医療情報室レポート
 

bP73  
 

2012年9月28日 
福岡市医師会医療情報室  
TEL852-1505・FAX852-1510 

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特 集 : 医療情報連携システムのリスク

 医療のIT化に関しては、従来より、電子カルテやオーダリングシステム、レセコンなど、いわゆる医療機関内部の診療支援的なシステムが代表的なものとして捉えられていたが、近年は、地域の医療機関相互の連携や患者情報の共有等を目的とする「医療情報連携システム」の役割が注目されている。
 国は、2001年の「e-japan戦略」以降、医療ITの普及促進に向けた取り組みとして、データ形式の標準化や運用ルール策定、また公募による実証事業の促進など様々な施策を展開し、各地域においていくつものモデル事業が行われている。その中には現在、地域の複数の医療機関が参加し、実際のシステムとして稼動し高い評価を得ているものもある。
 ただ、医療情報連携にITを導入することで、医療関係者、患者ともに大きなメリットがもたらされるかもしれないが、同時に、患者の個人情報の取り扱いには極めて慎重にならざるを得ない状況も生まれる。
 今回は、特に「医療情報連携システム」の概況を紹介するとともに、留意点や今後の課題について考えてみたい。


医療情報連携システムに対する国の取り組み
 現在、医療・介護における様々な場面にITを活用しようとする動きが進んでいるが、国が推進する医療IT化施策は、利用者や取り扱う情報の違いなどにより、大きく3つのシステムに類型できる。特に、医師の不足や医療施設の地域偏在といった喫緊の課題の解消に向けて、複数の医療機関間で患者情報等を医師や医療従事者が共有・閲覧するためのデータベース連携システム「シームレスな地域連携医療」が全国各地域で行われており、中には長崎県大村市の「あじさいネットワーク」のような成功例も見られる。今回は、この「シームレスな地域連携医療」を取り上げ、その現況や医療関係者が留意すべき点などを解説していく。

○医療情報連携システムの比較
シームレスな地域連携医療 どこでもMY病院/PHR 在宅医療・介護情報連携
概  要 地域内外の複数の医療機関が広域に連携することで総合的な医療サービスの提供をめざすためのデータベース連携システム。
病院、診療所、及び介護施設間で、患者の慢性疾患等の治療やケアのための情報を連携する。
なお、主治医と専門医の間で医用画像を共有し診断等を行う遠隔診断システムも含まれる。
2010年5月、政府が「新たな情報通信技術戦略」において具体的な構想を発表。患者が初めての病院を訪れた場合でも、かかりつけ医に準じた診療が受けられるよう、患者本人が自らの医療・健康情報を医療機関等から受け取り、それを自らが電子的に管理・活用する。 医療・介護従事者が訪問先で使用することを想定したシステム。在宅医療には多くの職種が関わっており、患者の状態を一貫してフォロー出来る体制になっていない場合があるため、訪問先で医療・介護従事者が情報等を入力し、その情報を閲覧したり、テレビ電話等による相談が出来るシステムを構築し、在宅患者の管理をすることを目的としている。
主なシステム
利用者
医療従事者
(主として医師間の情報共有)
患者個人
(医療従事者と個人との情報共有)
医療・介護従事者
(医師等と訪問看護師等との情報共有を通じて患者にサービスを提供)
主な
利用場面
医療機関において患者に医療サービスを提供(または医療機関相互での役割分担や調整等) 個人による自身の健康管理(または医療従事者等による個人への保健指導・健康相談) 訪問看護師等による在宅患者や要介護者への訪問看護・介護等
(総務省「情報通信技術及び人材に係る仕様書」資料を一部加工し作成)

現在の地域医療連携における医療情報の連携方式

 医療機関間の医療情報の連携方式についてはいくつかの方式が存在するが、大きくは、中核病院等の電子カルテシステム等に他の医療機関が参画する「集中型(ASP型)」と、各医療機関が保有する独立したシステムを“標準インターフェイス”を通じて連携する「分散型」の二つに大別される。これまでは、“1対N”の連携とされる「集中型」が主流だったが、診療所側からは、アクセス先の病院によってカルテ(画面)のレイアウトが違うことや、情報提供病院が増えるに伴い複数のアクセスID等が必要となり管理が煩わしいこと等から、昨今は、“N対N”連携方式の「分散型」に移行しつつある。
連携方式のイメージ
(医療評価委員会「地域医療再生基金の活用による医療情報連携システムの構築における留意点」を参考に作成)

○現在稼働している九州の
     主な医療情報連携システム○
あじさいネットワーク
  (長崎県大村市、長崎市)

 平成16年10月運用開始。16の病院が情報提供を行い、151の医療機関が参画している。地域医療連携システムの草分け的存在。当初は大村地区のみでの運用であったが、現在では長崎市も加わり、幅広い地域の医療連携に役立っている。公開している内容は画像を含む全ての検査結果、処方、注射、処置、手術等の治療内容、入院中及び退院サマリ、手術記録等である。

朝倉医師会病院(福岡県朝倉市)
 平成21年12月運用開始。35の医療機関間で連携。医師会立病院としては初めて、地域医療連携システムを本格的に稼働させた。地域医療機関の医師との紹介状のやり取りや急性期病院の予約の取得、患者プロフィールや診療歴などのカルテ情報を地域医療機関の医師が参照でき、これにより朝倉医療圏の連携強化を図っている。

