No.190
2014年2月28日発行
福岡市医師会医療情報室
TEL852-1505・FAX852-1510
特集:地域医療を支える有床診療所の未来
有床診療所は、昭和23年の医療法で「19床以下のベッドを備える診療所」と規定され、以来、患者にとって身近な入院施設として地域医療の中核としての様々な役割を担ってきた。しかし、病院に比べて低く抑えられた診療報酬をはじめ看護師の確保に苦労して無床化する有床診療所が後を絶たず、20年ほど前には2万ヵ所以上あった施設が、現在では、半分以下にまで激減してしまった。
だが、近年、この有床診療所の役割を見直そうという動きが顕著になってきている。国は、団塊の世代が75歳以上となり超高齢社会となる2025年を見据え、在宅急変時の受け入れや看取りといった複数の機能を有する有床診療所が、これからの「地域包括ケアシステム」の中心的役割を担っていくべきとし、2014年度の診療報酬改定でその評価を見直すこととしている。
今回の医療情報室レポートでは、有床診療所の現状や課題を踏まえ、今後の有床診療所のあるべき姿に向けてどのような対策が必要かなどについて考えてみたい。
●有床診療所の成り立ちと現状
昭和23年の医療法により、19床以下のベッドを持つ診療所は「有床診療所」と定義され、20床以上の施設は「病院」と規定された。この医療法改正により、有床診療所は、医師や看護師の配置基準や設備等の規定が病院ほど厳格には求められないものの、診療報酬の入院基本料が非常に低く設定されることとなった。
有床診療所は、@病院からの早期退院患者の在宅・介護施設への受け渡しとしての機能A専門医療を担い病院の役割を補完する機能B緊急時に対応する医療機能C在宅医療の拠点としての機能D終末期医療を担う機能といった複数の機能を有し、長い間わが国の中核的医療単位として地域社会に貢献してきたが、この20年余りの間に、有床診療所の無床化は著しく進んでおり、平成2年(1990年)には、23,589施設(27.2万床)あった有床診療所は平成25年6月には、9,320施設(12.2万床)と半分以下に減少している。
有床診療所を巡る最近の主な動き
2006年6月
(H18) |
有床診療所一般病床における48時間規制の撤廃
・医療法改正に伴い、48時間の入院期間制限の努力義務に関する規定が廃止 |
2007年1月
(H19) |
有床診療所の一般病床が医療計画上の基準病床制度の対象に
・有床診の開設や増床には都道府県知事の許可が必要となり、一般病床 の病床過剰圏では、原則として不可能に |
2009年4月
(H21) |
ショートステイ(短期入所療養介護)を有床診療所の一般病床に拡大
・療養病床に加え、一般病床も介護保険のショートステイのサービス指 定を受けることが可能に |
2010年4月
(H22) |
診療報酬で在宅支援機能などが評価
・一般病床の入院基本料は看護職員数と入院期間に応じた8区分から9 区分に見直された上、在宅医療施設や救急など多様な機能を評価した 初期加算が新設された。療養病床にも、病院や高齢者施設からの患者 受け入れを評価する初期加算が新設 |
2012年4月
(H24) |
診療報酬で在宅支援機能などが評価
・複数医師が在籍し、緊急往診と看取りの実績を有する医療機関を評価。 有床診療所における緩和ケア診療加算、看取り加算が新設。
・管理栄養士の配置が入院基本料の算定要件に |
●無床化がすすむ背景
・著しく低い入院基本料
有床診療所の入院基本料は、病院に比べて著しく低い。また、有床診療所は医療・生活・介護を包括的に行っているにも拘わらず、在宅患者訪問診療料や介護施設サービス費に比べても報酬が低く、無床化の大きな原因となっている。
・在宅医療への対応(機能強化型在宅療養支援診療所)
機能強化型在宅療養支援診療所の登録要件となっている常勤医師3名以上の確保が困難。対策として無床診療所等とのグループ化を図る必要がある。
・看護職員等の不足
7:1看護の導入による看護職員の病院への偏在や准看護師養成所への支援不足による准看護師の大幅な減少が影響している。また、入院患者の高齢化に伴い、介護への対応を行うために看護補助者も配置されているが、診療報酬上の評価がない。
・承継問題
有床診療所は、経営上の問題や過重労働負担等の問題から、次の世代に引き継ぐことが困難な状況にある。子弟が施設を引き継ぐ場合、有床診療所から事業形態を切り替えて無床診療所とするケースが多い。
・医師の過酷な就労環境
病院勤務医の過重労働については様々な施策がとられているが、有床診療所の医師の就労状況も深刻な事態となっている。
・施設設備の老朽化
入院患者を抱えている以上、ある程度の医療設備がないと、安心し良質な医療提供ができない。今後の時代にふさわしい医療機器や建物の修繕が必要となり、多額な負債を抱え、大きな負担となっている。
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医療施設数の年次推移 |
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出典:中医協総会(H25.12.4)資料より抜粋 |
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出典:日医総研ワーキングペーパーNo.301「平成25年有床診療所現況調査」 |
●地域医療の中心を担う有床診療所の発展を考える
有床診療所は、地域に密着した小規模多機能入院施設として、外来から入院、在宅医療、さらには終末期医療から看取りに至るまで、身近な地域のかかりつけ医として多様な役割を担っている。特に今後は、2025年に向けて構築が急がれている「地域包括ケアシステム」の担い手としての中心的役割が求められているため、国は有床診療所の崩壊に歯止めをかけるべく、次期診療報酬改定での評価を手厚くすることとしている。ここでは、現時点で公表されている「有床診療所入院基本料」等の改定内容に触れるとともに、今後、有床診療所の発展に向けてどのような対策が必要なのか考えてみたい。
