医療情報室レポート
No.189

2014年1月31日発行
福岡市医師会医療情報室
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特集:医学部新設は本当に必要なのか

 文部科学省は、昨年11月29日、震災復興や医師不足解消などを目的として東北地方の大学1校に限り特例として医学部新設を認め、早ければ2015年4月からの開学を目指すと発表した。現在、東北福祉大、東北薬科大、東北学院大学(いずれも仙台市)の3校が名乗りを上げており、今年6月に1校に絞られる予定だ。今回の東北医学部新設をめぐり、各界の反応は大きく分かれている。深刻な医師不足が叫ばれて久しい我が国にとって、1979年の琉球大学以降、35年間つくられなかった医学部の新設は良策に聞こえるかもしれない。しかし、医学部を1校つくるためには教員となる数百名規模の医師を被災地周辺から集める必要があり、東北地方の医師不足が加速する懸念がある。そもそも医師不足は医師の絶対数を増やせば良いというものではなく、様々な相対的要因により引き起こされていることを認識しておかなければならない。
 今回の医療情報室レポートでは、我が国の医師の需給に対する国の施策や医師不足問題の本質に触れながら、異例の措置ともいえる今回の医学部新設の影響などについて考えてみたい。

●医師の不足・偏在の解消に向けた近年の国の対策

●医師総数の拡大に向けた医学部入学定員の積み増し
  医師の不足や偏在といった議論が高まり始めた2006年(平成18年)、国は長年に亘る医師数抑制の方針を転換し、医学部の入学定員増などを柱とする医師確保対策を打ち出した。同対策を受け、2008年(平成20年)度以降、毎年 入学定員が積み増しされ、2013年(平成25年)度時点では、全体で9,041人と過去最大定員を上回り、この6年間で1,416名の定員が増えたことになる。これは、医学部の定員を100名とした場合、およそ14校分の増設に相当する。なお、この臨時定員増は「地域の医師確保対策2012」において2019年(平成31年)度まで継続されることとなっている。
●地域での勤務等を条件とした入学枠「地域枠」の拡大
将来の地元医療機関での一定期間勤務等を条件に奨学金免除等の優遇措置を与える「地域枠」を拡大。近年の医学部増員は、主としてこの地域枠を当て込んでおり、文部科学省によれば一般枠よりも地域枠による入学者の方が、県内定着率が高いことが示されている。

医学部定員の推移 卒業後の地元(大学所在地)定着状況について
 
 
   注)グラフ中の数値は、地域枠等の累積卒業者数(人)。
地域枠等には、地元出身者のための地域枠に加え、出身地にとらわれず将来地域医療に従事する
意志を有する者を対象とした入学枠や入試時に特別枠は設定していないが、地域医療に資する
奨学金と連動している枠数を含む。(H25.5 文部科学省医学教育調べ)

●医師不足問題の本質

 厚生労働省の調査では、2012年度時点の我が国の医師数は、約30万人と報告されており、人口千人あたりに換算すると2.2人となる。 この数字はOECD加盟の34ヵ国中28番目と下位レベルで、日本の医師数が極めて少ないことを示しているが、医師の絶対数については、2008年度から始まった医学部臨時定員増の医学生が今年度末から卒業するため、今後徐々に増加するものと思われる。ただ、我が国の慢性的な医師不足は、医師の地域・診療科偏在や過重な勤務環境、さらには長年に亘る医療費の抑制や新医師臨床研修制度の導入と行った政策的側面など、以下のような様々な誘因により惹起されていることを理解しておく必要がある。

@新医師臨床研修制度の影響
  2004年(平成16年)度に始まった新医師臨床研修制度では、臨床研修の義務化により、卒後2年間で輩出される1万6千人もの実働医師が現場から消滅したという見方もできる。また、研修先は自由に選択できるため、都心部の高度な医療機関や条件の良い市中病院に若い医師が集中し、大学病院の医師不足、医局人事による地方病院からの派遣医師引き上げなど悪循環が生じている。
A地域による偏在
  医師の地域偏在は「西高東低」などといわれているが、都道府県別人口10万人対医師数では、最も多い徳島、京都、東京(290人)に比較し、最も少ない埼玉、茨城、千葉(140〜160人)ではほぼ半分で、想像以上に格差が生じていることが分かる。
B診療科による医師の需給不均衡
  勤務条件が過酷といわれる小児科や医療訴訟リスクが高い外科、産科等を志望する医学生が減少している。また、新医師臨床研修制度で過酷な勤務状況を目のあたりにし、志望を変える場合もある。
C女性医師の増加
  近年、女性医師の増加が著しいが妊娠・出産などをきっかけに就労が困難になることが多く、また、女性医師は、小児科、眼科、皮膚科といった特定の診療科を選択する傾向があるため、一時的な相対的医師不足や診療科偏在に影響しているとみられている。

   都道府県(従業地)別にみた医療施設(病院・診療所)に従事する人口10万対医師数
     
   2012年厚生労働省医師・歯科医師・薬剤師調査より作成

●安易な医学部新設が地域にもたらす弊害

・教員確保による地域医療の崩壊と教育水準の低下
    医学部教員は大学附属病院でも診療を行い、約300名の教員が配置されている。 医学部が1校新設された場合、多勢の医師が教    員として医療現場から引き抜かれ、地域医療の崩壊や、地域の教員分散による医学教育の水準低下が懸念される。
人口減少など社会の変化に対応した柔軟なコントロールが困難に
    日本医師会は、我が国の医師数は2020年にはOECD平均並(3.0人)に到達すると試算しているが、中長期的な医師の需給予測は非  常に難しいため、既存 施設での定員調整の方が、医学部増設に比べリスクは少ない
 

