・勤務間インターバル
 9時間
・代償休息

※A水準は努力義務、
 B・C水準は義務
・面接指導
・就業制限、配慮、
 禁止などの措置

※A〜C水準で
 義務  

●「宿日直許可基準」の緩和と「医師の自己研鑽」の考え方

■70年ぶりの改正。「宿日直許可基準」の緩和
 厚生労働省は検討会報告書を踏まえて、今年7月1日に医師の働き方改革に直結する「医師等の宿日直に対する許可基準について」と「医師・看護師等の研鑽に係る労働時間に関する考え方について」という2つの通知を発出した。
 いわゆる「宿日直」とは、夜間や休日に医療従事者が医療機関に滞在することを指し、労働基準監督署の許可を受けていれば労働時間から除外されるが、昭和24年の通知に基づく従来の基準では、「病室の定時巡回、検脈、検温」などの業務に限られていた。しかし、今回発出された通知では、「問診や軽度の処置等が可能」となり、宿日直における業務の許可基準が緩和されるとともに、診療科や職種、時間帯等を分けて認可できることとなったため、同じ病院でも救急外来担当医と病棟当直医に分けて、夜間・休日の業務量が多い救急外来担当医は通常勤務で、病棟当直医の夜間・休日の当直については、宿日直の許可を受けるといった運用が可能となった。
 ただ、宿直中に、重症患者等が来院しても、それが稀であり、睡眠時間が確保される限り、許可の取り消しは必要ないが、この「稀」が月何回とするかなどの具体的な説明はなく、拡大解釈ができそうである。

 
 【宿日直許可基準に関する新たな通知の概要】
 宿日直勤務の条件 @通常の勤務時間の拘束から完全に解放された後である
A宿直の場合は夜間に十分な睡眠が取り得る
 
 宿日直中に従事
 可能な業務
特殊の措置を必要としない軽度または短時間の業務
【具体例】
・少数の要注意患者の状態の変動に対応するため、問診等による診察や、看護師等に対する指示、確認を行う
・休日や夜間において、少数の軽症の外来患者や、かかりつけ患者の状態の変動に対応するため、問診等に
 よる診察や、看護師等に対する指示、確認を行う 
 宿日直中に通常の
 勤務時間と同態様
 の業務が稀に発生
 した場合
常態としてほとんど労働することがない勤務であり、かつ宿直の場合は、
夜間に十分な睡眠がとり得るものである限り、宿日直の許可を取り消す必要はない
【具体例】
突発的な事故による応急患者の診療を行う、入院・患者の死亡・出産等に対応する←頻度は「稀」
 
 ※厚生労働省通知「医師、看護師等の宿日直許可基準について」より抜粋
 
労働時間に該当しない場合の「医師の自己研鑽」
 医師の「自己研鑽」については、院内で学習や研究等をした場合の時間が労働時間に該当するのか判然とせず、業務との明確な切り分けが難しかったが、今回の通知で医師の研鑽について具体的な考え方が示された。
 まず、労働時間内において、使用者に指示された勤務場所で研鑽を行う場合は、当然労働時間に該当する。問題は、労働時間外に行う研鑽だが、診療等の本来業務と直接関連性がなく、上司の明示や黙示によらずに行われる場合は、在院して行っても、労働時間に該当しないとされた。
 また、研鑽(労働時間ではない)であることを明確化する手続き等については、医師は研鑽を行う旨を上司に申し出て、上司は「本来業務に該当しない」ことや研鑽を開始する時点において「本来業務が終了している」ことを確認するなどの例示が示されるとともに、環境整備については、院内に勤務場所とは別に研鑽を行う場所を設けたり、研鑽を行う場合は白衣を着用しないといった具体例も明記された。
 
 【自己研鑽に関する通知の概要】
 宿日直勤務の条件  @一般診療における新たな知識、技能の
 習得のための学習
・診療ガイドライン、新しい治療法や新薬の勉強
・自らが術者等である手術、処置等の予習や振り返り
 

A博士の学位、専門医を取得するための
 研究や論文作成・学会、外部の勉強会、
 院内勉強会への参加や発表準備
・本来業務とは区別された臨床研究の診療データ整理、
 症例報告の作成、論文執筆
・大学院の受験勉強
・専門医の取得や更新のための症例報告作成、
 講習会受講
B手技を向上させるための手術の見学
・手技、処置等の見学機会の確保
・症例経験を蓄積するため、所定労働時間外に
 見学を行う
 ※厚生労働省通知「医師の研鑽に係る労働時間に関する考え方について」より抜粋

●2024年度までに必要な取り組みと今後解決すべき課題

医療機関は労務管理の適正化へ
 B・C水準に該当する医療機関は、「医師労働時間短縮計画」を策定し、PDCAサイクルを回して積極的に労働時間の短縮を図る必要がある。まずは、時間外労働時間の実態を把握し、労務管理を適正化する取り組みが必要だ。
 一方、国や都道府県は医療機関を適切に支援することが必要となり、医師労働時間短縮計画などを評価し、指導する「評価機能」と呼ばれる専門組織を新しくを設置する。
 詳細については、厚生労働省が「医師の働き方改革に関する検討会」の後継として新しく設置した「医師の働き方改革の推進に関する検討会」で検討され、年内に一定の取りまとめが行われる予定である。
 なお、厚生労働省は、医師の時間外労働やその分布等の実態を詳細に把握するため、8月下旬に全国の医師約14万人に調査票を配付する大規模な勤務実態調査を実施した。この調査は、9月2日から8日までの1週間の労働時間等を詳細に回答するようになっており、調査結果は今後の医師の働き方改革の制度設計の議論に反映されるため、その結果が注目される。
 
