No.187
2013年11月28日発行
福岡市医師会医療情報室
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特集:総合医について考える
我が国では超高齢社会の進展に伴い、今後、独居高齢者や慢性期かつ複数疾患の医学的管理を必要とする高齢者が増加するといわれている。このような状況を踏まえ、国は、可能な限り住み慣れた地域で継続して生活できるよう医療・介護・予防・生活・住まいの支援を地域で一体的に提供する「地域包括ケアシステム」の構築を急いでおり、地域の医療的・社会的機能を担う「かかりつけ医」の役割がますます重要になるとみられている。一方で厚生労働省は、専門医の質の向上や医師の偏在是正等を図る観点から現行の専門医制度を見直すこととし、平成23年に「専門医の在り方に関する検討会」(座長:久史磨:日本医学会長)を立ち上げ、今年4月にとりまとめた最終報告書の中で新しい専門領域である「総合診療専門医」の創設と、既存の専門医も含めた新たな認定・養成の仕組みなどを示した。
今回の医療情報室レポートでは、検討会の中でも議論が錯綜した「かかりつけ医」や「総合医」の解釈の整理も含め、平成29年度からの開始が見込まれている新・専門医制度の概要などについてまとめてみた。
●医師の呼称問題をめぐる各界の主張
今回の「専門医の在り方に関する検討会」の議論の過程において、「総合医」、「総合診療医」の名称の扱いが問題とされた。
そもそも、かかりつけ医や総合診療医、家庭医、主治医の定義や名称については、30年も前から各界の主張が分かれ議論されてきた経緯がある。それぞれの名称については、現在も明確な定義付けやコンセンサスがあるわけではないが、これまでの流れを振り返り、一旦ここで整理してみたい。
かかりつけ医
(総 合 医) |
・総合医=かかりつけ医(日本医師会) ・自身の専門性を生かした「医療的機能」と「社会的機能」を備え、保健・医療・福祉の諸問題にも応じるなど全人的視点での対応を併せ持つ医師(日本医師会) |
総合診療医 |
・幅広い診療領域の知識を備える「医療的機能」を評価した医師(日本医師会) ・幅広い領域の疾病と障害等について適切な初期対応と必要に応じた継続診療を全人的に提 供する医師(専門医の在り方に関する検討会) |
家 庭 医 |
・昭和62年、政府の諮問懇談会が「家庭医制度」を提唱(厚生省:家庭医に関する懇談会)
⇒日医が、英国をモデルとした人頭割り定額払いを想定した制度だと強く反発し廃案 ・英国や北欧のGP(General Practitioner)のイメージが強い |
主 治 医 |
・平成19年、社会保障審議会特別部会「後期高齢者医療の診療報酬体系の骨子」の中で、後 期高齢者を総合的に診る医師として「主治医」の 表現が用いられる |
“かかりつけ医・総合医” 問題に関連する大きな流れ
1987年 (S62) |
・旧厚生省「家庭医に関する懇談会」が「家庭医制度」を提案 ・日医、同制度案は英国の医療政策にみられる官僚統制に繋がると反発。後に家庭医に代わる名称として「かかりつけ医」を提唱 |
2006年
(H18) |
・国保中央会、後期高齢者のかかりつけ医登録制や、診療報酬の人頭割り定額払いを報告書の中で提案 |
2007年 (H19) |
・厚労省、標榜科目見直しの動きの中で「総合科」の新設と、国による総合医の認定制を提案 |
2008年
(H20) |
・日医、医師会主導による総合診療医の新認定制度創設を発表 |
2011年
(H23) |
・厚労省、「専門医の在り方に関する検討会」設置 |
2013年
(H25) |
・厚労省、「専門医の在り方に関する検討会」が最終報告書をとりまとめる |
●我が国における新しい専門医制度の姿
我が国では、これまで医師の専門性に係る評価・認定については、各領域の学会が自立的かつ独自の制度を設け運用してきたが、学会が乱立し認定基準も統一されていないため、専門医が有すべき能力について医師と患者の間に捉え方のギャップがあるなど分かりづらい制度になっている。これらの現状を踏まえ、厚生労働省は、国民の視点に立ったうえで、専門医の質の向上や医師の地域・診療科の偏在是正などを図ることを目的として、平成23年10月に「専門医の在り方に関する検討会」を設置した。現在は、今年4月にとりまとめられた最終報告書をもとに、新専門医制度の構築に向けた準備が本格的に進められている。
厚労省「専門医の在り方に関する検討会」のポイント |
・「総合診療医」の専門医としての名称は「総合診療専門医」とする。
・「総合診療専門医」を基本領域の19番目の専門医に加える。
※「総合診療専門医」に期待される役割
他の領域別専門医や他職種と連携して、多様な医療サービスを包括的かつ柔軟に提供。
・専門医の認定と養成プログラムの評価・認定を統一的に行う中立的な「第三者機関」を設立。 |
検討会での「総合医」等の名称をめぐる日医の主張 |
・「総合医」の機能は「かかりつけ医」機能そのもの。
基本領域に新たに加えられる専門医の名称は「総合医」ではなく「総合診療医」とすべきである。
・多くの「かかりつけ医」は深い専門性を持ちながら幅広い診療能力で地域に応えており、地域の開業医はこの機能を当然担っている。
・今後、かかりつけ医機能のさらなる向上に向けて、生涯教育制度を一層充実させていきたい。 |
●“かかりつけ医”は制度化すべきか?
