医療情報室レポート
No.215

2017年1月27日発行
福岡市医師会医療情報室
TEL852-1505・FAX852-1510
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特集:新・国民健康保険制度を考える

  国民健康保険制度は、1961年の国民皆保険の達成以来、半世紀以上に亘って国民の健康を守るセーフティネットとして重要な役割を担ってきた。しかし、この50年の間に、我が国では少子高齢化とともに職業構成なども大きく様変わりし、特に高齢者や低所得者を多く抱える国民健康保険(国保)は、保険料の収納率の低下、支出する保険給付費の上昇等により財政基盤は脆弱化し、保険者である市町村の財政不安定や自治体間の格差など、従来から指摘されている構造的な問題が深刻となった。
 このような状況に対応するため、2015年5月に医療保険制度改革関連法が成立し、来年4月から国保の運営を都道府県と市町村が共同で担うこととなったが、今回の改革で何がどのように変わるのだろうか。
 今回の医療情報室レポートでは、市町村国保が抱える問題を再確認し、今般の国保制度改革が医療機関や地域にどのような影響をもたらすのか探ってみた。

●市町村国保の現状と課題

○創設の背景と歴史
 現在、我が国の国民健康保険は全国1,717の市町村が運営し、国民の4分の1にあたる約3,500万人が加入している。
 国民健康保険は、もともとは農村社会の不況対策として始まったが、当時、国民の約3分の1にあたる3,000万人が保険を有していなかったため、これらの無保険者を救済するために全国の市町村に国保の設立が義務づけられ、1961年に完全普及を果たした(国民皆保険の達成)。

○構造的な課題
 しかし、創設から50年余りが経過し、様々な課題が顕在化している。
 現在、市町村国保の加入者は、職業構成の変化とともに年金受給者や非正規雇用者の割合が増加しており、それに伴って保険料収納率も低下している。(図1、図2)その結果、約6割の市町村が、一般会計すなわち税金から繰り入れをして赤字を埋めており(法定外繰入金)、単年度の国保の繰り入れ総額は3,500億円にまで上っている。
 また、全市町村のうち約1/4は、加入者数が3,000人にも満たない小規模保険者であるため、高齢化や産業構造の変化等の影響を受けやすいうえに、財政的なリスクを分散しにくいという問題を抱えている。
 さらに、医療費や保険料の同一都道府県内の市町村間格差も従来から指摘されている課題で、一人あたり保険料の格差が最も大きいとされている長野県では、その差は3.7倍にも及ぶ。
 このように、市町村国保は、保険者が市町村単位であるという特徴ゆえに、構造的な課題を抱えている。
 
 

●新・国保制度改革の内容 −保険者は、都道府県と市町村−

  前述の市町村国保が抱える構造的問題を解決するため、平成27年5月に成立した医療制度改革関連法において、平成30年度(2018)から、都道府県が市町村と共同で国民健康保険を運営する新たな体制に移行することが決定した。具体的な制度改定の内容については、2016年4月28日に、国からガイドライン及び策定要領が示されたが、大きなポイントは、都道府県が国保運営の責任者となって、安定的な財政運営や効率的な事業運営等の舵取りを担い、各市町村は、都道府県が示した方針に沿って、これまで通り、保険料の賦課・徴収や資格管理等の実務作業を行うという点である。
 
@公費による財政支援の拡充
 
平成27年度から低所得者対策として毎年1,700億円を投入。平成30年度からは、財政調整機能の強化等を図るため、さらに1,700億円を積み増し3,400億円を投入する。(一人あたり約1万円の財政改善効果を見込む)

A運営の在り方の見直し
  ・都道府県が、財政運営の責任主体となり、市町村ごとの標
   準保険料率を算定、公表する。
  ・市町村は、資格管理、保険給付、保険料率の決定、賦課・
   徴収、保健事業等、地域におけるきめ細かい事業を引き
   続き担う。
  
B新たな国保財政の仕組み
  ・都道府県が、保険給付に必要な費用を全額、市町村に支
   払う。
  ・市町村は、都道府県が決定した納付金を都道府県に納付
   する。

C保険者努力支援制度の創設
  ・平成30年度から、国における保険者に対する予防・健康づ
   くり等のインセンティブの見直しの一つとして開始される。
 

●“国保制度改革”により何が変わるのか?

