医療情報室レポート
No.198

2014年10月31日発行
福岡市医師会医療情報室
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特集:新興感染症の脅威と行方

 2014年に入り、これまで私たちが身近に感じることのなかった感染症が猛威を奮っている。国内では、70年ぶりに「デング熱」の感染例が発生し、10月15日現在で首都圏を中心に159名の感染者が報告されている。また現在、世界中を脅威に陥れている「エボラ出血熱」については、西アフリカを中心に感染者・死者数が増え続けているだけでなく、米国など西アフリカ以外の国でも感染例が報告されている。
 このような感染症拡大の背景には、近年、グローバル化が進み人や物の行き来が迅速・大量になったことで、国外で発生した感染症も瞬時に持ち込まれるようになってしまったことなどが指摘されており、先進国にとっても大きな脅威となっている。エボラ出血熱の封じ込めに向けた国際的連携は加速し、日本政府も感染症法改正案を閣議決定するなど対応を強化している。
 今回の医療情報室レポートでは、最近の代表的な感染症の動向や、エボラ出血熱に対する国の施策の現状、医療機関の役割などをまとめてみた。

●新興感染症の最近の動向

○世界を脅かす「新興感染症」
 「新興感染症」については、WHO(世界保健機関)は「この20〜30年の間に新しく認知され局地的あるいは国際的に公衆衛生上の問題となる感染症」と定義しており、これまでに30種類以上の新興感染症が出現しているといわれている。抗生物質やワクチンの開発により、感染症は制御できるようになったと考えられていた時期もあったが、昨今、記憶に新しいSARSや鳥インフルエンザなどの「新興感染症」が次々と発生したことなどを受け、WHOは世界的に警戒感を強めている。

○「新興感染症」発生の背景 
  新興感染症の発生の背景には、新しい病原体の発生や毒性の変化など病原体側の要因もあるが、世界的な人口の増加や、森林破壊、地球温暖化、人口の都市集中など社会・環境的な要因が関与しているともいわれている。
  先進国にとっても、未知の病原体と遭遇する危険性が増大し、これらはすぐに解決されるような問題ではなく、むしろ深刻化する可能性が高い。感染症対策の推進が重要であり、検出・診断法および予防・治療法の開発が急がれている。

○再び流行する「再興感染症」
 今年8月、東京都内の公園で「デング熱」の患者が発生し、現在までに159名の感染者が報告されている。デング熱は国内では70年ぶりに発生した既知の感染症であるが、中国広東省では、デング熱の患者が爆発的に増え続けており、今年の累計患者数はすでに4万人を超えている。
このように、再び流行する可能性を秘めている「再興感染症」は、結核、ジフテリア、コレラ、黄熱、サルモネラ、狂犬病などがあるが、他国では感染者が依然として多いものもあり油断はできない。

              近年の主な新興感染症
 発見年  病原体の名称   疾患名
1969  ラッサウイルス  ラッサ熱
 1973  ロタウイルス  小児下痢症
 1976  クリプトスポリジウム  急性・慢性下痢症
 1976  レジオネラ・ニューモフィラ  レジオネラ症
 1977  エボラウイルス  エボラ出血熱
 1977  カンピロバクター・ジェジュニ  腸炎・下痢症
 1980  ヒトT細胞白血病ウイルス  成人T細胞白血病
 1982  ライム病ボレリア  ライム病
 1982  大腸菌O-157:H7  腸管出血性大腸炎
 1983  ヒト免疫不全ウイルス  エイズ
 1983  ヘリコバクター・ピロリ  消化性潰瘍
 1988  ヒトヘルペスウイルス6型  小児の突発性発疹症
 1989  C型肝炎ウイルス  肝炎
 1991  ガナリトウイルス  ベネズエラ出血熱
 1992  ビブリオコレラO-139  新型コレラ
 1992  バルトネラ・ヘンセレ  猫ひっかき病
 1993  シンノブレウイルス  ハンタウイルス肺症候群
 1995  ヒトヘルペスウイルス8型  エイズ患者のカポジ肉腫
 1997  香港インフルエンザ  新型インフルエンザ
 1999  ニパウイルス  脳炎
 2003  SARSウイルス  重症急性呼吸器症候群
 2012  MERSコロナウイルス  腎障害、肺炎

