医療情報室レポート
 

bP59  
 

2011年8月5日 
福岡市医師会医療情報室  
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特 集 : 放射線と人体への影響

 福島第一原子力発電所の事故を受け、政府は2段階に亘る工程表を示し事故の収束を図るとしているが、いまや事故の影響は放射能汚染牛肉の出荷問題にまで発展し、全国の食の安全性に対する不安が拡大している。先月26日、内閣府食品安全委員会は「生涯に亘る放射線累積線量の限度を100ミリシーベルトにするべき」との見解を示したものの、放射線量暫定基準値への言及はなく、国民の不安は払拭されないままである。放射線の人体への影響については福島原発事故以前から諸説有り、統一された見解は示されていない。放射線は目に見えないだけに必要以上に恐れられる原因にもなっているが、いま私たちにできることは、放射線について正しく理解し、対処することではないだろうか。
 今回は放射線が人体に及ぼす影響についてまとめた。


放射線とはなにか
 「放射線」や「放射能」、「放射性物質」。これらの表現は混同される場合があるが、その意味はそれぞれ異なる。「放射能」とは“放射線を出す能力”のことを表し、「放射性物質」は放射能を持っている“物質”を指す。さらに「放射線」は放射性物質から放出される粒子や電磁波のことで、アルファ線、ベータ線、ガンマ線やエックス線、中性子線等様々な種類が存在する。
 また、放射線や放射能を表す単位には“放射性物質が放射線を出す能力を表す単位”のベクレル(Bq)、“身体が受けた影響を表す”シーベルト(Sv)、“放射線を受けた物質が吸収するエネルギー量を表す単位”のグレイ(Gy)と呼ばれるものがあり、目的別に使い分けられている。
 
放射線の種類と透過力(緊急被ばく医療研修のホームページ(公益財団法人原子力安全研究協会運営)より転載)

放射線の有効利用
 放射線は様々な分野で活用されている。医療分野ではレントゲンやPET装置などの装置、重粒子線がん治療、また放射線の殺菌作用を利用した医療用具の滅菌などが行われている。工業分野では電子線を照射することによりゴムの耐久性を強化したラジアルタイヤの製造、農業分野では病気に強い果物や色や形が多彩な植物など新品種の開発に用いられている。
 その他、放射線の不妊化を利用した害虫駆除やラドン温泉・ラジウム温泉などのように自然界の放射線を利用したものもある。

原子力発電の歴史と現状
連載Column「政治家になった医師」vol.3

        チェ・ゲバラ (1928〜1967没)

 アルゼンチン生まれの革命家でキューバ革命の指導者の一人。
 ブエノスアイレス医科大学に合格し、アレルギーの研究をしていたゲバラは医学部卒業後、グアテマラを訪れ医師として従事していましたが、貧富の差をなくそうと急進的な革命を進めていたアルベンス政権が軍部によるクーデターにより崩壊する様を見、武力による革命を志すようになります。
 メキシコに移ったゲバラは亡命していた後のキューバ革命の指導者であるカストロと出会い、その思想に共感し革命運動に参加します。ゲバラの冷静な判断力、人心を掌握する求心力は大きな力となり、キューバ革命成立へと導きました。
 革命成立後は国立銀行総裁や初代工業相に就任しますが、貧困と搾取に苦しむ人たちを助けたいとの信念によりキューバを離れ各国の革命運動に参加することを決意、コンゴやボリビアでの戦いに身を投じます。1967年、ボリビアで政府軍に捕まったゲバラは処刑され、39歳という短い生涯を終えました。
 ゲリラの象徴といった負のイメージを持つゲバラですがその誠実さや人間味あふれる魅力は今なお多くの人々を惹き付けています。
 原子力発電の歴史は1951年、アメリカの高速増殖炉で200Wの電球4個の点灯に成功したのが始まりといわれており、その後1956年にイギリスのセラフィールド(旧名:ウィンズケール)で世界最初の商業用発電が開始された。日本では同年、行政機関である原子力委員会や日本原子力研究所(現・日本原子力研究開発機構)が設置され、1966年、東海発電所(現在解体中)にて、国内初の商業用原子力発電が開始された。
 世界では、2010年1月現在、432基の原子力発電が稼働しており、最も設置数が多いアメリカ(104基)、フランス(59基)に次いで日本は世界第3位の原発(54基)保有国である。一方、発電量に占める割合は、2008年のデータではフランスが77%と群を抜いて高く、アメリカは19%、日本は24%となっている。特に近年は原子力発電の位置付けを見直す動きが高まっていたが、今回の福島第一原発の事故により世界的に反原発に向けた動きが活発化してきている。

