医療情報室レポート
No.211

2016年7月28日発行
福岡市医師会医療情報室
TEL852-1505・FAX852-1510
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特集:「熊本地震」にみる大規模災害時の対策と医療支援活動

 今年4月、熊本、大分両県を襲った「熊本地震」は、家屋の倒壊やライフラインの断絶など各地に大きな爪痕を残した。特に、4月14日、16日立て続けに震度7の地震を記録した熊本県では、熊本市内の基幹病院を含む医療機関の半数以上が被災し、1,500名を超える患者が県内外の医療機関に移送される事態となった。3ヵ月が経過した現在、熊本県の医療提供体制は復旧しつつあるが、一方で、いまだ約4千人以上の被災者が避難生活を余儀なくされており、長びく避難生活での健康管理や心のケアが必要とされている。
 今号の医療情報室レポートでは、今回の地震で熊本県を中心に行われた医療支援活動状況を振り返るとともに、今後の災害発生に備えて患者の命を預かる医療機関がどのような対策をとるべきなのか考えてみたい。

●「熊本地震」における主な医療チームの支援活動状況

 ○災害派遣医療チーム「DMAT」の活動
  平成28年4月14日、21時26分の地震(前震)の発生を受け、熊本県は、急性期(概ね48時間以内)の活動を前提とした災害派遣医療チーム「DMAT」の派遣を熊本DMAT指定病院に要請し、翌15日には、九州DMATへと派遣要請を拡大するが、4月16日に再び震度7の本震が発生したことを受け、全国へ派遣要請を拡大した。DMATは、地震発生直後から4月17日までの間に全国222チームの1,028名が患者1,500名の移送や救護所の支援などにあたったとされており、4月23日を以て被災地における医療支援活動をJMAT等に引き継ぎ撤収した。

○日本医師会の対応と日医災害医療チーム「JMAT」の活動

  日本医師会は、4月14日の地震(前震)発生直後から現地の情報収集を開始したが、同日時点では被害が限局していたため熊本県医師会によるJMAT派遣で対応できると判断した。しかし、4月16日に再び震度7の本震が発生したことを受けて、九州医師会連合会災害時医療救護協定書を基本としつつJMATの派遣要請を全国に拡大。さらに4月18日には、日本医師会など20組織(39団体)からなる「被災者健康支援連絡協議会」の第1回会合を緊急開催し、各団体の支援内容の確認とともに、各専門団体の強みを生かした細やかな支援を行うことなどを要請した。JMATの活動は、4月19日頃から本格化し、全国542チームの2,421名が被災地で避難者の医療、健康管理、避難所の公衆衛生対策、派遣先地域の医療ニーズの把握などに努めた。5月11日には、被災地域の医療提供体制が概ね回復したことによりJMATの新規参加登録が打ち切られ、5月末日には殆どのJMATが引き上げられた。

○災害派遣精神医療チーム「DPAT」の活動       
  精神科医療や精神保健活動の支援を行う専門的なチームDPATは、精神科医療機関の入院患者の搬送を中心に活動し、7施設の合計591人(県内319人、県外272人)を搬送し、転院の支援と並行して避難所などで被災者の心のケアにあたった。

●JMATの更なる充実と災害医療における医師会と行政の連携

 今回の熊本地震では、DMATなど数多くの医療チームが現地で活動したが、一部のチームからは、全体を統率する指揮命令系統が不明瞭で動きにくかったこと、各チーム間の情報共有が図られず他チームとの連携がとれなかったなどの指摘があがっており、より効率的・効果的な医療支援活動の構築に向けて、今後、更なる検討が求められそうだ。
 一方、今年3月、日本医師会の諮問機関である「救急災害医療対策委員会」が報告書をまとめ、災害対策基本法で「指定公共機関」に位置付けられている日本医師会が担うべき責務等について言及している。報告書では、2015年7月に、日医が各都道府県医師会にアンケートを行った「災害医療に関する調査」の結果概要(表1)を示し、各都道府県医師会と行政が締結している「災害時医療協定」の規定内容や災害医療に関する研修の実施状況等を紹介。今後の日医の役割については、南海トラフ大震災等を見据え、都道府県医師会と連携しながらJMATの更なる充実を図り、国や地方の災害対策行政における医療の位置づけを高めていく必要があると指摘している。また、昨年発生した常総市鬼怒川水害でのJMAT茨城の活動等を紹介し、大規模な集団災害対策等における医療関係チーム間の連携についても触れている。

