医療情報室レポート
 

bP62  
 

2011年10月28日 
福岡市医師会医療情報室  
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特 集 : 医療ツーリズムの現状

 経済のグローバル化は医療の国際交流を促し、世界では医療ツーリズムへの動きが加速している。すでに50ヵ国を超える国で年間600万人を超える他国の患者の受け入れが行われているといわれており、2012年には、その市場規模は1000億ドルに達するとも予測されている。一方、我が国においては、「新成長戦略」の目標達成に向けた施策の一つとして、治療行為を目的とした場合の滞在期間を最大6ヵ月まで可能とした「医療滞在ビザ」が創設され、これを受け外務省と観光庁は北京にて日本での医療提供に関する説明会も開催している。また、厚労省が外国人患者受入れに対する医療機関認証制度の整備を行う団体の公募を行うなど医療ツーリズムに向けた取り組みが進められている。
 果たして医療ツーリズムは現在の日本において有力な武器となり得るのか。今回は世界、特にアジアにおける医療ツーリズムの現状を取り上げるとともに、我が国での普及に向けた課題等についてまとめてみた。


アジアにおける医療ツーリズムの現状
 冒頭でも述べたように世界の医療ツーリストは600万人を超えると見られており、その約半数程度がアジア各国により受け入れられているといわれている。特に東南アジアでは外貨獲得目的と相まって医療ツーリズム推進に積極的であり、国策として取り組む国も多く、医療滞在ビザの発行や航空券の割引提供等のサービスや医療法の改正といった規制改革を打ち出している。また、JCI(国際病院評価機構)の認証を取得する病院も増えており、各国からの患者獲得に一役買っているといわれている。タイでは2002年に政府観光庁が「医療ハブ」構想を発表、スパ・マッサージ産業の振興や外国人患者誘致を目的とした各種政策に力を入れており、同国の医療産業はGDPを上回る年率で成長している。シンガポールやマレーシアなどでも低コストかつ高水準な医療を提供するとして渡航先としての人気が高い。ただし、医療ツーリズムを実施している病院は一部の民間医療機関(株式会社立病院)に限られているところがほとんどであり、公立医療機関における医師・看護師不足や著しい医療格差等の問題も発生している。

医療観光者の流れ
出所)Mckinsey『Mapping the market for medical travel』

アジア主要国の動向
出典)日本政策投資銀行 産業調査部
          『進む医療の国際化〜医療ツーリズムの動向』

世界の医療ツーリズムの状況
Column「JCI認定」

アメリカに本部がある国際医療機能評価機関であるJCI(ジョイントコミッションインターナショナル)による認定。評価基準は、治療へのアクセス、患者アセスメント、感染管理、患者および家族の権利といった患者を中心とした機能に関する7つの領域と、施設管理と安全、職員の資格確認、品質改善などといった組織マネジメントに関する6つの領域からなっており、海外では、認定の有無が高い水準の医療技術やサービス、スタッフを揃えているかの判断基準の一つとなっている。2011年10月現在で世界49カ国・466の医療機関がこの認証を受けており、日本では亀田総合病院(2009年)、NTT東日本関東病院(2011年)の2医療機関が認証を受けている。
   出典)日本政策投資銀行 産業調査部 『進む医療の国際化〜医療ツーリズムの動向』

医療ツーリストの渡航目的
医療ツーリストの渡航目的は「最先端の医療技術」や「より良い品質の医療」、「低コストの医療」など様々である。近年では高度な医療技術を有し、アメリカの2〜3割という低コストで医療を受けられることなどからアジアへのツーリスト数が急増している。また、同時多発テロ以降、中東からのアメリカ入国が厳しくなったこともアジアへツーリストが流れる要因となっており、今後ますます増えるものと予測されている。
 
出典)日本政策投資銀行 産業調査部
          『進む医療の国際化〜医療ツーリズムの動向』

医療拠点の整備
 アジアでは更なる試みとして医療ツーリズムを拡大した医療拠点の整備を進めている国がある。例えばドバイでは世界各国から最先端の医療技術・医療設備を取り込み、中東の最新医療センターを目指す「ヘルスケアシティ」、中国・北京では世界最大規模の国際医療・療養総合医療施設を目指す「燕達国際健康城」、韓国・済州島では北東アジアの医療ツーリズム中心地として「ヘルスケアタウン」がそれぞれ建設中または一部開業している。いずれも巨大な医療産業の集積化により、より多くの医療ツーリストを呼び込むことを目的の一つとしており、活発化する医療ツーリズムにおいて他国との差別化が図られている。

場 所 名 称 特  色
ドバイ ヘルスケアシティ 医療や健康にかかわる多様で高度なサービスを実現するための研究拠点の開発を目的とする。医療分野(一般診療、医薬品・医薬機器関連企業の誘致)、医療教育(医学系大学の開校)、健康部門(健康診断・スポーツ医学・栄養学センター)、ヘルスケアサポート(メディカル・ツーリズムの誘致など)の4分野の開発が進められている。
中国・北京 燕達国際健康城 燕達国際病院、燕達国際老人ホーム、医学研究院、医療看護研修学院、国際会議センターという五つのエリアで構成。病床数3,000床、高齢者施設1万2,000床の世界最大規模の国際医療・療養総合機構となっている。
韓国・済州島 ヘルスケアタウン 英語教育都市、先端科学技術団地などの6大核心プロジェクト事業や生態公園造成などの5大戦略プロジェクト事業からなる開発事業で核心プロジェクトの一つとしてヘルスケアタウンがある。観光及び医療サービスなどが連携した医療複合団地の造成を行っている。

