医療情報室レポート
No.201

2015年1月30日発行
福岡市医師会医療情報室
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特集:揺れる米国医療保険制度改革−オバマケアの行方−

 全米で約4,800万人ともいわれる無保険者の解消を目指す歴史的改革として期待された医療保険制度改革法「オバマケア」。昨年1月の本格施行から1年が経過したが、その成果と現状はどのようになっているのだろうか。
 一昨年11月の医療情報室レポートでは、オバマケアの背景や概要を特集したが、今回はオバマケア施行後の米国医療の現状やみえてきた課題に焦点をあて、今後の行方を探ってみたい。

●米国の医療事情と“オバマケア”成立の背景

○米国医療保険制度の実状…米国民の6人に1人が「無保険者」
まず、米国の医療保険制度とオバマケアの概要について整理したい。
米国には、連邦政府や州が運営する公的医療保険制度がいくつか存在するが、それらは、低所得者や高齢者、障がい者、軍人・公務員など受給対象者が非常に限られており、大半の一般的な米国民は民間企業が提供する医療保険に加入する必要がある。これらの民間保険は、主に職場等を通じて提供されてはいるが扱っていない中小企業等も多く存在し、もし個人で加入する場合には非常に高額な保険料が課せられる上、既往歴などにより加入を拒否されることもある。
このような状況から、米国では多くの無保険者(約4800万人)の存在が以前より大きな問題となっていた。

○米医療保険制度改革法「オバマケア」の成立
2010年3月、国民の保険加入率を9割以上に向上させ、病気の早期発見・治療により医療費の高騰に歯止めをかけることを目的にした米医療保険制度改革法(通称:オバマケア)が成立した。民間保険会社への規制強化や高齢者医療「メディケア」の診療報酬抑制、高額所得者に対する増税など様々な施策を段階的に打ち出し、2014年1月、医療保険購入ウェブサイト「エクスチェンジ」の提供とともに個人の保険加入を義務付ける本格的な施策を開始した。

  「オバマケア」の主な施策

施策
概要
保険加入の義務付け ・個人にも、原則、医療保険への加入を義務付ける。加入しない場合は罰金を支払 わなければならず、この罰金額も段階的に引き上げられる。(2014年罰金額…95ドル、2015年同…325ドル)
・従業員数50人以上の企業は、医療保険を提供しなければならない(提供しない場合2,000ドルの罰金税)
公的医療保険制度の拡大 ・低所得者向け保険「メディケイド」の受給範囲を、連邦貧困レベル100%から138%に拡大する。
民間保険会社への規制強化 ・病歴や健康状態による保険料設定や加入拒否などの行為を禁止
・26歳迄の被扶養者を保険給付の対象とする
・個人の年間保険料の負担額は上限を6,350ドルに設定
・予防医療など必要医療給付10項目の設定
・保険料収入の80〜85%は医療給付に還元 など
政府補助金の新設 ・低所得者に対する負担保険料の払戻しと所得水準に比例する補助金の支給・従業員25人以下の小規模雇用主に対する補助金の支給
新たな官製市場の創設 ・個人や従業員100人以下の小規模事業主が保険を購入しやすい 環境として、医療保険のインターネット市場サイト「エクスチェンジ」を創設
財源の確保
・医療機器関連企業に対する2.3%の増税


●“オバマケア”で米国の医療はどう変わったのか

オバマケア」は米国民や医療関係者にどのような影響をもたらしているのだろうか。本格施行からまだ1年しか経過していないため、具体的な統計等に基づく評価は現時点では多くないが、米国民の期待とは裏腹の実態や課題が見えてきたとの指摘がある。
中でも、ジャーナリストの堤未果氏が昨年11月に発刊した著書『沈みゆく大国アメリカ』(集英社新書)は、オバマケアの真実に鋭く切り込んだノンフィクションとして注目されており、オバマケアに翻弄される米国民や医師の凄惨な現状を描き出している。
以下では、オバマケアの今後の動向と米国医療の現状を把握するため、オバマケアで指摘されている現状や問題点などを取り上げてみたい。

○「4800万人」の無保険者は減ったのか?
医療保険購入ウェブサイト「エクスチェンジ」の開設により、米国民が医療保険の比較検討や購入をしやすくなったことで、およそ800万人の米国民が民間医療保険に加入したとされている。これは、政府の見込み(700万人)を上回っており順調な滑り出しとされているが、実際には、オバマケアを機に多くの保険商品が切り替えられたため、それらの再契約者が多くカウントされているとみられており、純粋な新規加入者の数ははっきりしていない。

○オバマケアで値上げされた「保険料」
オバマケアでは、提供する保険に最低限カバーしなければならない10項目の保障内容(表1)を盛り込むことが保険会社に義務付けられた。この10項目には、例えば「出産前後のケア」など独身男性に必要のない項目も含まれているが、任意の項目を削るということはできない。堤氏の著書では、これらの新しい項目が加えられたことなどで約半数の州で保険料が値上がりしたとされており、例えばネバダ州では179%、ニューメキシコ州では142%もの上昇率であることなどが指摘されている。
また、医療保険購入サイト「エクスチェンジ」の開設により、保険会社同士の競争原理が働き保険料が安くなることが期待されていたが、実際には全米50州のうち殆どの州において、保険市場の大半が1、2社の民間保険会社に独占されており、保険料の値下げには繋がっていないとみられている。

