医療情報室レポート
No.217

2017年5月26日発行
福岡市医師会医療情報室
TEL852-1505・FAX852-1510
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特集:医療・介護ICTの展望と課題

  いま、医療・介護分野に情報通信技術革新の大きな波が押し寄せている。厚生労働省は、今年1月に「データヘルス改革推進本部」を立ち上げ、大規模な健康・医療・介護の分野を有機的に連結したICTインフラを2020年度から本格稼働させるとの目標を打ち出した。昨今、医療等分野のICTをめぐっては、地域医療連携ネットワークの広域化やビッグデータの利活用に注目が集まっているが、その前提となるデータが分散し有効に活用されていないのが現状だ。
 そうした中、厚生労働省や日本医師会がそれぞれ大規模な医療情報ネットワークを構築する動きをみせており、2018年度から段階的に日本全国にわたる医療・介護のための広域ネットワークを構築し、2020年度からの本格運用を目指すとしている。また、これらネットワークの動きとは別に、遠隔診療の拡大や医療におけるAI(人工知能)の研究開発が進むなど、あらゆる側面で医療のICT化が加速している。
 今回の医療情報室レポートでは、厚生労働省の医療等分野ICTへの取り組みを中心に、その概要や課題に触れてみるとともに、日本医師会が打ち出している大規模な医療情報ネットワーク構想である「医療等分野専用ネットワーク」を紹介する。

●厚生労働省の医療等分野のICTに関する取り組み

 厚生労働省は、医療等分野のICT化推進に向けて、2016年度に7億円だった予算を大幅に引き上げ、2017年度は250億円を計上するとともに、医療情報データベースの基盤整備や医療情報ネットワークの広域化、医療保険のオンライン資格確認、医療等IDの制度確立等について具体的な取り組みを掲げている。
 紙面の関係上、ここでは、いくつかの項目のみを取り上げることとし、今後の課題や見通しなどについて考えてみたい。

T.医療等分野におけるICT化の推進

○医療データの完全デジタル化には、中小医療機関の電子カルテ普及が課題

 医療データのデジタル化については、電子カルテ等のデータ化が大前提となるため、厚労省は取り組みの中で、400床以上病院への電子カルテの普及率について、2020年度迄に90%以上を目指すとしている。しかし、電子カルテの普及率が3割程度とされる診療所や中小病院に対しては、普及拡大に向けた目標値や方策は示されていない。最近は、導入・運用コストが安価なクラウド型電子カルテが広がりつつあるといわれているが、医療データの完全デジタル化には、中小医療機関に向けた電子カルテ導入によるインセンティブを付与し普及拡大を図るなど、実質的な方策を考えていく必要があるのではないだろうか。

○病歴等を含む個人情報の取扱い −「認定事業者」の創設−

 医療ビッグデータの利活用をめぐっては、医療機関等が保有する個人情報を収集し、匿名化するための枠組みや規制などを定めた「次世代医療基盤法」が今年4月に閣議決定された。これは、今年5月30日に施行される改正個人情報保護法にて、病歴等を含む個人情報が「要配慮個人情報」と定められること等を受けたもので、今後、特別な安全基準を満たした「認定事業者」と呼ばれる機関がこれらの個人情報を匿名加工することで、本人から拒否がなければ、個人情報を提供できるという仕組みである。認定事業者の要件や匿名化の方法などは、今後の省令等で定められる予定とされている。
 
 
U.医療等分野のネットワークに関する取組

○地域医療連携ネットワークの維持・定着には、運用コストの継続的な確保が課題


 地域医療連携ネットワーク(NW)は、地域医療再生基金がスタートした2011年以降、全国に200以上立ち上がったとされる。また、最近では、これら地域医療連携NWの広域化に向けた動きが広がっており、総務省のクラウド型EHR(医療情報連携基盤)高度化事業(予算20億円)の実施や、厚生労働省による地域医療連携NW相互接続の研究事業など、全国規模のNWの整備が具体性を帯びてきている。しかし、既存の地域医療連携NWの多くは、機器の保守や更新といった運用コストの問題等により継続が困難になっているともみられており、NWの維持・定着に向けた利用者コストの負担の在り方なども、今後の大きな検討課題ではないだろうか。

 V.ICT・AI等を活用した医療・介護のパラダイムシフト

○遠隔診療の位置付け −完全解禁を目指す政府、対面診療の原則を主張する日医−

 遠隔診療については、平成27年8月の厚生労働省医政局長事務連絡にて、医師の判断で実施可能である旨明確化されたが、各地方厚生局・保健所により未だ適切な法解釈がなされていないとの指摘がある。このような状況を踏まえ、政府の規制改革推進会議は5月23日、遠隔診療の取扱いの明確化や2018年度診療報酬での評価拡充などを盛り込んだ第一次答申を安倍首相に提出した。答申では、遠隔診療の取扱いについて、離島・へき地に限定されず、初診時でも実施可能であることや、遠隔診療を実施する具体的症例として、禁煙外来や1回の診療で完結する疾病が想定されることなどを明確に周知するとしている。
 なお、日医は、遠隔診療はあくまでも対面診療の補完であると主張し、エビデンスに基づいた議論を行うよう政府に要求している。