 九州大学病院グローバルセンター 下野 信行 センター長のコメント
  九州大学医学部内科学第一講座の第5代操担道教授の時に誕生した私たちの先輩の研究室では、デング熱の研究が中心に行われていた。デング熱は、昭和17年秋に、はじめて本土に侵入し、長崎・兵庫・大阪などで大流行したと言われている。当時の患者数は10万人程度と推測されている。デング熱の研究は、疫学、病原性、臨床、病理、免疫、予防と広範囲にわたって行われ、臨床においては、発熱療法の適応患者や教授をはじめとしたボランティアに対して、実際に接種後の臨床症状の観察やリンパ節の病理などの研究が行われている。戦時中の昭和20年には、操教授が内科学会でデング熱の宿題報告をなさっている。戦中・戦後にかけての短期間に多くの発表が行われ、教室挙げての大きな研究テーマであった。デング熱ウイルスに感染しても、多くの場合には、無症状あるいは症状は軽く、発熱・頭痛などが主症状で、「かぜ」ですまされている場合も多いと思われる。現在では、ごくまれに重症化する例があるとされる。
日本におけるデング熱の媒介蚊は、ヒトスジシマカというやぶ蚊である。当時は、昔よく見かけた水かめや、防火水槽、古いタイヤなどにたまった水などで大量のヒトスジシマカが発生したと考えられる。ただ、日本の場合、冬の平均気温が10℃以下となる地域が多く、幼虫や成虫で越冬することができないために、通年での流行は難しいと思われる。戦後の日本では環境整備が行われ、デング熱は忘れられていた病気であったが、今回、東京を中心とした発生が確認された。活発となった国際交流や地球温暖化の影響があるのかもしれない。デング熱は、人から人へと直接感染する病気ではないし、過剰に心配する必要はないと思われる。ボウフラを増やさない、虫よけなどして蚊にさされない、そして何よりも正しい知識をもって対処していくのが大事と思われる。来年以降もデング熱の動向については注意深くみていく必要がある。

●過去最大の脅威 -“エボラ出血熱“ -

  現在、西アフリカ諸国で感染が拡がっているエボラ出血熱の流行は、今年3月にギニアでの集団発生から始まり、住民の国境を越える移動により隣国のリベリア、シエラレオネ及びコンゴ民主共和国へと流行地が拡大した。WHO(世界保健機関)は今年の8月8日に「国際的に懸念される公衆の保健上の緊急事態」を宣言して対策強化に乗り出したものの、今月23日現在、感染者は疑い例も含め10,141人、死者は4,922人に達している。今後の感染拡大が懸念される中、市立札幌病院をはじめ九州各地の大学病院等では防護服の着脱訓練を行うなど有事に備えた動きも次第に出始めている。ここでは、エボラ出血熱に対する国や医療機関における対応などをまとめてみた。

○エボラ出血熱に対する国内の対応
検疫体制
 ・出入国者にはエボラ出血熱の発生状況等についての注意喚起を実施。入国者には、日頃から実施しているサーモグラフィーによる
 体温測定に加え、複数カ国語のポスターや検疫官の呼びかけ等によって発生国に滞在した場合にはその旨の自己申告を促し、問
 診、健康相談等を実施。

・各航空会社に対して、発生国に21日以内に滞在した乗客は、空港到着後、検疫官に自己申告するようお願いする旨の機内アナウ
 ンスの協力を依頼。

・このほか、発生国への滞在等が把握できた在留邦人に対しては、企業・団体等を通じ、エボラ出血熱の予防などの必要な情報の提
 供や、帰国時における検疫所への自己申告のお願いなどを実施。
       
 医療提供体制
 ・エボラ出血熱は、感染症法上の一類感染症であり、特定感染症指定医療機関(3機関)・第一種感染症指定医療機関(44機関)
 において、エボラ出血熱等の一類感染症に対する医療体制を整備済み。

・全国の自治体に対し、初動対応のフローチャートを明示した事務連絡を発出し、都道府県等における発生時の対応について再
 確認を依頼。

・厚生労働省のホームページにエボラ出血熱専用ページを掲載。
   
 <感染症の予防及び感染症の患者に対する医療に関する法律の改正案の閣議決定(平成26年10月14日)>

   ・都道府県知事や厚労相が、全ての感染症の感染者や感染が疑われる人や医療機関に対して、血液や尿などを検査のために採取や
   提出の要請ができる。

  ・エボラ出血熱など一類感染症と二類感染症及び新型インフルエンザについては、患者や医療機関が拒否した場合も、血液などの採取
   と提供を強制できる。

               
○国内発生を想定した医療機関と感染症指定医療機関の対応(平成26年10月24日厚生労働省通知)