○「メディケイド」の拡大に潜む陰
低所得者層向け「メディケイド」の受給対象者が、政府が規定する貧困ラインの138%まで大幅に引き上げられた。しかし、メディケイドの運営は州政府に任されているため、拠出金の増加等に反対する共和党勢力の州を中心に拡大が進んでいないとみられている。ところで、メディケイドについては、1993年の米連邦包括予算調整法で資産要件が強化され、州政府は受給者の死後、資産(家屋等)の売却等によりメディケイドに要した費用を回収できる仕組みが導入された。堤氏の著書の中でも、「メディケイドは福祉ではなく、新しい形の<借金>ではないか」と表現されている。もう一つの大きな問題は、メディケイドは民間保険に比べて診療報酬が低いため、受け入れ(契約)医療機関が非常に少ないとされている。今後、メディケイドが拡大したとしても、受給者は医療機関探しに奔走し、受け入れる医療機関の疲弊もただ増すばかりではないだろうか。

○今後の見通しがつかない無保険者
オバマ政府は、初年度の保険加入者数が目標の700万人を超えたとして上々の成果を収めたとしているが、米議会予算局の試算によれば2019年時点で約2,200万人ほどが無保険者のまま残るとされている。
今後、オバマケアでは、無保険者へのペナルティ(罰金)を、2015年は325ドル(約4万円)、2016年には695ドル(約8万円)と年々逓増し加入者の促進を図るが、それでも無保険者が残るということは、ペナルティ以上に民間保険のコストが高額で、商品そのものの内容や仕組みに問題があるということではないだろうか。
オバマケアでは、個人が支払う年間保険料の負担額上限が6,350ドル(約76万円)に設定されたが決して安価な金額ではない。さらに、米国の医療保険では、一定額まで自己負担を支払う「免責」が設けられており、支払った医療費の累積額が一定額に達して、はじめて保険が適用される仕組みになっている。
結局は、メディケイドを受けるほど貧しくはないが、保険料を支払う余裕もないという中流層の米国民が、無保険者の隙間に陥ってしまうのではないだろうか。実際、中流層の米国民の自己破産の多くは、過剰な医療費負担が原因となっている。
                         
(表1)オバマケアで規定された保障10項目
@外来診療 
A緊急治療室の利用 
B入院患者へのケア
C出産前及び出産後のケア 
D行動療法、カウンセリング等を含むメンタルヘル スや薬物乱用者に対するサービス
E処方箋
Fけがや障害、慢性疾患のリハビリサービス、作業 療法、音声言語病理学、精神科リハビリテーション
Gラボサービス 
H予防サービス(健康維持のためのカウンセリング、 ワクチン等を含む)や慢性疾患の管理
I歯科、視力を含む小児サービス                    


●オバマケアにみる“国民皆保険制度”とは何か

オバマケアは、「メディケイド」の受給対象者枠の拡大と民間保険会社の加入を義務付けることによる国民皆保険制度となっており、日本のそれとは提供システムの構図が根本的に異なっている(下図)。日本では、それぞれの制度が公的機関により運営されており、診療報酬や薬価も政府による公定価格となっている。
しかし、米国では、民間保険会社が提供する医療保険は、治療内容や報酬の決定権が保険会社にあり、薬の価格についても製薬会社の言い値によって決定されるなど、企業主体の制度となっている。
市場原理に支配された米国の医療制度の中では、利益追求ばかりが優先されることで保険料や薬剤の価格が高騰した結果、多くの無保険者が生まれたといえるのではないだろうか。この構図が変わらない限り、米国の皆保険制度実現への道のりは遠いと思われる。
   

 

医療情報室の目

★市場原理が導入されると地域医療が崩壊する
  
  米国民皆保険の実現を目指す「オバマケア」。しかし、その中身は民間医療保険を土台とするもので、医療をビジネスとして扱う従来の構図には何の変化もみられない。民間保険会社も、オバマケアで打ち出された様々な規制強化策により従来からの方向転換を迫られてはいるようだが、大手医療保険会社の株価はオバマケア成立後も軒並み上昇し、これらのCEOには、年間、数億円から数十億円の報酬が支払われているともいわれており、改めて、米国医療保険市場の巨大さをうかがい知ることができる。
 翻って、我が日本の国民皆保険制度は盤石なのだろうか。米国は、これまで日本に対し繰り返し医療分野の市場開放を迫ってきたが、これがかろうじて守られてきたのは、日本の医療制度の素晴らしさ・希少さを理解している政治家や医療関係者が一体となって訴え続けてきたからである。
 しかし、昨今の政局の動きを見ると、「国家の成長」の名の下に医療分野の規制緩和にも手が染められつつあり、日本の医療制度崩壊の危険性が内外に潜んでいるように思えてならない。社会保障の柱である医療を、市場原理に基づく自由競争に晒してはならないことは米国の実態からみても理解できるであろう。そして何より根本的に医療というものは非営利で行われることの重要性を肝に銘じていかなければならない。

編 集  福岡市医師会:担当理事 今任 信彦(情報企画担当)・松尾 圭三(広報担当)・西 秀博(地域医療担当)
 ※ご質問やお知りになりたい情報(テーマ)がありましたら医療情報室までご連絡下さい。
(事務局担当 情報企画課 柚木(ユノキ))
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