○AI(人工知能)による診療支援 −最終的な責任は医師が負う−

 AI(人工知能)に関しては、様々な企業や研究機関において診療現場での活用が研究され、厚労省の取り組みの中でも、将来的にAIを診療支援やビッグデータの分析に活用することが想定されている。しかし、3月に開催された「保健医療分野におけるAI活用推進懇談会」では、AIを用いた診療支援の際の責任の所在に関し、AIの推測結果には誤りがあり得ることから、最終的な意思決定は医師が行い、その責任を負うべきとの見解が示されている。また、その前提として、医師に対するAI教育の必要性や、保健医療分野におけるAI開発への医師の関与の必要性が指摘されるなど、将来的な医療現場におけるAIの位置付け等について、一定の大きな方向性が示されたといえるのではないだろうか。

●医療等分野ICTの将来構想 −医療等分野専用ネットワーク−

 日本医師会は、高度なセキュリティを確保した公的広域ネットワーク「医療等分野専用ネットワーク」構想を打ち出している。
 同ネットワークは、厳格な機関認証を受けた医療機関等や接続要件を満たしたAP(アプリケーション)事業者のみを接続可能とし、公益性を担保するだけでなく、全国の医療機関等をカバーする広域性を有するとともに、コスト効果に優れたネットワークとされている。
 実現に向けては、最大60万もの医療機関や関係機関を結び、必要な機関に必要な情報のみを確実に流通させるよう厳格な機関認証を行う必要があることから、今後、様々な技術面・運用面での課題をクリアしていく必要がある。だが、このネットワークが現実のものとなれば、これまでにない医療等分野のナショナルネットワーク基盤として、医療情報の効率的な運用や、医療機関、患者の利便性をより高めることがきるものとして大きな期待が寄せられている。
 今回は特別に、この医療等分野専用ネットワーク構想の中心的存在の一人でもある日本医師会総合政策研究機構の矢野一博氏より、右記のとおりコメントを頂いた。

 
  医療等分野専用ネットワークのイメージと利用シーン例
  <利用シーン例>

@地域医療連携ネットワーク間の相互接続
地域医療連携NW間を相互接続し、地域を跨いだ情報の連携を行う

A医療等分野のサービス利用
許可された医療機関等が医療等分野の様々なサービスを共通利用する

B用途別VPN構成
任意の医療機関間で用途別のVPNを構成し、拠点間・グループ間通信を行う
 

医療情報室の目

★AIやICTの活用は、あくまで補完的なツールである。

 
医療・介護分野におけるICTでは、電子カルテや地域医療ネットワーク、多職種連携ツールなど、様々なシステムが存在し活用されているが、そのいずれもが、独自の規格や技術を用いたものであるため、患者等のデータを集約し共有することは現時点では容易ではない。しかし、日本医師会が描く「医療等分野専用ネットワーク」が現実のものとなれば、医療機関等が保有する患者・住民の医療・健康情報を安全かつ円滑に記録・蓄積・閲覧することが可能となり、医療・介護現場や患者の負担が軽減され、質の向上にも寄与するものと期待される。
 一方で、医療ICTについては、各方面で更なる研究が進められており、その中でも特に注目されているのが、人工知能(AI)の活用だろう。進行している研究では、AIが、がん患者の遺伝子データを短時間で分析し、変異した遺伝子を突き止めたり、蓄積された論文情報や臨床データなどを分析することで、鑑別診断や必要な検査、適切な治療薬を提示するようなシステムが開発され、実際に成果をあげている。このような状況をみれば、現在、医師が担っている高度な医学的判断が、将来、AIに取って代わられるのではないかと危惧してしまうが、厚生労働省の「保健医療分野におけるAI活用推進懇談会」は、今年3月の会合で、「AIの推測結果は誤りがあり得ることから、最終的な意思決定を行う医師が責任を負うべき」との見解で一致している。これは、将来的な医療現場でのAIの在り方について、初めて公の場で示されたもので、今後の大きな方向性を示唆するものといえるだろう。
 いずれにしても、数年後には何らかの形で医師とAIが共存する未来がやってくるかもしれないが、私たちは「かかりつけ医」として、AIが困難とする患者・家族とのコミュニケーションや共感的理解を深めながら意思決定できる能力を磨いていく必要があるだろう。そして、そのための意識変容と医学教育が今後必要になってくるのではないだろうか。


編 集  福岡市医師会:担当理事 庄司 哲也(情報企画担当)・岡本 育(広報担当)・一宮 仁(地域医療担当)
 ※ご質問やお知りになりたい情報(テーマ)がありましたら医療情報室までご連絡ください。
(事務局担当 情報企画課 柚木(ユノキ))
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