今後医療界として解決すべき課題
 医師法第19条
 「応召義務」との
 整合性
今年7月18日に、社会保障審議会・医療部会が「医療を取り巻く状況の変化等を踏まえた医師法の応召義務の解釈に関する研究」の報告書を公表。報告書では、「応召義務は、医師法に基づき医師が国に対して負担する公法上の義務で訓示的規定として置かれたもの」と指摘。医師がどのような場合に診療の求めに応じないことが正当化されるのか法的な解釈を明確にするため、患者への「緊急対応の必要性の有無」と「患者の受診時間」を重点に置き、具体的なケースを近日中に示すとしている。
 副業・兼業の場合の
 労働時間の在り方
働き方改革実行計画において、これまで認められなかった副業・兼業を普及促進する方針が示されたことから、厚生労働省が2018年7月に「副業・兼業の場合の労働時間の在り方に関する検討会」を設置し、今年8月に報告書がまとめられた。報告書では、労基法第38条で「労働時間は、事業場を異にする場合においても、労働時間に関する規定の適用については通算する」と今後の方向性を整理。兼業を行う医師に対する労働時間のあり方については、今後の検討に委ねられるが、日本医師会の松本常任理事は会見で、「医師の副業・兼業が全ての医療機関での勤務が労働時間として通算されれば、大学病院等では地域の救急を担う中小病院に宿日直のための医師を派遣できず地域医療にひずみが生じる」などと指摘している。
 タスクシフティング
 の要件整理と看護師
 業務負担増
厚生労働省が日本医師会等の関係団体に対し、「医師の働き方改革を進めるためのタスク・シフティングに関するヒアリング」を進めている。日本医師会は提出した報告書のなかで、「国民にとって安全な医療を守るため、医師による「メディカルコントロール(医療統括)の下で業務を行うことが原則」と主張。また、タスクシフティングすることで看護師の業務負担が増加してしまっては意味がないため、慎重な議論が必要であると指摘している。
 医師の地域偏在・
 診療科偏在への対策
日本医師会は、厚生労働省の「医療従事者の需給に関する検討会 医師需給分科会」で公表された「医師偏在指標」の数値について、地域の実態・実感と乖離していること指摘し、「この指標は、一定の仮定を置いた上で機械的に試算した“相対的”な指標に過ぎない」としている。各都道府県の実情を反映させ、実効性のある医師確保対策につなげていく鍵は、医師会や大学、病院団体等の医療関係者を中心とした「地域医療対策協議会」が握っており、地域医療への影響等を踏まえて十分な議論を行う必要がある。

医療情報室の目

 ★地域医療を守るための「医師の働き方改革」へ

 日本の医療の特徴は「国民皆保険制度」により、誰もが医療機関を自由に選択し受診できるところにある。しかし一方で、日本の医師一人あたりの外来診療回数はOECD加盟国平均の約2倍といわれているにも拘わらず、1000人あたりの医師数はOECD平均3.5人に対し、日本は「2.4人」と最低レベルにあり、さらに、総務省就業構造基本調査(平成24年)によれば、医師の41%が週60時間の労働時間を超えており、全職種平均の14%を遙かに上回り最も高くなっている。このような背景から、今回、国による医師等の時間外労働時間の上限規制や、宿日直基準や自己研鑽に関する具体的例示が初めて示されたわけだが、慢性的な医師不足や地域偏在が続く我が国において、「医師の労働時間短縮」と「地域医療の維持」というジレンマを解消するためには、制度が施行される2024年度に向けて、さらに踏み込んだ検討を重ねていく必要があるだろう。
 特に、今回示された時間外労働時間の基準については、原則、年960時間、特例で年1860時間が上限とされたが、この数値は、そもそも過労死認定の目安とされる過労死ラインを大幅に上回るものであり、本当に医師や医療従事者の健康が守られるのか疑問視する声もある。だが、これまで長年に亘り曖昧にされていた医師等の時間外労働のあり方について、国が一定の基準や考え方を設けたことは改革に向けた大きな一歩であるといえるかもしれない。ただ、今回の働き方改革では、労働時間規制を超えた場合に医療機関への罰則適用が想定されているが、もし、これが機械的かつ一律に行われるようなことになれば、患者や地域住民の健康が損なわれる事態に直結することは間違いないだろう。
 いずれにしても、今回、医師等の働き方改革について一定の基準や考え方が示されたことの意味は大きいが、医療機関が経営的な問題により改革が進まない事態に陥ったり、経営破綻による医療崩壊が起こることがないよう適切な診療報酬の引き上げを求めるとともに、医師も等しく家庭生活を営む人間であり、心身の健康を保てる状態でこそ安全な医療を提供できるという認識を社会全体で共有していただきたいと考える。

編集  福岡市医師会:担当理事 庄司 哲也(情報企画担当)・清松 由美(広報担当)・松浦 弘(地域医療担当)
 ※ご質問やお知りになりたい情報(テーマ)がありましたら医療情報室までご連絡ください。
(事務局担当 情報企画課 上杉)
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