○医療費の適正化は進むのか
 新制度では、新たな財政支援として3,400億円を投入し、これまで国保の赤字を埋めるために行われてきた法定外繰入金は解消するとしているが、同繰入金の規模は年々膨れあがり既に3,500億円を超えている。今回の改革では、高齢者や低所得者が多く赤字が生じやすいという根本的な状況は解決されておらず、今後も国保の医療費の支出水準が財政支援の規模を大きく上回ることは明らかであると考えられるため、抜本的な対処とはいえないだろう。
また、法定外繰入金はあくまで“法定外”であるため、やむを得ないとはいえ、自治体自らが法定外の行為をすることは避け、恒久的な財政基盤の上で運営するよう努力すべきである。医療は消費ではなく、将来への投資であることを基本として、相互扶助の精神で財政基盤の健全化を図る必要があるといえるだろう。

○保険料の収納率は改善できるのか
 収納率向上対策については、保険者努力支援制度によるインセンティブの導入が図られるとともに、国が示す策定要領において、未徴収の要因分析や市町村職員に対する研修会の実施、徴収アドバイザーの派遣等の具体策が示されているが、これらは特別目新しい取り組みではなく、顕著な効果は期待できないのではないだろうか。               

医療情報室の目

★国保の抜本的解決への道のりはまだまだ遠い。

  
2018年4月より、全国に1,700余りある市町村国保はいよいよ47都道府県ごとに統合されることとなるが、先に実施された地域医療構想など、近年の医療政策をめぐる都道府県の責任と役割は非常に大きなものになっている。今回の制度改定においては、各都道府県が国保の財政運営の責任主体となり、実務は従来どおり市町村が行うこととなっているが、国保の実質的な金庫番となる都道府県は、保険料の徴収業務等を担う市町村に対し強く関与していくようになるだろう。特に、2018年度から国保への財政支援策として追加投入される1,700億円については、その半分(700〜800億円)が医療費の適正化や保険料収納等に努力した市町村に配分されることとなっており、実質的なインセンティブが設けられた形になっているが、これらの施策により、保険料の徴収や医療費の抑制ばかりが優先される恐れはないのだろうか。
 また、医療面での懸念材料としては、今回の改定では、都道府県の役割の一つに「市町村が行った保険給付の点検」が盛り込まれ、いわゆる二重チェックの体制が可能とされている点である。仮に、都道府県が何らかの機械的なルールを設けて、保険給付の取り消しや再審査請求などを常態化させるようなことになれば、それは萎縮医療を誘発し、結果的に地域住民に十分な医療が提供されなくなる可能性もある。
 いずれにしても、今回の改革は、国保の財政単位の広域化により、まずは財政基盤の強化とリスクの分散を図り、そして最終的には、保険料の市町村格差を平準化し公平性を確保することが狙いとされているが、高齢者や低所得者を多く抱え、財政的なリスクに陥りやすいといった国保の構造的課題は解決されていない。わが国の「国民皆保険制度」を堅持していくためには、国保制度の健全な運営が不可欠であり、国はその責任を都道府県だけに押しつけるのではなく、消費税の増税など安定的財源を確保し後押しする義務がある。そして、都道府県は今後、国保の「健全な財政運営」と「医療提供体制の整備」の両方の責任のバランスをとる義務があり、医療機関も、特定健診の受診率向上など地域住民の健康づくり、疾病予防対策やジェネリック医薬品普及促進への協力が必要となってくる。
 50年に亘って積み上げられた課題はそう容易くは解決できないと思うが、国や都道府県には、あくまでも地域住民の健康を守っているのは、身近な自治体である市町村や医療機関であるという認識を持ってもらい、医療費の抑制や国保財政の安定化ばかりに目を奪われることなく、新しい国民健康保険の制度運営を進めてもらいたいと願うばかりである。

編 集  福岡市医師会:担当理事 庄司 哲也(情報企画担当)・岡本 育(広報担当)・一宮 仁(地域医療担当)
 ※ご質問やお知りになりたい情報(テーマ)がありましたら医療情報室までご連絡ください。
(事務局担当 情報企画課 柚木(ユノキ))
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