○有床診療所に対する評価(診療報酬)の引き上げ
中医協での有床診療所の主な課題と論点 |
・他の類似の加算に比べ「有床診療所一般病床初期加算」等の評価が低い
・約7割の有床診療所で管理栄養士が確保されていない
・夜間救急や緊急入院が多い有床診療所ほど経常利益率が悪いことが明らか
・病院に比べ高齢者の入院が多く、31日以上の長期入院患者が約4割
・有床診療所の医師は、在宅当番医や学校医など地域で多様な役割を担っている |
↓
現 行 |
平成26年度診療報酬改定(予定) |
− |
有床診療所入院基本料1(557〜846点)※新設(要件有) |
− |
有床診療所入院基本料2(512〜757点)※新設(要件有) |
− |
有床診療所入院基本料3(493〜558点)※新設(要件有) |
有床診療所入院基本料1(511〜771点) |
有床診療所入院基本料4(500〜760点)※区分変更 |
有床診療所入院基本料2(471〜691点) |
有床診療所入院基本料5(460〜680点)※区分変更 |
有床診療所入院基本料3(351〜511点) |
有床診療所入院基本料6(443〜501点)※区分変更 |
看護配置加算1 (25点) |
看護配置加算1 (40点) ※引き上げ |
看護配置加算2 (10点) |
看護配置加算2 (20点) ※引き上げ |
− |
看護補助配置加算1 (10点) ※新設 |
− |
看護補助配置加算2 ( 5点) ※新設 |
− |
栄養管理実施加算 (12点) ※復活 |
↑
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出典:中医協総会(H25.12.4)資料より抜粋 |
○その他、有床診療所の再興に向けて必要と考えられる方策(日本医師会「有床診療所に関する検討委員会」答申(H25.11)を参考)
・有床診療所の新規開設の取り扱い
へき地など一部地域では、有床診療所の新規開設が特例として認められているが、県や保健所によって対応に温度差があるため都道府 県医師会の支援などが必要。
・複数医師体制が取れるような診療報酬の改定
日医総研の調査では、1人医師体制の有床診療所は36.5%。過重 労働を避けるため、複数医師加算の引き上げなど実効ある対応が必要。
・施設老朽化に対する税制面等の支援
医療設備や建物の老朽化が深刻。少なくとも、在宅医療、へき地、 小児科、産科、救急医療等を担う有床診療所に税制面での支援が必要。
・マスメディア対策
「ゆうしょうしんりょうしょ」を正しく理解している国民はごく少 ない。医療機関自らがその名称に「有床診療所」を名乗り広める必要がある。また、今後の医療改革や地域包括ケアの流れの中で、日医や地域医師会が各々の立場からメディアに訴え続けることも必要。
・医学生および臨床研修医へのアピール
今後の医療制度改革の中で、「在宅医療」、「地域医療・連携」が重要 視される中、有床診療所の存在と意義を次世代の医師に認識してもら うことが必要。各医学部の教育カリキュラムへの取り入れ等を考える べき。
・各専門科の事情を踏まえた個別的対応
産婦人科、眼科、外科、整形外科などの有床診療所では、手術等の専 門医療を行っており、病院への患者集中軽減に寄与しているといえる。 しかし、それぞれに訴訟リスクの問題や専門職の不足など特有の問題が あるため、現状を踏まえた適切かつ早急な対策が求められる。
全国有床診療所連絡協議会 |
有床診療所ロゴマーク
全国有床診療所連絡協議会作成 |
−12月4日は「有床診療所の日」−
昭和63年2月に発足。下部組織として殆どの都道府県に協議会が設置されており、全国の総会員数は3,900余り。有床診療所の発展のため、イベントや講演会、広報活動などを精力的に行っている。事務所の所在地は福岡市。
ホームページURL: http://www.youshowsin.com/ |
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医療情報室の目
★有床診療所は日本固有の医療文化。もっとその特性を活かすべき。
江戸時代の享保7年(1722年)12月4日、当時の将軍徳川吉宗は、貧困者救済のため無料の医療施設「小石川養生所」を江戸に設置した。「赤ひげ診療譚」の舞台でも知られるこの「小石川養生所」は、我が国初の「入院できる診療所」として幕末までの140年間機能したそうであるが、全国有床診療所連絡協議会は小石川養生所にちなんで12月4日を「有床診療所の日」に制定した。まさに、有床診療所は日本の医療文化の礎ともいえる存在だが、残念なことに、昨今その意義や役割に対する理解が薄れてしまっている。
有床診療所は医療提供体制の位置付けとして、比較的高度な専門医療を提供することで病院の機能を補完し、患者が病院に集中するのを防ぐ役割を果たしている。しかし、何よりも有床診療所は身近なかかりつけ医であり、社会的、家族的、個人的背景をも理解した上で包括的医療が受けられるうえに、万一入院となった場合でも、かかりつけ医の対応による安心感や、病院よりも自己支払額が少なくて済むなど患者にとって利点が多い。さらに、介護などの面に関しても、ショートステイや往診、ターミナルケアといった幅広いサービスを相談できる施設もある。
超高齢社会そして人口減少社会による地域の過疎化を見据えたこれからの医療法改正や地域包括ケアシステム構築といった施策の中で、有床診療所の存在意義は高まっていくものと思われるが、まずは地域の患者や家族が、日本独自の地域に根差した医療文化である有床診療所を活用するために、その役割や利便性を知る必要がある。
編 集 福岡市医師会:担当理事 今任信彦(情報企画担当)・松尾圭三(広報担当)・寺坂禮治(地域医療、地域ケア担当)
※ご質問やお知りになりたい情報(テーマ)がありましたら医療情報室までご連絡下さい。
(事務局担当 情報企画課 柚木(ユノキ))