医療情報室レポート
No.197

2014年9月26日発行
福岡市医師会医療情報室
TEL852-1505・FAX852-1510
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特集:医療と産業技術革新
    〜医療と介護を支えるロボット技術の進化〜

 近年、医療や福祉・介護領域におけるロボットの開発・普及に向けた動きが活発化している。医療領域に関しては、1990年代に米国が開発した手術支援ロボット「ダヴィンチ」の普及が世界的に進んでおり、日本国内でも既に200台近くが導入されている。一方、介護領域等のロボット(以下、介護ロボット)については、介護現場等での活用が期待されながらも国内における開発、製品化への勢いは弱かったが、昨年、日本再興戦略に盛り込まれた「ロボット介護機器5カ年計画」の策定を機に製品化に向けた国の開発補助事業が始まるなど、介護ロボットの開発・導入を促進する動きが本格化しつつある。
 今回の医療情報室レポートでは、手術支援ロボット「ダヴィンチ」や介護ロボットの現状や課題を紹介し、今後の普及拡大に向けた動きなどについて考えてみたい。 

●介護ロボット技術の活用への期待

○急成長が見込まれる“介護ロボット”市場
 近年、福祉や介護領域等のロボット開発や環境整備が進みつつあり、国内の市場規模は、現在の167億円から2035年には4,043億円にまで成長すると見込まれている。(図1) 介護ロボットは、将来的な介護職の人材不足や現場の看護・介護従事者の負担軽減等に大きな期待が寄せられており、これらを解決する手段の一つとして企業による開発・実用化に向けた動きが国の施策とともに活発になっている。
○介護ロボットの実用化を後押しする国の施策 
  我が国ではこれまで、介護領域におけるロボット技術の活用が期待される一方で、市場性、安全性、実用性の問題から開発・製品化が進まず、また、その方向性も明確ではなかった。しかし2012年11月、経済産業省と厚生労働省は共同で「ロボット技術の介護利用における重点分野」を策定し、4分野5項目の用途に絞ったロボット介護機器の開発・実用化を目指すこととした。その後、介護ロボットに関するニーズ調査などを踏まえ、重点分野に新たに3項目が追加されるとともに、今年5月には、経済産業省の開発補助事業に31件の事業が採択されるなど、実用化への施策が着々と進められている。
○安全性技術に関する研究・開発 − ISO13482の発行 −
  介護ロボットはその機能上、介助者や利用者との接触度が高くなるため、対人安全性の技術や基準、安全対策を証明する制度の必要性などが強く求められている。今年2月、生活支援ロボット(移動型、アシスト型、搭乗型)の安全性に関する国際標準化規格である「ISO13482」が正式に発行された。これは、経済産業省が国内の技術開発推進機関である「新エネルギー・産業技術総合開発機構(NEDO)」との連携により、2009年から生活支援ロボット安全性技術に関する研究・開発を進め、国際標準化の提案を行ってきた背景があり、今回のこの提案が採用される形で認可された規格とされている。

○我が国で開発・実用化が先行しているロボットスーツ「HAL」
  このISO13482のドラフト版である「ISO/DIS13482」の認証を世界で初めて取得したのが、筑波 大学発のベンチャー企業が開発したロボットスーツ「HAL」である。身体を動かす際に脳から発信される信号をつま先部のセンサーで読み取り、装着者自身の筋肉の動きと一体となって関節を動かす。
  我が国では、400体以上が利用されており、欧州でも約50体が利用されている。欧州では、2013年 8月に、欧州における認証規格であるCEマークを取得し、EU全域で医療機器として流通・販売が可能 となっているほか、ドイツでは介護保険や労災保険が適用されるなど、日本発の介護ロボットとして代表 的な存在となっている。

○介護ロボットの更なる普及のために
 介護ロボットの普及拡大は、供給側(企業)の開発が進むだけでは浸透しない。実際に使用する、介護現場と利用者のニーズのマッチング、そして実際の労働環境を想定した実証環境の整備などが国内の普及に向けた大きな課題とされている。ここでは、介護ロボットの普及に関するいくつかの課題を整理してみたい。
 介護ロボット実用化に向けた課題と今後必要となる取り組み
  ・機器の開発・実用化を促す実証環境が未整備である   
   →  開発メーカーと介護現場との連携による実証試験等への相互協力