「専門医の在り方に関する検討会」の中では、「総合医」や「総合診療医」の名称の扱いが問題となったが、これは、我が国では、「かかりつけ医」が制度や医学教育の中で明確に位置付けられていないため、各界の主張が長年に亘って分かれていたことなどが背景にある。
一方、諸外国に目を向けてみると、イギリスのように家庭医(GP:General Practitioner)制度を確立するなど、制度や医学教育の中で、家庭医と専門医の区別を明確にする国もある。しかし、国民と家庭医の関係が硬直化しているイギリスでは、国民の医療へのアクセスが阻害されるなど様々な問題点が指摘されている。ここではイギリス、フランス、ドイツを例に、かかりつけ医をめぐる制度の現状や問題点を、今後の日本の医療政策の行方を考えるうえでの参考としたい。
<各国の制度の現状>
国名 |
かかりつけ医の登録制 |
家庭医の
教育制度 |
フリー
アクセス
の制約 |
特 徴 |
イギリス |
○ |
○ |
強い |
イギリスの国営医療サービスNHS(National Health Service)の制度下、英国民は地域の開業医(GP)への
登録が義務づけられ、患者は原則無料で診療を受けることができる。専門医と診療所の家庭医(GP)の役割は明確で、患者は救急の場合を除き、原則、登録しているGPを受診し、必要ある場合のみ専門医を紹介される。 |
フランス |
○ |
○ |
緩やか |
かかりつけ医の登録を義務としながらも、フリーアクセスを基本としている。ただし、一部の診療科(産婦人科
など)を除き、かかりつけ医以外を受診した場合は、患者負担が増える仕組み。 |
ド イ ツ |
× |
○ |
緩やか |
日本と同様、かかりつけ医の登録の義務はなく、フリーアクセスを基本としている。
ただし、かかりつけ医への緩やかな誘導策として、同一疾病で複数の医師を受診した際の自己負担増大
や、保険者から提供される家庭医登録による外来診察料の減免措置などの仕組みがある。 |
日 本 |
× |
× |
非常に
緩やか |
唯一のフリーアクセスの制約として、非紹介患者の200床以上の病院における初診時の選定療養がある。 |
<イギリスの医療政策にみるフリーアクセスの制約等による問題点>
・硬直的な高次医療へのアクセス制限 ・受診までに要する待機時間の問題
●総合診療専門医養成に向けた今後の課題
・総合診療専門医の教育・研修システムの確立
「総合診療専門医」の養成には、学会や医師会、行政等が協働して現在の医師教育システム(総合診療専門医の養成を医学教育、
卒後研修、生涯学習の中にどのように組み込むか)を抜本的に見直すことが必要。そこでは、日本医師会の生涯教育制度の更なる
充実も大きな役割を担う。
・指導医の確保と養成
「総合診療専門医」の養成には、幅広い臨床能力を有する指導者が必要となるため、大学病院や大病院のみならず、地域の中小
病院や診療所も含めて総合診療専門医の養成に取り組むべきであり、医師会等の協力により地域医療を支える経験豊かなかかり
つけ医等が指導医として関わることも必要。
医療情報室の目
★英国家庭医制度は硬直的。
英国における家庭医の話をする前に、英国の医療全般について、俯瞰しておかなければならない。ご存じの通り英国の医療は、NHS(国民保健サービス)が、そのほとんどを提供する国営事業である。僅かに、個人開業が許されているのが家庭医とほんの一部の私的病院である。一部の私的病院を除いて医療は無料で提供される。さて、家庭医になるためには2年間の基礎研修の後に3年間の専門医になるための研修を積む必要がある。この間、2年間で4〜6の診療科で各専門医を目指す研修医と同等の研修を積まなければならない。最後の1年間は、トレーニング指導資格をもったGP(総合医、家庭医)の勤務する診療所に配属され、日々の診療を通して教育・指導が行われる。