◇医療機関

 @発熱症状を呈する患者には必ず渡航歴を確認する。


 A受診者について、発熱症状に加えて、ギニア、リベリア又はシエラレオネの過去1ヵ月以内の滞在歴が確認できた場合は、エボラ出血熱
  の疑似症患者として直ちに最寄りの保健所長経由で都道府県知事へ届け出を行う。

 Bギニア、リベリア又はシエラレオネへの過去1ヵ月以内の滞在歴を有し、かつ、発熱症状を呈する患者から電話の問い合わせがあった
  場合は、当該エボラ出血熱が疑われる患者として、最寄りの保健所へ連絡するよう要請する。

◇感染症指定医療機関

   感染症法により規定されている感染症類型には、一類〜五類、新型インフルエンザ等感染症、指定感染症、新感染症に分類される。
  エボラ出血熱は、一類感染症※に分類され、感染が疑われた場合、一類感染症に対応できる防護服や減菌装置、隔離病床を備えた厚生
  労働大臣が指定する特定感染症医療機関(3医療機関)または都道府県知事が指定する第一種感染症指定医療機関(44医療機関)に搬
  送され、医療が提供される。福岡県は、国立病院機構福岡東医療センターが指定されている。

<感染発生時の初動対応>

  ・発熱などの症状や所見、渡航歴、接触歴等を総合的に判断し、保健所と検査の実施について相談を行う。

  ・検査を実施する場合は、検体の採取を行う。

※一類感染症:感染力、羅患した場合の重篤性から
  判断して、危険性が極めて高い感染症 
          ・マールブルグ熱
         ・エボラ出血熱
         ・ラッサ熱
         ・南米出血熱
         ・クリミア・コンゴ出血熱
         ・天然痘(痘瘡)
         ・ペスト

○世界中が注目を集めている抗エボラウイルス薬
治療薬  特 徴 
 
Zmapp
 2012年米国のベンチャー企業(Mapp Biopharmaceutical社)と陸軍感染症医学研究所が共同開発した抗体医薬品。タバコの葉細胞で 作った3種の抗体のカクテル。サルに対する非臨床試験しか実施されていない未承認薬であるが、感染した米国人2人に投与。
 ファビピラビル
(製品名アビガン)
 富士フイルム傘下の富山化学工業が開発したインフルエンザ治療薬。RNAポリメラーゼ阻害薬。エボラ出血熱の治療薬としては未承認で あるが、日本でのみ抗インフルエンザ薬として承認を受けている。2014年ドイツBSL-4研究所よりマウス実験で致死率減少の報告がされた。


医療情報室の目

★感染症に国境なし
  
グローバル化がますます進行していく中、今後も新たな感染症が発生することは否めず、諸外国で発生した感染症の本邦侵入を完全に防ぐことは不可能かもしれない。幸いエボラ出血熱に関しては、国内では現在のところ感染者は出ていないが、我々医療従事者としては、二次感染の防止を常に意識しておく必要があり、日頃から徹底的な危機管理対策を行っていかなければならない。そして、国民一人ひとりが感染症の正しい知識を持って行動することが一番の予防策であることはいうまでもなく、国内の主要な感染症の情報発信拠点(厚生労働省検疫所、国立感染症研究所や外務省などのホームページ等)の情報源を最大限に活用し、最新の情報を収集することにより、非常時に冷静に対応できるよう備えておく必要がある。そのためにも、国や地方公共団体は、感染症に関する情報・整理・分析と提供の強化が求められる。
 感染症対策はもはや一国の問題ではなく、国際的な協力体制を構築し、取り組まなければならない課題である。そして、一刻も早い感染症の診断、治療、予防などのための新技術の開発が望まれる。 

編 集  福岡市医師会:担当理事 今任 信彦(情報企画担当)・松尾 圭三(広報担当)・西 秀博(地域医療担当)
※ご質問やお知りになりたい情報(テーマ)がありましたら医療情報室までご連絡下さい。
(事務局担当 情報企画課 柚木(ユノキ))
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