医療情報室レポート
 

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2013年5月31日 
福岡市医師会医療情報室  
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特 集 : 医療事故調査制度を考える −その1−

 今月29日、厚生労働省の「医療事故に係る調査の仕組み等のあり方に関する検討部会」において医療事故調査制度の大枠について意見が取りまとめられ、制度創設に向けた一定の方向性がようやく見えてきた。そもそも議論の発端は、平成11年頃から医療事故に関する報道が盛んに行われるようになり、医療現場に対する警察の介入が増加したことなどにより、医療事故調査の仕組みづくりの必要性が問われだしたところにある。また、医療事故調のあり方に関連し、警察に届け出るべき“異状死”の解釈をめぐって混乱を巻き起こしている、いわゆる「医師法21条」問題も議論されてきたが、この問題については今後解釈を整理していく方向性が示されている。
 いずれにしても、医療現場に警察権力の介入が常態化してしまうことは、原因の訴追ばかりに目が向けられてしまい、医師の減少や萎縮医療を引き起こすだけでなく、結果として医療事故の再発防止を妨げる恐れがあるのではないだろうか。
 医療情報室レポートでは、これらの問題について2回に亘り特集を組むこととした。今回は、医療事故調査制度をめぐる現状や論点、医師法21条の解釈等を整理し、次号では、今回検討部会が取りまとめた医療事故調査制度の概要等を紹介し、制度のあるべき方向性などについて考えてみたい。


「医療事故調査制度」議論の背景と今後の見通し
○議論の始まり
平成19年4月 厚労省「診療行為に関連した死亡に係る死因究明等の在り方に関する検討会」を設置
平成20年6月 厚労省、第二次、第三次試案を経て「医療安全調査委員会設置法案(仮称)大綱案」を公表
平成23年6月 日医「医療事故調査制度の創設に向けた基本的提言について」を公表
8月 厚労省「医療の質の向上に資する無過失補償制度等のあり方に関する検討会」を設置
平成24年2月 厚労省「医療事故に係る調査の仕組み等のあり方に関する検討部会」を設置
9月 日医「診療に関連した予期しない死亡の調査機関設立の骨子案」を公表
12月 日医「医療事故調査に関する検討委員会」を設置
平成25年5月 厚労省「医療事故に係る調査の仕組み等のあり方に関する検討部会」、医療事故調査制度の大枠について意見集約
医療事故調査制度に関するこれまでの主な動き
 平成11年頃から、横浜市立大学附属病院の患者取り違えや都立広尾病院の点滴薬取り違えといった医療事故が相次ぎ、医師や看護師が起訴されるといった事態が多発する。報道や社会の関心の高まりとともに増加する警察権力の医療現場への介入に対し、医師や医療従事者が批判の声を上げ始めたことが議論のきっかけとされている。その後、平成18年に起きた福島県立大野病院事件では産科医が逮捕されるという事態にまで至り医療関係者の間に大きな波紋を呼ぶが、多発する医療事故、医療現場の混乱を受け、平成19年、厚生労働省が医療事故の原因究明・再発防止の仕組みづくりを目的に、「診療行為に関連した死亡に係る死因究明等の在り方に関する検討会」を立ち上げた。

○議論の再開と今後の見通し
 厚労省は平成20年6月、検討会で作成したいくつかの試案を踏まえ「医療安全調査委員会設置法案(仮称)大綱案」を公表するも、平成21年の政権交代で議論は一時停滞してしまう。厚労省は平成23年8月に「医療の質の向上に資する無過失保障制度等のあり方に関する検討会」を設置して議論を再開、その後平成24年2月に設置された「医療事故に係る調査の仕組み等のあり方に関する検討部会」において医療事故調査制度の在り方などについて集中的に議論を重ねてきた。一方、日本医師会では、平成24年9月に独自の骨子案を公表するとともに、同年12月「医療事故調査に関する検討委員会」を立ち上げ、医療界としての意見集約に向け調整を図ってきたところである。ここにきて厚労省の同検討部会は日本医師会の提案も踏まえ、今月29日に制度の大枠について意見を集約した。今後は制度運営上の詳細についてのガイドラインの策定に取りかかるとしている。

診療関連死の届出 −『医師法21条』の解釈−
 近年、医療事故に関連して「医師法21条に基づく届出を怠った」などとして医師が罪に問われるケースが生じている。しかし、もともと「医師法21条」は、衛生環境や治安が芳しくなかった明治・昭和初期に、疫病や事件性が疑われる死体を認めた場合に速やかに届け出ることを義務づけた条文で、医療行為に関連した死亡は含まないものと認識されていた。ところが、日本法医学会のガイドライン(平成6年)で示された“異状死”の定義が医師法21条の解釈に影響を及ぼし、さらには点滴薬剤の取り違えで患者を死亡させた都立広尾病院事件(平成11年)において医師法21条違反の最高裁有罪判決が下ったことなどから、院内で起こった医療事故を直ちに警察に届け出る医療機関が急増している。

