医療情報室レポート
 

bP61  
 

2011年9月30日 
福岡市医師会医療情報室  
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特 集 : TPPが与える影響

 もし、世界中の国々が高い関税をかけ他国からの輸入を制限すれば世界経済の流れは著しく停滞すると考えられている。
 従来より、国際的な経済の発展に向けて貿易の自由化に対する様々なルール作りが進められてきたが、近年、自由貿易の推進が世界的な傾向となり、国家間の「関税」撤廃への動きが加速しているといえる。このような流れの中、菅直人前首相が「平成の開国」と称しTPP(環太平洋戦略的経済連携協定)への参加検討を表明したものの、今年3月の震災の影響により議論は一時停滞していた。しかし、9月23日、野田新内閣の枝野幸男経済産業相はシンガポールを訪れ現首相らとTPPについての意見交換を行い、早期に交渉入りの決断をしたいとの意向を伝えるなど、TPPに関する議論が再燃する可能性もある。
 とりわけ、TPPは農業分野に与える影響が大きく取りざたされているが、医療への影響も指摘されている。今回はTPPの概要と参加による影響についてまとめてみた。

国際的貿易交渉の歴史と現状
  - WTO、FTA、EPAのいま -
 WTO(世界貿易機関)は、現在153の国や地域が加盟しているが、加盟国すべてに同じ関税を適用し、幅広い分野に亘って包括的な交渉を行う機関として1995年1月に発足した。しかし、次第に特定の国や地域と交渉し固有の貿易協定を結ぼうとする動きが見られるようになり、FTA(自由貿易協定)やEPA(経済連携協定)といった新たな枠組みが登場する。FTAは、2国間若しくは複数の国の間で、主に「物」の自由貿易化を図り、EPAは人的交流の拡大や投資の自由化など、更に幅広い分野を扱う。日本は、現在11の国や地域とFTA・EPAを締結しているが、昨年10月に内閣官房が公表した資料では、主要貿易相手国とされる中国、米国、EUへの取り組みが遅れているとされており、FTA・EPAに積極的な韓国との比較が具体的に取り上げられている(平成22年10月22日付内閣官房資料「日本の経済連携の進捗」)。例として、米国・EUの主な高関税品目に、乗用車(米国:2.5%、EU:10%)や薄型テレビ(EU:14%)等が挙げられているが、韓国による米国・EUとのFTAが発効されれば、その輸出品に対する関税は0%となることから、隣国である韓国と日本の鉱工業品輸出品に大きな差が生じ、我が国が比較劣位におかれる可能性などが指摘されている。(※韓国は本年7月EUとのFTAを発効、一定の効果を生んだとしている)

TPPの動向
 TPPは2006年6月にシンガポール、ニュージーランド、ブルネイ、チリの4か国間で発効された「環太平洋戦略的経済連携協定」(通称P4)が始まりである。2010年3月にアメリカ、オーストラリア、ペルー、ベトナムを加えた8か国でP4を発展させたTPPの交渉が開始、10月にはマレーシアも加わり現在9か国が参加を表明している。日本は2010年10月に当時の菅首相がTPPへの参加検討を表明、現在は野田首相が本年11月にハワイで開催されるAPEC首脳会議を見据え、「(TPP参加について)早急に結論を出すべきだ」との意向を示している。
TPP参加国
 2010年10月までに上図の9か国がTPPに参加を表明。
 現在、日本、カナダ、メキシコ、台湾、フィリピンが参加を検討中。

TPPの影響試算
 2010年10月、内閣官房を中心に関係省庁と調整したシナリオに基づき、 TPPが及ぼす影響についての試算が行われたが、その結果は、主張する立場によって全く異なる。GDPの比較では、内閣府はTPPに参加することにより2.4〜3.2兆円増加するとしており、農林水産省は逆に7.9兆円減少すると試算している。経済産業省は、TPPに参加しなかった場合は2020年までにGDPが10.5兆円減少し、さらに雇用も81.2万人分が失われるとしている。
 また、各界の主張としては、TPPを考える国民会議(TPPに反対する超党派の国会議員や団体などにより構成)などはTPPをサービス貿易、投資、人の移動など幅広い分野にわたる包括的協定と位置づけたうえで、国民生活を脅かす大胆な国内改革であると懸念し、慎重に判断すべきだと主張している。一方、日本経団連などは、TPPはアジア太平洋地域だけでなく、将来グローバルなルールに発展する可能性があり、一旦機を逃してしまえば、わが国の事情や主張が取り入れられないルールが出来上がってしまうと警笛を鳴らしている。
TPP参加により及ぼされると考えられる影響
メリット デメリット
・ルール形成への参加
 早期参加によりアジア太平洋地域におけるルール作りに参加できる。

