医療情報室レポート
No.193

2014年5月30日発行
福岡市医師会医療情報室
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特集:医療をめぐる消費税問題

 消費税が導入された当初より、公益性の高い医療(社会保険診療)は消費税になじまない取引きの一つとして“非課税”として扱われている。一方、診療のために医療機関が仕入れる医薬品や医療機器には消費税がかかっているが、“非課税”という仕組み上、医療機関はこれらの控除ができないため、消費税の導入・増税時には診療報酬への点数上乗せによる補填が行われてきた。
 今年4月に実施された診療報酬改定においては、消費税増税分の対応として1.36%の増額が実施されたところであるが、従来より診療報酬の補填による対応にはいくつかの問題点が指摘されており、日本医師会は、1年半後に予定されている10%への増税を踏まえ、消費税問題の解消に向けた複数の選択肢を先月公表した。
 今回の医療情報室レポートでは、日医がとりまとめた選択肢を紹介し、医療における消費税問題と今後の展望について考えてみたい。

●消費税増税がもたらす医療機関と患者への影響

○医療機関における控除対象外消費税(損税)の現状と問題点
  日本医師会が2008年に行った調査では、医療機関には社会保険診療等報酬の2.2%に相当する控除対象外消費税(損税)が発生しているとされており、年間あたりの平均額は、無床診療所で約260万円、病院で1億円弱などと推計されている。これを補うため、国は消費税の導入・増税時に“診療報酬への補填”という形で対応してきたが、そもそも医療機関によって設備投資や医薬品等の仕入状況は大きく異なっており、公平性が保たれた方法とは言い難い。日医調査の報告によれば、診療報酬の6%以上に相当する損税を負担している医療機関も存在している。
○診療報酬への補填は限界に達している
  消費税導入時と5%引き上げ時の2回については、計1.53%の診療報酬全体への補填が行われ、そのうち本体部分に対しては、0.43%が充てられた。(図2)しかし、補填の対象となった項目は、数千にも及ぶ医科診療報酬項目のうち、わずか数十項目に偏っており(図1)、さらに、その後の度重なるマイナス改定や項目の包括化・廃止などが進み、算定根拠は体をなさなくなっている。
 前述の日医調査では、医療機関が支払っている診療報酬に対する2.2%の損税のうち、0.67%が医療機関の持ち出しによるものと試算している。(図2)
 なお、今改定で上乗せされた1.36%は、単純な消費税3%引き上げ分への対応とされており、これまでの不足分は考慮されていない。  
○患者・国民の視点からみた問題点
 消費税分が診療報酬で補填されるということは、非課税でありながらも患者・国民・保険者に、目に見えない形で一定の消費税負担が生じているともいえる。今回の診療報酬改定での1.36%の補填分は、主に基本診療料(初診料や再診料)部分に充てられており、結果的に患者の窓口負担が一律に増えることとなった。また、日医は、診療報酬の原資である保険料が、消費税分の補填に使われることは不合理だと指摘している。

                診療報酬補填によるこれまでの対応(図1)
消費税導入・増税年  上乗せ改定項目(抜粋) 補填率
 平成元年
 (3%導入時)
 血漿蛋白免疫学検査C反応性蛋 白(定性・定量)など12項目 0.76% 
 平成9年
(5%引き上げ時)
 入院環境料、生化学的検査(T) 判断料など24項目 0.77%
平成26年
(8%引き上げ時)   
 初診料・再診料・入院基本料など基本診療料に集約 1.36%
             

          控除対象外消費税の実態(図2)


 


         出典:H25.8医療の消費税問題と日本医師会の考え方

●消費税10%引き上げ時における控除対象外消費税の解消に向けて

 日本医師会は、かねてから医療の消費税問題について様々な検討を重ねてきた。今回の消費税率8%引き上げにおける措置に関しては、仮に、医療が課税方式に転換した場合、政策の関係上、患者負担を一気に非課税から8%に上げざるを得なかったため、従来どおりの診療報酬による補填で行われることとなった。しかし、日本医師会は四病院団体協議会(四病協)との連名による税制改正要望の中で、10%引き上げ時には現行の仕組みを課税制度での“ゼロ税率”や“軽減税率”方式に改め、患者負担を増やさない制度に改善することなどを求めている。
 日医は、今年4月に「控除対象外消費税問題の具体的解決策−各スキームのメリット・デメリット−」をとりまとめ、日医が今後の検討材料として有力と思われる選択肢を複数示した。ここでは、諸外国の状況などにも触れながら、今回、日医が示した具体的解決策を紹介したい。