これらの全てのプログラムが終了すると複数の指導医から評価内容を卒後トレーニング委員会に報告され、その資格が審査される。各科を回っている時に各科のディプロマ試験を受け、より専門性の高いGPになることもできる。医師の中でGPに登録するものは約25%と言われている。以前は、GPは一人開業が多かったようだが、最近はグループで診療しているところも少なくない。GPの利点としては、人頭制(1人あたり1,000人〜1,500人)で割り当てられた地域住民の生活全般を指導、教育しながら健康を守るというと良いことばかりのようだが、一人のGPがある領域に理解がなければ偏った医療しか受けられないという欠点もある。また、医師の立場からすると空きがなければ自分の希望する地区での開業はできないし、空きが出るまで待つことになる。さらに、診療内容についてはNHS管理指導の下におかれていることも忘れてはならない。英国では確固たるGP制度を作ったために、救急以外で直接専門医の診療を受けることは困難で、明らかに眼疾患とわかっていてもまずはGPの診察を受けなければならず、GPの紹介なしに専門医を受診する場合には「自由診療」ということで保険が使えないことになる。このため富裕層は自己負担で充実した医療サービスを受けられる一方、中流以下は、まともな医療を受けられない。悪性腫瘍で手術が必要でも数ヵ月待ち、順番になった時には本人は亡くなっていたという笑えないジョークもあり、富裕層は大陸に渡って手術をうけることもある。実際直近の調査では、ロンドン西地区(富裕層地区)と東地区(貧困層地区)の男性の平均寿命差は17歳と拡大している。医療の取りかかりとしてGP制度は大いに機能していることは認めるが、高度化、細分化した現代医療において、GP制度を有効に機能させていくには拙速にならず議論を重ねなければならない問題が多いと思う。
★最終的に目指すべきところは「かかりつけ医」
レポート中でも述べたとおり、1987年の旧厚生省の「家庭医構想」により、家庭医制度創設の動きがあったが、イギリスのような開業医への官僚統制に繋がりかねないと日本医師会は強く反対し頓挫した経緯がある。約30年経った今、長年着手されなかった専門医制度が見直され、新制度が2017年度から開始される予定だ。検討段階において、総合医の名称やフリーアクセスの堅持等について日医の強い主張があったことを忘れてはならない。新専門医制度については、専門医の質の向上や良質な医療の提供が効果として期待されることとなったが、問題点や課題も多く存在している。いち早く総合診療専門医研修プログラムの確立や指導医の養成に取り組むべきであり、関連学会だけではなく、医師会も積極的に関与し、日医の生涯教育制度などをさらに充実させ、大いに活用すべきであると考える。その具現化の一つとして福岡県医師会は、今冬、福岡県医師会認定総合医(新かかりつけ医)制度を立ち上げる予定である。
新専門医制度の下、これから医学・医療を目指す若者達にとって、地域社会より必要とされる十分な臨床経験を積んだ総合診療専門医となることを期待するが、我が国の医療の中核は「かかりつけ医」であり、この役割があってこそ地域医療の再興を果たせるものと確信している。
なお、永年に亘り救急医療や学校医活動、予防接種事業等を行いつつ、地域住民の生活習慣をも把握し、生涯教育にも取り組んで研鑽を重ねる地域の開業医こそ「かかりつけ医」であることは論を俟たないところである。
編 集 福岡市医師会:担当理事 今任信彦(情報企画担当)・松尾圭三(広報担当)・寺坂禮治(地域医療、地域ケア担当)
※ご質問やお知りになりたい情報(テーマ)がありましたら医療情報室までご連絡下さい。
(事務局担当 情報企画課 柚木(ユノキ))