・アメリカとの関係強化
 アメリカとの関係強化が図られる。 ひいては対中国、対EU関係における我が国の立場強化にもつながる。

・韓国のFTA戦略に対抗
 韓国に比べ貿易総額に占めるFTA締結国との貿易額比率が低いなど出遅れているとされるFTA戦略の巻き返しが図れる。

・国内改革の推進
 遅々として進まない農業改革など国内改革を進める契機となる。

・日本経済の活性化
 関税撤廃により輸出入が活発となる。輸入品が安く買えることによる消費の促進や輸出の拡大などにより経済が活性化する。
・食糧自給率の低下
 安い輸入品に押され国内農産物の消費率が低下する。農業人口が減り、自給率の低下に繋がる。

・失業者の増加

 海外より低賃金の労働力が流入し、国内労働者の失業率が増大する。

・デフレの悪化
 輸入品との価格競争により物価が下落、デフレがより一層進む恐れがある。

・アメリカによる政治的圧力
 牛肉の輸入条件の緩和や郵政民営化の見直しなど、外国企業が競争上不利になる規制の撤廃を求めてくる。

・公共事業への外国企業の参入
 地方自治体の公共事業に外国企業が参入する恐れがあり、地元の中小企業の倒産・雇用縮小に繋がる。
連載Column「政治家になった医師」vol.5

       マハティール・モハマド (1925〜)

 マハティールはマレーシアの政治家で22年間の長期に亘りマレーシアの首相を務めた医師です。1953年マラヤ大学(現シンガポール大学)医学部卒業後、眼科医として医療に従事する傍ら、在学中から関心のあった政治活動へも取り組んでいました。64年に下院議員となり政界に進出したマハティールは、一度は時の首相との対立などもあり政界を去りますが、72年に政界復帰を果たすと74年教育相、76年には副首相兼貿易相となり、81年7月にマレーシア第4代首相に就任しました。
 政策はアジア諸国の連帯を軸としており、日本や韓国に見られる勤勉さや忠誠心、個人の利益より集団の利益を重視する姿勢を見習い、個人主義に価値観を見いだす西欧的な考え方を見直すべきだとする「ルック・イースト政策」や東アジア経済会議構想(EAEC)などを提唱しました。
 親日家として知られるマハティールですが現実的な目線を持つことでも知られ、近年の日本の経済状況を鑑み、「日本を反面教師とし、誤った政策・失敗から我々がなすべきことを学ぶべきだ」との考え方を示しています。

医療に及ぼす影響
 日本医師会は医療分野における懸念事項として下記の項目を挙げ、「TPPへの参加によって日本の医療に市場原理主義が持ち込まれ、最終的には国民皆保険制度の崩壊につながりかねない」として問題提起をしており、TPPの参加検討にあたっては国民皆保険制度を一律の「自由化」にさらさないことを強く求めている。

日本医師会が指摘するTPPに参加した場合の医療における懸念事項
日本での混合診療の全面解禁(事後チェックの問題を含む)により公的医療保険の給付範囲が縮小する
医療の事後チェック*等により公的医療保険の安全性が低下する
 事後チェック*:規制改革の基本理念で、参入を自由にして事後的な監視をきびしくすること。直接的に人の生命・
            安全にかかわる問題(ドラッグラグ、デバイスラグ等)には適切ではないとの意見もある
株式会社の医療機関経営への参入を通じて患者の不利益が拡大する
 ・医療への株式会社参入の問題点
   (1)医療の質の低下 (2)不採算部門等からの撤退 (3)公的医療保険範囲の縮小 (4)患者の選別 (5)患者負担の増大
医師、看護師、患者の国際的な移動が医師不足・医師偏在に拍車をかけ、さらに地域医療を崩壊させる

考察 食糧自給率についての疑問
 
 日本の食料自給率は低いために安全保障上において好ましくないと言う意見がある。TPPは日本の農業に多大な負の影響を与え、食料自給率を低下させ、安全保障上からも実施すべきでないと言う意見もある。本当だろうか?

 まず、日本国内に農業従事者が多数いるのであれば、農作物の自由化は価格を国際基準にまで低下させ、国内農業従事者の衰退を招くというのも理解できる。しかし、日本の農業従事者は激減しており、さらに著しく高齢化しているため、何もしなくても10年後には消滅するとも言われている。何らかの政策により、農業従事者を増やしたとしても、子供が激減している現状の中では焼け石に水であろう。子供の減少、新規就農者の激減、農業従事者の高齢化という実態を勘案し、食料自給率について検討する必要があろう。

 現代先進国の農業は高度に機械化されている。日本の農業も多数の農作業用機器の使用により現在のパフォーマンスが上がっている。戦争や海上輸送などが困難となるような事態になった際には石油も入ってこなくなる可能性が高い。食糧安全を語る際には、石油が現状のように利用できることを前提として、食料自給率を高める政策をとってもまったく意味がないのではないだろうか。さらに、石油が入ってこない事態となり人海戦術で農作物を生産できたとしても(農産地には若年層が少ないので現実には不可能)、生産地から消費地に製産物を輸送することも困難になるため、結局は安全保障にはなりえない。