   医師法21条等による医療関係者からの
   医療事故届け出件数の推移(平成9年〜20年)
都立広尾病院事件(平成11年)において医師が医師法21条に基づく届出を怠ったとして罪に問われた影響もあり、平成12年以降、医療関係者からの医療事故届出件数が急増した。

厚生労働省が描く医療事故調査制度の姿
 厚労省は平成20年4月に作成した試案(第三次試案)を踏まえ、同年6月に、より法律案に近い形で取りまとめた「医療安全調査委員会設置法案(仮称)大綱案」(以下、大綱案という)を公表した。「第三次試案」ならびに「大綱案」は平成21年の民主党への政権交代など政局の混乱の影響もあり、最終的には国会に諮られることはなかったが、その後、平成23年8月に設置された厚労省の「医療の質の向上に資する無過失補償制度等のあり方に関する検討会」において医療事故調査に関する議論が再開され、現在は「医療事故に係る調査の仕組み等のあり方に関する検討部会」において「医療事故に係る調査のあり方」ならびに「再発防止のあり方」の二本の柱をテーマに以下の論点について検討が続けられている。
検討部会における医療事故に係る調査の仕組み等に関する基本的なあり方と論点
【調査の目的】
原因究明及び再発防止を図り、これにより医療の安全と医療の質の向上を図る
【調査の対象】
診療行為に関連した死亡事例(行った医療に起因して死亡した事例で当該事案の発生を予期しなかったもの)
死亡事例以外については段階的に拡大することも検討
【調査の流れ】
当該事案が発生した場合は第三者機関に届け出る
院内調査を基本とし、調査結果を第三者機関に報告する
遺族や医療機関からの要請などにより、院内調査を経ないで第三者機関が調査を行うこともある
【院内調査のあり方】
当該事案が発生した場合、院内に事故調査委員会を設置する
委員会は基本的には外部の医療専門家等の支援を受けて調査を行う
【第三者機関のあり方】
主な業務内容
 院内調査結果の確認、分析
 要請に応じて行う医療事故に係る調査
 医療事故の再発防止策に係る普及・啓発
第三者機関からの警察への通報は行わない
第三者機関が事故調査を行った場合、調査を依頼した遺族や医療機関からも一定の費用の負担を求めることも検討
(第12回医療事故に係る調査の仕組み等のあり方に関する検討部会(H25.4.18)資料を基に作成)
【参考】“大綱案”のポイントと“第三次試案”で示された医療事故調査制度の流れ
 平成20年6月に公表された“大綱案”は、第三次試案の内容をほぼ踏襲しており、外部調査機関としての“医療安全調査委員会”の設置を明記したところが最大の特徴といえる。この調査委員会の設立趣旨がその後の医療事故調査制度検討の基礎となっている。

<医療情報室の目>
 本レポート中にも記したように、近年、医療事故に関連して医療関係者が罪に問われるといったケースが増加しているが、これは医師や医療関係者の間に萎縮医療を引き起こすだけでなく、結果的には社会全体を不安や混乱に陥れるものである。
 今回、厚生労働省の「医療事故に係る調査の仕組み等のあり方に関する検討部会」が取りまとめた医療事故調査制度の骨子案は、医療機関における「院内事故調査」を前提とした仕組みを柱としており、不幸にして起こった医療事故を、医療者・医療界が自らの責務において迅速に調査・分析を行い再発防止の徹底に繋げることを第一義に掲げているといえる。また、外部機関と位置付けられる「第三者機関」の設置については、医療機関で発生した診療関連死を受理し、医療事故をめぐる透明性や公正性を担保するとともに、事故の実態を精査し医療の安全と質の向上を図る狙いがある。
 いずれにしても、医療現場に対する司法権力の過剰な介入は、刑事責任の追求ばかりに目が向けられ再発防止といった観点が妨げられるだけでなく、過剰な報道などを通じて国民の間に「医療不信」が広がり無用な混乱を招くものといえる。
 真に国民のためとなる医療事故調査制度の構築に向けては、医療側が専門性の高い目で原因を究明し、同じ事故が二度と繰り返されることのないよう再発防止に繋げる仕組みを作ることにある。
ご質問やお知りになりたい情報(テーマ)がありましたら医療情報室までご連絡下さい。
   (事務局担当 情報企画課 下田)
担当理事 今任信彦(情報企画担当)・松尾圭三(広報担当)・寺坂禮治(地域医療、地域ケア担当)

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