医療ツーリズム実現に向けた課題

もう一つの医療ツーリズム
 経済産業省は、わが国においてこれまで医療の国際化への取り組みが十分行われなかった背景を踏まえ、2010年に医療機関9施設の協力を得て、24名の外国人顧客に対し、健診サービスの提供等を通じた実証調査を行った。その調査報告書によると、わが国における医療ツーリズムの発展のためには、医療機関側の受入体制の整備(外国人向け健診・治療サービスの開発・提供、異なる言語・文化・生活習慣等へのハード・ソフト面での対応等)、参加医療機関の拡大、契約書や各種文書の標準化、海外医療機関との連携などの方策の検討、外国人顧客・外国人スタッフの受入を阻害する法制度・規制等の見直し検討などについて、国や医療業界が主体となって推進していく必要があるとしている。また、医療ツーリズム関連分野における産業の育成として、海外における日本の医療に対する認知度向上に向けた取組の支援、医療通訳・翻訳のレベル認定等の環境整備を行っていくことが求められるとしている。  日本において一般的に認識されている医療ツーリズムとは、外国人患者を国内に呼び込み治療(健診)を行うことを指している。一方、日本から外国へ「日本式の医療提供体制」を輸出する方法もあり、前述の患者受け入れ型が「インバウンド」と呼ばれるのに対し、後者は「アウトバウンド」と呼ばれている。今年7月には、経済産業省が「日本の医療サービスの海外展開に関する調査事業」の採択事業者名を発表するなどアウトバウンドに向けた動きも進んでいる。生活習慣や医療制度が全く違う国での日本式運営やサービスのノウハウの受け入れは非常に困難であるとみられているが、成功した暁には日本の医療に対する国際的な認知度を高め、国内医療産業の市場拡大に繋がる可能性もあると期待されている。

<医療情報室の目>
 世界は今までにないスピードでボーダーレス化しており、自由な人の移動は避けられない状況にある。医療ツーリズムについても今後ますます活発化していく流れにあり、本邦もそれに備える必要があるが、政府や民間旅行会社主導では情報が偏る恐れがある。日本の医療提供体制について正確な情報を提供できるのは医師会だけであり、地元医師会において医療ツーリストに対する地域の適切な情報を発信する必要があるだろう。一方、外国人患者が我が国へ来訪する可能性については、医療水準が高く、観光産業が盛んでかつ治安も良いといった利点から潜在的な需要が見込まれるものの、円高の影響で日本の滞在費用は世界一高くなっており、さらに原発事故による放射能問題も解決していない現状に鑑みれば、「成長牽引産業」として成り立つほど患者が訪れるとは考えにくい。また、各国の社会保障制度の枠を超えてナショナル色の強い病院システムの輸出を行うこともおそらく不可能だろう。
 医療ツーリズムもさることながらTPPへの参加や株式会社による病院経営の解禁など日本の医療制度に多大な影響を及ぼすと考えられる問題は多い。しかしながら、そのすべてを頑なに否定するだけでは世界の流れに取り残されてしまうだけである。時流に即した柔軟な視点に立ち、TPPや医療ツーリズム、混合診療といった諸課題の問題点を明確にし、国民の医療を守るための提言を、多くの人に分かりやすい形で行う義務が医師会には課せられていると考える。
※食料問題に関して(追記)
 先月号の「TPPを考える」で食料自給率について書いたが若干追記したい。
 一般的には「食料自給率」は生産額ベースで計算されるものであり、世界標準方式で計算すると日本の食料自給率は69%となる。一方、日本で使用されるカロリーベースの食料自給率は39%であるためこの開きは大きい。また各国のカロリーベースの食料自給率も日本の農林水産省が独自に推計している数字であり、各国政府が出しているものではない。さらに、カロリーベースの食料自給率の分母は日本で国民に供給されている食料の全熱量合計であり、分子が国産で賄われた熱量で計算される。この分母の「供給される食料」の中には破棄分も含まれており、破棄分を計算から除外するとカロリーベースでも日本の食料自給率は56%となる。世界標準である生産額による自給率を使用せず、破棄分も計算に入れるなど、農林水産省の自給率のデータはあえて低く見せるためとの指摘も多い。
 TPP参加により食料自給率の低下を懸念する声が強いが、食料の多くを輸入している日本にとって重要なことは強い円を維持して、輸入をしやすくすることである。円安基調になれば輸入品の価格は上昇し、食料価格も高くなり、それこそ本当の食料危機が起きかねない。食料安全保障を考える際には、自国生産、潤滑な輸入体制の確立、万が一のための備蓄の三者が必要であろう。
ご質問やお知りになりたい情報(テーマ)がありましたら医療情報室までご連絡下さい。
   (事務局担当 情報企画課 下田)

担当理事 原  祐 一(広報担当)・原村耕治(広報担当)・竹中賢治(地域医療、地域ケア担当)


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