 歴史上、飢餓が発生した地域は農産地であることが有意に多いとの研究がある。この理由は、都市部はもともと農産物の生産が少ないため、食品購入のルートを複数にわたって確保している。飢饉になったとしても、都市部は富があるため、購入ルートを駆使して、食品を購入するからというのである。それとは対照的に農産地は冷夏や洪水などで農作物が生産できなくなると、あっという間に飢餓に陥るのだそうだ。また、現代においても農産国のほうが冷害や洪水などによる農産物被害に弱いという調査もある。農産国は自国内で食料品を賄えるため、輸入をすることが少ない。食糧輸入国は輸入ルートを複数持っているが、農産物の生産が減少した際は、輸入ルートを複数持っている国のほうが安全ということである。したがって、食料自給率が高い国のほうが食糧危機が起きやすいと言うこともありうる。

 ここ40年にわたり、食糧暴動と食料自給率に関係があるかを調べた研究があるが、結果は全く関連がないと言う結果であった。食料自給率が高く、暴動が起きない国もあれば、食料自給率が高いにもかかわらず暴動が起きる国もある。逆に食料自給率が低くても暴動が起きない国、起きる国があると言うことである。したがって、飢餓に伴う安全保障に関しては、食料自給率は関係がないと言うことになる。上記2つの理由によるものであろう。

これらの点から、安全保障と食料自給率はどのような関連があるのであろうか。食料が一時的にも無くなると大変であるので、食料が無くなることがないようにすべきである。そのためには、生産より備蓄のほうが有効である。石油は日本では生産が出来ないので備蓄政策をとっている。食糧も2年分ほど備蓄をすれば、食糧危機は発生しにくいであろう。家庭での備蓄、企業による備蓄、国家による備蓄の3段階の備蓄によって、食糧安全は守られると考える。

 農業は環境や景観の維持、治水、教育的視点、身体疾病の治療効果などの役割が言われている。そのために農業は維持すべきという意見もある。しかし、これらは安全保障とは別の問題であることを明記したい。

 もし、地球的環境の大変化が起き、全世界的に食料生産量が減ったとしたら大変なので国内での生産量を増やすべきとの意見も聞いたことがあるが、地球規模の大変化が起きたら、日本でも農産物は生産できなくなるであろうから、まったく意味はないと思うのだが。

<医療情報室の目>
 TPP参加に向けた議論は立場によって大きく異なっている。例えば、輸出産業に関わる分野では、関税が撤廃されることにより海外へ進出しやすくなり、事業の拡大が見込まれる等のメリットが強調されTPP推進の立場に立つことが多い。一方、農業分野においては、安い農産物が国内に入ることにより国内生産が圧迫され、また、規制緩和(牛肉の月齢制限撤廃など)により食の安全性が脅かされる恐れがある等のデメリットが予測されることから反対論が唱えられている。しかしながら、目線を変えれば両者が提唱するメリット・デメリットは逆転する。輸出企業は売り上げの伸びが望める反面、海外からの安価な労働力の流入により国内の実質賃金が下がり、デフレが悪化する恐れがある。一方、農業分野においては質の良い農産物を海外に売り込むチャンスと捉えることもできるだろう。
 他方、医療分野に目を向けてみると、政府の関係閣僚からはその影響は限定的との発言が繰り返されているが、いずれも確証のある発言ではないため医療関係者の懸念を晴らすところまでには至っていない。しかし、現実問題として考えた場合、社会保障の分野に他国のルールが介入することは不可能であり、日医が唱えるTPP参加と混合診療全面解禁の関係は別問題であろう。さらに、クロスライセンスにより外国人医師が日本の医療界に参入してきたとしても、そもそも言葉が通じない医師の所へ患者が足を運ぶとは想定できない。一概に医療の質が落ちるとはいえないのではないか。
 世界の流れが貿易自由化に向かっている潮流を踏まえれば、TPPへの参加を避けることは本当に望ましい選択肢なのか。我が国が国際的な成長力を高める時期にあることは確かであり、TPPへ参加することで、大きな形勢変化が生まれるのではないだろうか。良くも悪くも、我が国にとってTPPは長期的な改革の機会と捉えられる。私たち医療関係者は、反対論のみに目を向けるのではなく、TPP参加下において国民皆保険制度を堅持するための方針を検討する時期に来ているのかも知れない。
ご質問やお知りになりたい情報(テーマ)がありましたら医療情報室までご連絡下さい。
   (事務局担当 情報企画課 下田)

担当理事 原  祐 一(広報担当)・原村耕治(広報担当)・竹中賢治(地域医療、地域ケア担当)


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