ゆけむり医療ネット(大分県別府市)
 平成23年3月運用開始。3病院が情報提供を行い、49の医療機関が参画している。別府市医師会が中心となりシステムを構築。患者の同意を基に検査データ・画像・入院経過表・薬剤情報・画像レポート等の医療情報を共有している。また、地域保健センターにおける特定健診、事業所検診、各種がん検診、学童検診等のデータ(画像、心電図、血液検査等)も精密医療機関である基幹病院や各会員の医療機関で診療する際の情報提供として公開している。
各地域における医療情報連携システム導入事例
(医療評価委員会「地域医療における情報連携のモデル的プランについて」(2010.1)を一部加工)

医療情報連携システムの本質的な問題点と利用上の留意点

◎本質的な問題点
・情報量の急増
 システムを利用し他の医療機関のカルテを閲覧出来るということは、言い換えれば医師にはカルテの内容を全て把握する義務が生じるといえる。現在の医療情報連携システムで公開されている電子カルテは基幹病院のものが主だが、将来的に診療所のカルテも電子化され双方向で閲覧が可能になった場合、病院も診療所も取り扱う情報量は膨大なものとなる。とはいえ、多年に亘って複数の医療機関に蓄積された一患者の膨大な病歴等の情報を、わずかな診療時間中に全て確認できるのだろうか。例えば、数年前にある病院で脳動脈瘤を指摘された患者が、かかりつけ医に頭痛を主訴に来院。経過観察で帰宅させ、その後くも膜下出血で死亡した場合、過去のカルテに記載されていた脳動脈瘤の情報を見逃した医師に責任が生じる可能性があるのではないか。

・連携の拒否に関する課題
 システムの使用に際しては、かかりつけ医が患者に対し、他の病院のカルテ(これまでの病歴等)を確認することについて同意を得ることが想定されるが、その患者は拒否をしづらいのではないか。患者側が仮に拒否をした場合、かかりつけ医からぞんざいに扱われるかもしれない…等の不安を抱くとすれば、この同意は半ば強制ということになる。また、かかりつけ医(近くの医師、家族を知っているなど)に知られたくない疾患で遠地の病院を受診していたとしても、連携システムを通じてかかりつけ医にその診療内容が知られてしまうことになる。このような点から、患者側から見て、医療情報連携システムは適切なシステムといえるのかという疑問が残る。
 また、診療そのものが患者の協力なくして成り立たないことは言うまでもないが、過去の全ての情報を明かしたくない患者もいるだろう。医療情報連携システムがない場合は、患者は明かしたくない過去履歴は黙ってさえいればよいが、連携システムが導入された医療機関では、患者は連携を拒否するか(過去履歴徴収0%)、同意するか(過去履歴徴収100%)のどちらかとなり、現状の診療のような、あいまいさが許されなくなる。“連携への拒否”は患者の正当な権利なのか、それとも診療を妨害する行為となるのかについても十分な議論が必要かもしれない。

◎利用上の留意点
約款(例)
 ネットワークの発展やサーバーのクラウド化に伴い、多機能かつ安価な医療情報連携システムが複数のベンダー(業者)から提供されており、システムに参画する医療機関は徐々に広がりをみせている。しかし、利用する医療機関にとっては、取り扱う電子データが患者の病歴や健康情報等を含む重要な個人情報であることから細心の注意を払う必要が生じてくる。
 特に、システムを提供するベンダーによっては、約款等の中で、契約者の承諾を事前に得ることなく、システムを通じて得られた個人情報を特定できない状態に加工し、自社の事業に活用することなどを謳っている場合がある。サービスの向上を目的とするにしても、秘匿性の高い患者の診療に係わる個人情報が、契約者や患者自身の承諾が得られることなく目的外に利用されることには強い不安を覚える。さらに、約款等の内容の変更についても、契約者の承諾を得ずに随時変更できるとするケースがあり、ベンダーが提供するシステムを利用する際には、契約書や約款は十分に確認する必要があるといえる。


<医療情報室の目>
 医師不足や診療科の地域偏在が問題となっている日本において、医療機関同士が情報を共有し連携することで、かかりつけ医と基幹病院の役割分担を明確にし、総合的に患者を支えていくことが可能となる医療情報連携システムにかかる期待は大きい。患者が受診した際に他の医療機関のカルテを瞬時に確認し、診療に生かせるのは大きな利点である。しかし、医療分野における個人情報は極めて秘匿性の高い情報であり、その漏洩等が直接的に患者の社会的な評価等に関わる可能性がある。また、これらの情報は商業的に極めて価値が高いとされており、第三者に提供され、ビジネスに利用されることを防ぐためにも、より厳格な管理が求められる。一方で、医学・医術の進歩や公衆衛生の向上及び増進のためには、診断・治療等を通じて得られた個人医療情報を活用して研究等を行い、新たな治療法・医療技術の開発・普及等を進めていくこともまた不可欠である。したがって、通常の個人情報保護法とは一線を画し、医療分野独自のルールを定める必要があるのではないか。その際には、医療行為によって得られた個人情報の管理は非営利団体に限定することなどを是非盛り込んでもらいたい。
 医療の現状を踏まえると、医療情報連携システムの整備は今後ますます広まっていくと思われる。患者の利便性を考慮して参画したシステムが、医療機関にとって諸刃の剣とならないよう、その利活用には十分な注意を払うとともに、患者・医療機関双方に有益なシステムが形成されていくことを願ってやまない。
ご質問やお知りになりたい情報(テーマ)がありましたら医療情報室までご連絡下さい。
   (事務局担当 情報企画課 下田)

担当理事 今任信彦(情報企画担当)・松尾圭三(広報担当)・寺坂禮治(地域医療、地域ケア担当)


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