※福島第一原発事故を受け、日本政府は国際原子力事象評価尺度(INES)に基づく事故評価を深刻な事故であるレベル7とした。これは史上最悪とされるチェルノブイリ事故と同レベルであるが、放出された放射性物質量はチェルノブイリの10分の1程度とされている。

放射線が人体に及ぼす影響
 人体が影響を受ける放射線の被曝量とは、果たしてどの程度なのだろうか。放射線から人体を守るための研究分野である「放射線防護学」において、放射線の影響は「確定的影響」と「確率的影響」に分けて考えられている。「確定的影響」とは大量に被曝した場合(高線領域)に紅斑や脱毛といった急性障害が現れる影響をいう。一方、ある値を下回る被曝(低線量域)については、目立った症状はすぐには現れないものの、がんや白血病といった晩発障害の発生率が高くなるとの報告もあり、このような影響は「確率的影響」といわれている。なお、目に見える影響が現れる最低限の被曝量を「しきい値」という。この場合、一般的には晩発障害におけるがんの発症率は被曝した放射線量に比例して高くなると考えられているが、人体に対する放射線の影響が臨床的に証明されているのは高線量域だけであり、低線量域における人体への影響については以下のような仮説が立てられている。

※各国の国内規制は国際放射線防護委員会(ICRP)の勧 告に準じていることが多く、日本もICRPの勧告に準拠 して安全対策の指針を定めている。



しきい値あり仮説 一定量以下なら身体に影響がないとする説。
しきい値なし仮説 高線量被曝に比例して低線量でも影響があるとする説。LNT仮説と呼ばれる。なお、ICRPも放射線の管理目的としてLNT仮説を推奨しているが、実質的影響は約半分になるとしている。
ホルミシス効果 放射線に被曝すると免疫効果が活性化されるため、低線量であればむしろ有益だとする説。
バイスタンダー効果
ゲノム不安定性
バイスタンダー効果(被曝した細胞の情報が近接した細胞へも伝達されること)やゲノム不安定性(遺伝子変異を引き起こした細胞により遺伝的不安定性が誘導され、長期間に渡って様々な遺伝的変化が生じ続ける状態が続く現象)などの影響を受けるため、高線量での被曝より低線量での被曝の方が危険度がむしろ高くなるといった説。

放射線とその影響(緊急被ばく医療研修のホームページ(公益財団法人原子力安全研究協会運営)より転載)

原発・放射線の安全性に対する見解
 福島第一原発の事故が発生する以前から、原子力エネルギーや放射線の人体への影響に関する書籍は多数出版されており、これらの内容は原子力エネルギーの利用に関してエネルギー政策や環境・人体への影響といった観点から考察されている。特に、低線量被曝における安全性や、エネルギー利用推進に対する見解は様々であるが、ここでは国内外で発行されている各書籍の論説を、以下の4つの指標に準じて分類してみた。

   −原発・放射線の安全性に対する指標−

   ・安全・安心を構築した上で、原子力エネルギーの利用
    推進を容認。

   ・原子力エネルギーは現在の科学技術では安全とは言
    えないが、利用は容認せざるを得ない。将来的には安
    全が確保できない限り、廃止すべき。

   ・原子力エネルギーは危険で不経済、クリーンでもない。
    廃止すべき。

   ・原子力エネルギーについて中立的立場からみて危険。

 (図は福岡県メディカルセンター保健・医療・福祉研究機構 
  主席研究員鍋島史一氏のレポート「2011年3月11日東
  日本大震災による福島第一原子力発電所事故以前の原
  子力エネルギー・放射線関連書籍の原発の推進・安全に
  対する見解」より転載)
書籍に見る低線量被曝の安全性に対する見解
書籍に見る原発の推進・安全に対する見解(海外編)
書籍に見る原発の推進・安全に対する見解(国内編)