●医師の偏在解消に向けた今後の取り組みを考える

  医師の偏在解消に関し、諸外国はどのような対策を施しているのだろうか。例えばドイツでは、医療圏域ごとに人口あたりの「適正数」を設定し、それぞれの医師数に上限枠を設けている。総合医(GP)制度をもつイギリスにおいても同様で、医療圏ごとにGPの定員が定められている。またフランスでは、各地域の医師数に基づき研修医の受入人数が設定され、医師国家試験の成績上位者から希望する地域や診療科で優先的に研修を受けることができるなど、いくつかの国では医師の配置について一定の強制力を持たせている。
  一方、何ら制約のない我が国では、2007年にすべての都道府県に設置された「地域医療対策協議会」等が、地域の事情を踏まえ、医療従事者の確保について必要な施策を定めることとされているが、法的な権限はなく実効性に欠けるとの指摘がある。
 今後の方向性として、医学生の臨床研修カリキュラムを見直すとともに、大学や都道府県に対する医師の適正配置に関する役割をより具体化していくことが求められる。日本医師会は、昨年1月に第3版となる「医師養成についての提案」を公表し、偏在解消に重点を置いた新たな提案を打ち出している。

日本医師会「医師養成についての提案(第3版)」の概要

@大学での新たな取り組み −「大学臨床研修センター(仮称)」の設置
  各大学に「大学臨床研修センター(仮称)」を設置する。センターは、研修希望者の意向を踏まえながら面談を行い研修先を選定する。研修先の都道府県は自由に選べることとする。
A都道府県、国での取り組み強化
  都道府県には、医師会、行政、住民代表、大学、大学以外の臨床研修病院で組織する「都道府県医師研修機構(仮称)」を設置する。募集定員の調整のほか、研修プログラムの検討・提案、研修内容のフォローなども行う。全国組織としては、都道府県ごとの機構をまとめる「全国医師研修機構連絡協議会(仮称)」を設置し、全国的な定員を設定する。
B現行機関の再編による新たな組織の構築
  現行機関である「地域医療対策協議会」やモデル事業として実施されている「地域医療支援センター」※や、上記提案の「大学臨床研修センター」などを発展的に再編し、「都道府県地域医療対策センター(仮称)」を構築する。同センターでは、臨床研修終了後の医師の異動や配置を継続的に把握し、これらの情報に基づき、医師確保や偏在解消、医師の生涯キャリア形成支援を行っていく。

 keyword 「地域医療支援センター」
  医師の偏在解消に取り組むコントロールタワー確立を目的として、厚生労働省予算で実施されているモデル事業。現在、30の道府県で設置・運営されており、主に以下のような事業に取り組んでいる。
・県内の医師不足の状況分析
・地域・診療科偏在解消の方針策定
・医局との調整等による医師不足病院への医師確保支援
・地域でのキャリア形成の不安を解消するための様々な支援
・HPによる求人・求職情報等の発信
 

医療情報室の目

東北医学部新設は政府の復興PR?
  2008年、国は長年に亘る医師数抑制策を転換し、医学部入学定員の拡充等を柱とする医師確保対策を打ち出し、これまでの間に全国で1,416人もの医学部定員を積み増してきた。この数字は1大学の医学部定員を100人とした場合、わずか6年の間に14もの大学が増設されたことに相当する。着実な成果を上げているこれらの対策を尻目に、新たに医学部1校を新設する価値が本当にあるのだろうか。震災を受けた岩手・宮城両県沿岸の医療機関はいまだ完全には復旧に至らず、現地の医師も不足しているとみられている。さらに、ベッドが足りないため入院日数を短縮せざるを得ず、在宅医療への対応が増加するなど人手が足りない深刻な状況が続いているともいわれている。このような状況において、仙台や周辺地域の大学病院、中核病院等から多くのベテラン臨床医が引き抜かれれば、被災地の医療体制に計り知れない打撃を与えてしまうことは誰の目にも明らかであろう。そもそも、医学部新設と震災復興は別次元の問題ではないか。被災地での医療施設の再開はもちろん、医師の確保も喫緊の課題であるはずだが、新設医学部の学生が地域に輩出されるのは、これから7年以上も先の話なのだ。異例ともいえる今回の措置は、35年ぶりの医学部新設というインパクトを前面に打ち出し、復興対策の遅れを濁したいという政府の思惑が見え隠れする。

医師の需給予測は困難。柔軟に対応できる体制が求められる。
  政府が長年に亘る医師数抑制方針を転換したことからもわかるように、中長期的な医師の需給予測は難しい。医師の養成には10年以上の期間を要するともいわれ、その間に国の財政事情や医療政策、人口構成、医療技術の進歩など様々な要素が変化するからだ。医学部の増設には、大学側は長期間の投資を見込んで校舎の増築や教育機材等の導入、教員の確保、大学病院の整備等を行う。いったん増員した定員を削減することとなった場合、これらのハードウェアを簡単に廃棄することができるのだろうか。医師数の将来予測は単純な話ではなく、地域の医療体制によっても大きく事情が異なる。だからこそ、社会の変化に柔軟に対応できる体制を確保しておくべきではないか。今回の医学部新設が「蟻の一穴」とならないよう今後の動向を注視しておく必要がある。
 

編 集 福岡市医師会:担当理事 今任信彦(情報企画担当)・松尾圭三(広報担当)・寺坂禮治(地域医療、地域ケア担当)
※ご質問やお知りになりたい情報(テーマ)がありましたら医療情報室までご連絡下さい。
(事務局担当 情報企画課 柚木(ユノキ))
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