○主要国における付加価値税と社会保険診療等の対応(参考)
  主要国の多くにおいても我が国と同様、医療は“非課税”とされているが、殆どの国が医薬品や身障者用の医療機器など特定の部分に“ゼロ税率”や“軽減税率”を設けている。(オーストラリアは、医療全般がゼロ税率)また、保険診療に対して損税が部分的に還付されるカナダや、病院の建築費用の補助金が交付されるドイツなど、多くの国が医療機関の損税負担を軽減する措置をとっている。

 keyword “ゼロ税率”と“非課税”は何が違うのか
   “非課税”方式では、社会保険診療そのものが消費税の範囲・対象の外にあるため医薬品等の仕入れに掛かった消費税は
  控除できない。しかし、いわゆる“ゼロ税率”については、課税としつつも消費税の税率を0%にするため、これまでどおり患者
  の負担を生じさせることなく医療機関の仕入れに掛かった消費税の累積額を全て控除できるようになる。すなわち、消費者
  (患者)に消費税が課されないという点では同じだが、流通の各段階で課された消費税を控除できるか否かという点で大きく異
  なる。
                         

                    日本医師会<控除対象外消費税問題の具体的解決策>                          
  方法   内容  影響と問題点
税制
による
還付
 
    
  免税制度への転換
※平成26年度日医要望
・社会保険診療にかかる消費税を、輸出取
 引と同様の「免税」の取扱いに改める。
○事業税への影響
・現行制度では、社会政策上の配慮から非課税とされているが、ゼロ税率とはいえ、社会保険診療報酬が消費税の課税対象となることにより、事業税の非課税措置等、公益性を根拠とする税制優遇措置に影響が及ぶ可能性が全く無いとは言えない。

○四段階制(※)への影響  
・小規模医療機関にも消費税の申告が求められることから、影響が及ぶ可能性がある。
※四段階制・・・社会保険診療報酬が年間5千万円以下である医療法人を対象とした社会保険診療報酬の所得計算の特例措置

○医療機関の事務負担
・消費税の申告により、小規模医療機関の事務負担が増加する可能性がある。
課税制度
への転換
   
 ゼロ税率による課税制度
※平成26年度日医要望
現在の社会保険診療報酬等に対する消費税の非課税制度をゼロ税率による課税制度へ改める。 ○事業税、四段階制への影響(同上)
○受診抑制
・実際に患者の負担増はないが、「課税」というイメージから負担増を想起させ、結果、受診抑制につながる可能性あり。
軽減税率による課税制度
(2.89%)
※平成26年度日医要望
・現在の社会保険診療報酬等に対する消費税の非課税制度を軽減税率による課税制度へ改める。

・軽減税率は、消費税率8%段階の消費税分上乗せ率と同じ2.89%(1.53%+1.36%)。

・税率については、患者負担の上限として、1.53 %あるいは3.80%とすべきなど様々な意見があ る中で、一例として2.89%と設定した。

・日医が要望としての税率を決めたものでなない。

○事業税への影響「免税制度への転換」に同じ 

○四段階制への影響(同上)

○患者等の負担
・厚生労働省の説明によると、現在は社会保険診療報酬には消費税相当額2.89%(1.53%+1.36%)が上乗せされているので、計算上は、社会保険診療報酬を消費税上乗せ分の2.89%だけ引き下げて、消費税率を2.89%とすれば、患者・被保険者・国民等の負担は現在と変わらない。
・軽減税率が2.89%(1.53%+1.36%)を超える場合は、患者、保険者(被保険者)、国等の負担が増加する。

○受診抑制(同上)
・税率が2.89%超の場合は、患者の負担増加により、受診抑制につながる。
・将来の税率引上げによる負担増の可能性あり。
普通税率+患者への全額還付 ・現在の社会保険診療報酬等に対する消費税の非課税制度を普通税率による課税制度へ改め、かつ患者に対してかかった消費税を窓口で即時全額還付する。 ○事業税、四段階制への影響(同上)

○患者等の負担
・保険者(被保険者)の負担が増加する。
普通税率+医療保険制度における患者負担割合を現行の1/3に変更 ・現在の社会保険診療報酬等に対する消費税の非課税制度を普通税率による課税制度へ改め、かつ医療保険制度における患者負担割合を現行の1/3に変更。

・患者負担の減少分は、現行の財源構成比に応じ、国・地方・保険料の負担増で賄う。
○事業税、四段階制への影響及び患者等の負担(同上)

○受診抑制
・将来の税率引上げによる負担増の可能性あり。
非課税のまま還付    非課税のまま税制による全額還付方式(実質的ゼロ税率 ・現在の社会保険診療報酬等に対する消費税の非課税制度を維持しつつ、仕入税額の全額控除を認める。 ○四段階制への影響(同上)
非課税のまま税制による一部(84%)還付方式
(カナダのPSB方式を参考にした例)
・現在の社会保険診療報酬等に対する消費税の非課税制度を維持しつつ、負担軽減策として、仕入税額の84%の還付を特例として認める。