世界各国の原子力事故後の研究報告
 これまでもチェルノブイリやスリーマイル島原子力発電所の事故をはじめ、各国で原子力に起因する事故は発生している。日本においても例外ではなく、今回の福島第一原発事故以前にも犠牲者を出した東海村JCO臨界事故の他、INES評価でレベル1〜3相当の事故は何度も発生している。
 このような背景から、放射線が人体に及ぼす影響については様々な機関で研究・報告がなされている。その内容は先に紹介した書籍と同様その調査範囲や時期、研究機関の立場(原発推進派・反推進派)などによって全く違った内容となることも珍しくない。ここでは過去における主な放射線事故の研究結果を紹介する。
広島・長崎の被爆者
健康調査
 1945年、人類史上唯一実戦使用された原子爆弾による被爆。両市併せて41万人を超える死者を出した(平成22年現在)
 1947年に米国学士院(NAS)設立の原爆傷害調査委員会(ABCC)が始めた健康被害調査を引き継いだ財団法人放射線影響研究所(日米共同研究機関)の報告によると200ミリシーベルト以上の被曝を受けた人のがんリスクは1.1倍(少量の被曝量では統計を取っても数字に表れないため追跡調査では判別できなかった)、白血病は被曝後早期に増加、特に子どもの増加が顕著であった。また、胎児への影響は妊娠時期により違いがあり、妊娠8週目から25週目までは知的障害児が生まれる割合が増えていた。被曝した親から生まれた子どもの健康状態(遺伝的影響)には影響が見られなかったとしている。
セラフィールド再処理工場原発事故に関する調査報告  イギリスにあるセラフィールド(旧名ウィンズケール)再処理工場では1957年に世界で最初の原発事故である火災事故が発生した。また、長年に亘り大量の放射能汚染水を海に放出していたとされる。
 イギリスのテレビ局番組の中で工場周辺で小児白血病が多発していると報道された。その内容は、工場近くのシースケール村で10才以下の子供の白血病発生率が平均の10倍に達しているというものだった。英国保健省は専門家委員会を結成し調査に当たったが、その報告書ではシースケールでの子供の白血病発生率は明らかに大きいが、放射能放出による被曝での白血病増加は0.01〜0.1件程度と推測され、セラフィールドからの放射能が白血病の原因とは考えられないと結論付けた。
 その後の調査により、施設で働く父親の遺伝子が放射線の影響で突然変異した可能性や人口混合効果によるものであるなどの報告もなされたが、現在のところ原因究明には至っていない。
チェルノブイリ原発事故に関する調査報告  1986年、ソビエト連邦(現ウクライナ共和国)のチェルノブイリ原発で発生した爆発事故。INESの評価において最悪のレベル7に認定されている。チェルノブイリ原発事故については様々な機関から放射能汚染について報告がなされている。
 IPPNW(核戦争防止国際医師会議)の報告によると被曝の結果として予想される病気・健康被害として1.がん(甲状腺がん、乳がん、脳腫瘍)、2.先天性異常(奇形、死産)、3.脳障害、老化の加速、心理的障害などがあげられている。また、事故後数年間は糖尿病の患者が子どもと青年層で急激に増えたとしている。
 ニューヨーク科学アカデミー発行の「チェルノブイリ〜大惨事の環境と人々へのその後の影響」では子ども達の体内に蓄積されたセシウム137の量が被曝実験をした動物と同じ値を示しており、それが心臓にダメージを与えたとして心臓病についても言及している。


<医療情報室の目>
 東日本大震災、福島第一原発爆発事故から5ヶ月が経とうとしている。福島第一の再臨界やさらなる爆発事故は回避された感があるが、放射性物質の流出はいまだに続いており、土壌や食物の放射能汚染も拡大を続けている。筆者は4月1日より福島県いわき市にJMATで赴任したのだが、赴任が決まったのは福島第一爆発から2週間後、まだ再臨界や核爆発があるのではないかとうわさされていた時期であった。万一のために遺書を書いて福島に行ったのだが、着いてみるとコンビニやファミレスも開いており、すでに復興が始まっているのに驚いた。当時、いわき市に線量計を持って行ったのだが、福岡ではスイッチを入れていてもカウンターの数値が上がることはまず無い。しかし、福島県に近づくにつれて徐々に数字が上昇していき、福岡に戻ってきても、少しずつ数字が上昇していった。計器をきれいに拭くと数字の上昇が止まった。ほこり等に放射性物質がついていたのであろう。
 放射線については、短期間であれば低線量被曝をしても人体に影響が無いことは数々のデータにより明らかであるので、自分の体についての心配はしていない。一方、長期に渡って低線量を浴びた場合の影響はよく分かっておらず、上述のように多くの仮説があるのが現状である。一般論では、「安全」か「危険」かがはっきりしないものは、「危険」と考えることが正しい。しかし、今回の場合は年間線量が1mSvを超えることを「危険」とすれば100万人以上が避難しなければならず現実的でないとの意見もある。数十年、数百年に亘る人類の健康管理のために、医師会を中心として長期間の低線量放射線被曝の影響調査を行っていくべきであろう。
ご質問やお知りになりたい情報(テーマ)がありましたら医療情報室までご連絡下さい。
   (事務局担当 情報企画課 下田)

担当理事 原  祐 一(広報担当)・原村耕治(広報担当)・竹中賢治(地域医療、地域ケア担当)


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