 ・機器の安全・信頼性の向上              
   →  対人安全性基準、試験方法及び認証手法の確立

 ・現場での操作・運用方法に対する不安        
   →  研修会の開催などによる教育サポート体制の強化

 ・価格が高く、導入に踏み切れない   
   →  低コスト化や導入に際しての公的支援

 ・評価手法が未整備である      
   →  評価手法の確立

●身体にやさしい手術 -手術支援ロボット“ダヴィンチ”-

  介護ロボットが注目を浴びる一方で、医療ロボットの代表的な例としては、手術支援ロボット「ダヴィンチ」がある。米国で1990代に開発されて以降、世界的にも導入が進んでいる。我が国においては、2000年に導入されて以来、200台近くが設置されている。今後、保険適用が広がればさらに普及が進むと思われる。
 ダヴィンチ
 特 徴  医師が直接患者に触れず、患部の3D画像を見ながら遠隔操作でアーム を動かす
 導入費用等  約3億円、維持費年間約2,500万円
 導入数  約200台
 保険適用  日本では前立腺がんのみ(H24.4〜)
 患者負担額
(保険適用無い場合)
 約200〜300万円
 メリット  ・3次元の立体画像を見ることができるため、より正確に 患部を捉えることができる。また、手ぶれを防ぎ、大き な動作で細かな操作ができるため、より微細な器官の剥離や縫合などの作業精度が期待できる。

・身体に小さな穴を開けて行うため、傷口が小さく、開腹 手術に比べて、手術後の疼痛の軽減や合併症リスクが回避できる。また、出血・痛みが少量で回復が早く、早期退院・早期社会復帰が可能となる。
 デメリット  ・高額かつ装置が大型で準備に時間がかかり、メンテナンスが大変である。

・開腹手術と異なり身体に開ける穴が小さいことで、視野が狭く、器具の操作が難しいため修得に時間が掛かる。

・我が国では、前立腺がんのみ保険適用のため胃や大腸等の場合は、患者は全額自己負担となる。

九州大学大学院医学研究院先端医療医学講座
九州大学先端医療イノベーションセンター 橋爪 誠 教授のコメント
 九大では、手術支援ロボット「ダヴィンチ」を米国より輸入し、2000年より臨床応用を開始しましたが、今や全国で200台近く設置されています。現在、前立腺切除術しか保険適応が認められていませんが、胃切除術、子宮切除術、腎部分切除術などの先進医療申請が進んでいます。1990年代初頭より低侵襲治療として世界的に普及した内視鏡外科手術ですが、技術的課題であった手の動きの制限を7自由度にし、3次元内視鏡で観察しながら手術できるようにしたことで夢のロボット手術が実現しました。現在の問題点は、コストパフォーマンスが良くないことと、手術の手順は従来の内視鏡手術と同じであるということです。
そこで、ロボット技術と情報通信技術(ICT)とを融合させた超低侵襲なインテリジェント治療器の開発が期待されます。九大では世界細径の内視鏡ロボット鉗子の開発に成功し、「多次元計算解剖学」との融合を目指しています。我が国は、内視鏡治療では世界トップの臨床力(医学)があり、産業用ロボットも世界トップの技術力(工学)があります。国や自治体の強力な支援の下、産学連携の基盤をもっと盤石なものにすることで、今こそわが国発の超低侵襲治療機器を海外へ輸出できるよう一致団結して推進していくべきです。超高齢社会であるわが国は介護やリハビリ支援ロボットも世界のモデル事業として世界中から大きな期待が寄せられています。特に国際先端医療特区として国内外を対象とした先端医療の実施や、臨床試験実施施設の充実、知財やプログラムマネージャーなどの専門職や複合領域の学生の人材育成、グローバルネットワークの形成など医療機器研究開発拠点を中心とした重点的な推進が望まれます。
       

医療情報室の目

★現場と利用者の視点に立った開発環境の整備が求められる
  医療・介護分野におけるロボット技術の導入には、大きく二つの役割が期待されているといえる。一つは医療・介護分野が抱える諸問題の解決、もう一つは、ロボット関連の新産業の育成である。特に後者については、政府は介護ロボット開発を成長戦略上の柱に位置づけ政策的な支援にも乗り出しており、企業側もこれに呼応するかのように介護ロボットの開発に力を注いでいる。
 しかし、「新産業育成」を錦の御旗に性急な開発ばかりが先行しても、介護ロボットは現場に浸透しないだろう。本格的な普及拡大には、現場の実態や意見を集約したうえで十分な検証が重ねられるなど、現場と利用者の視点に立った開発環境の整備が求められることは論を待たないところである。また、介護ロボットの機能や特徴といった一般にも分かりやすい情報が広く提供され、さらには、実際にロボットを使いこなせる人材の育成など運用(ソフト)面でのサポート体制を構築し、現場や利用者の抵抗感を和らげていく必要もあるだろう。需要が広がれば、自ずと機器の価格も落ち着いてくるはずである。
 
今後、医療・介護の領域において、あらゆる場面にロボットが浸透していくことはおそらく間違いないが、医療・介護ロボットの存在は、あくまで医師や介護従事者の技術を補い、より安全で優しい医療・介護に繋げるための一つのツールであることを忘れてはならない。

編 集  福岡市医師会:担当理事 今任 信彦(情報企画担当)・松尾 圭三(広報担当)・西 秀博(地域医療担当)
※ご質問やお知りになりたい情報(テーマ)がありましたら医療情報室までご連絡下さい。
(事務局担当 情報企画課 柚木(ユノキ))
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