【参考】 
日本医師会救急災害医療対策委員会報告書(平成28年3月)
<掲載先URL>  
 http://dl.med.or.jp/dl-med/teireikaiken/20160323_3.pdf

●医療機関における防災対策のポイント

 厚生労働省、病院団体、自治体などは、地震や火災などの災害発生時に多数の傷病者が発生すること等を想定し、病院向けの防災マニュアル等を策定している。しかし、地域の医療機関には、その規模を問わず、患者や職員の安全を確保するとともに、有事の際には、可能な限り行政や医師会の医療支援活動に協力することが期待されており、震災に備えた事前の訓練や以下に示すような最低限の防災対策を講じておくことが求められているといえる。なお、マニュアルは随時見直すことが必要であるが、防災意識を高め有事の際に迅速に対応するためにも、医療機関各部署のスタッフがマニュアルの作成、手直しにかかわることが重要である。
 

医療情報室の目

★災害医療対策は、地域全体の取り組みと医療機関全スタッフのかかわりが欠かせない。
  1995年(平成7年)に発生した「阪神・淡路大震災」では、初期救急医療の遅れにより『避けられた災害死』が500人存在したといわれているが、この震災を教訓に、災害拠点病院の設置や災害派遣医療チーム「DMAT」の発足が提言され、我が国の災害医療は現在のような形に発展してきた。もちろん、災害急性期における、これらの災害拠点病院や医療チームの役割は非常に重要であるが、地域の中・小規模病院や診療所においても、施設の損壊や災害が長期化する可能性などを踏まえ、診療の継続(BCP:Business ContinuityPlan 事業継続計画)や地域の患者の健康管理を確保するための対策を講じておかなければならない。実際、2011年(平成23年)に発生した「東日本大震災」では、阪神・淡路大震災のような救命医療を要する外傷患者は少なかったものの、津波災害により多くの医療機関が失われた結果、長期に亘る慢性疾患等への支援が中心となり、医療救護班の体制は十分機能しなかったとの指摘もある。
 また、日医が各都道府県医師会に行ったアンケート「災害医療に関する調査」では、災害医療チームに関与しない地域医師会員等への災害医療研修の実施状況を尋ねているが、これは日本医師会が、災害発生直後でDMATが到着する前の時間帯、いわゆる「災害発生ゼロ時」には、被災地の医師・医師会だけで対応せざるを得ない状況が生まれることを想定しており、地域の医師会員には、地域特性に基づく災害リスクの評価や医学的なスキル、DMATやJMATとの連携等が必要とみているためである。
 災害時の医療機能の維持・確保に向けては、施設の耐震対策をはじめ、施設・設備の自己点検等に医療機関の全スタッフがかかわることが重要である。各医療機関において、施設の規模は異なり、防災訓練や対策についてもそれぞれの特性に応じた適切な対応が求められるが、ひとつ一つの対策に、医療機関のスタッフが目を向け、想定外の事態が起こった際にどのように行動すべきか問題意識を持つことで、防災対策のマンネリ化や形骸化が防げるはずである。すべてを網羅する完全な防災対策は難しいかもしれないが、普段から可能な限りの対策や確認を行い、スタッフの防災意識を高めることで、万一の災害時に被害を軽減することにつながるだろう。

今回の熊本地震により、被災された皆様に心よりお見舞い申し上げますとともに、被災地の一刻も早い復興を祈念申し上げます。
また、会員の皆様方より寄せられた多くの義援金につきましては、被災者、被災地復興のため、全額を熊本市医師会ならびに日本医師会(福岡県医師会経由)へ送金しました。多大なるご協力を賜り、心より厚くお礼申し上げます。

編 集  福岡市医師会:担当理事 庄司 哲也(情報企画担当)・岡本 育(広報担当)・一宮 仁(地域医療担当)
 ※ご質問やお知りになりたい情報(テーマ)がありましたら医療情報室までご連絡下さい。
(事務局担当 情報企画課 柚木(ユノキ))
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