・現行制度(消費税率8%)における消費税負担(いわゆる損税)の水準(0.74%)とほぼ同等になるように、還付割合を84%に設定した。
○四段階制への影響(同上)

○受診抑制
・将来の税率引上げによる負担増の可能性あり。

○医療機関の消費税負担
・医療機関の消費税負担が一部残るが、現行制度でも建前上は「適切に上乗せされている」のに対して、制度上も一部負担が前提とされることは、後退ではないか。

・一部負担を合理的に理屈付けすることは困難。

・将来の税率引上げで自動的に負担増。

・還付率が84%より小さくなると現状よりも大きな消費税負担が生じる
 予算
(医療保険
制度による
還付)
 
非課税のまま医療保険制度による全額還付方式
(「消費税調整係数」を用いた方式の例)
・DPC調整係数と類似した仕組みで、実際の仕入税額を計算して支払基金等に申告し、全額還付を受ける。

・「消費税調整係数」に係る財源はすべて公費(国・地方)。

・財源は消費税収の構成割合で按分。
 ○四段階制への影響
・小規模医療機関にも、還付を受けるために、消費税の計算が求められることから、影響が及ぶ可能性がある。

○医療機関の事務負担
・還付を受けるため、病院も含めたすべての医療機関が、消費税の申告とは別に、消費税負担額を計算・申請する必要があり、医療機関の事務負担が増加する可能性がある。
非課税のまま医療保険制度による一部(84%)還付方式 ・カナダのPSB方式(※)を参考としつつ、還付申告の窓口は税務署ではなく支払基金等とするもので、実際の仕入税額を計算して支払基金等に申告し、仕入税額の84%の還付を受ける。

・財源は医療保険制度内予算で確保。

・現行制度(消費税率8%)における消費税負担(いわゆる損税)の水準(0.74%)とほぼ同等になるように、還付割合を84%に設定した。
○四段階制への影響(同上)

○医療機関の事務負担(同上)


○医療機関の消費税負担
・医療機関の消費税負担が一部残るが、現行制度でも建前上は「適切に上乗せされている」のに対して、制度上も一部負担が前提とされることは、後退ではないか。

・一部負担を合理的に理屈付けすることは困難。

・将来の税率引上げで自動的に負担増。

・還付率が84%より小さくなると現状よりも大きな消費税負担が生じる。
○患者等の負担
・患者、保険者(被保険者)の負担が、消費税率に応じて増加する仕組みはそのまま。

※PSB方式・・・公共のサービス機関(学校、病院など)に対して、仕入れにかかる消費税の合計額に、各州、業種によって異なるが、一定の還付率を乗じた金額を還付可能にする方式である。
                                  H26.4日本医師会「控除対象外消費税問題の具体的解決策−各スキームのメリット・デメリット−」より引用                                                    
  

医療情報室の目

★控除対象外消費税の解決なくして地域医療の継続なし
  
 平成元年に消費税が導入された当時、日本医師会は医療に関しては「非課税」がベストと判断した。これは、医療が高い公益性と非営利性を有していること、主要国の多くが医療に対し非課税であること、そして何より患者・国民に新たな負担を生じさせてはならないとの思いがあってのことである。しかし、二十数年が経過した現在、診療報酬は度重なる引き下げとともにその中身も大きく変わり、控除対象外消費税の補填の仕組みは、医療関係者にとっても、その根拠や実態が分からないものになってしまっている。だがそれ以上に、この問題について殆どの患者や国民が知らないことも大きな問題といえる。日医が過去に行った患者意識調査では、「保険診療は非課税」と正しく認識している国民は3割に満たないとされている。まして、診療報酬の補填の仕組みや医療機関の損税の実態などはほとんど知られていないだろう。もし、消費税が10%に引き上げられた時に、医療がそのまま「課税」となれば、患者の自己負担は一気に跳ね上がり、受診控えによる疾病の悪化などが拡大する恐れがある。他方、現状のまま消費税増税が実施されれば社会保障の要である医療機関の経営を圧迫し、地域医療の崩壊に拍車をかけることは必至である。
 地域医療を守っていくためには、まず医療関係者や国民がこの問題に強い関心を持つべきである。2015年10月実施予定の10%への引き上げを踏まえ、今こそ、医療界は損税となっている控除対象外消費税の解決策に向けて一つにまとまらなければならない。

編 集 福岡市医師会:担当理事 今任信彦(情報企画担当)・松尾圭三(広報担当)・寺坂禮治(地域医療、地域ケア担当)
※ご質問やお知りになりたい情報(テーマ)がありましたら医療情報室までご連絡下さい。
(事務局担当 情報企画課 柚木(ユノキ))
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