医療情報室レポート
 

bP56  
 

2011年5月2日 
福岡市医師会医療情報室  
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特 集 : 営利法人による病院経営を考える
 

 医療機関の経営形態に関しては、現在、営利を目的として医療機関を運営することが医療法により禁止されている。一方、かねてより株式会社など営利法人が運営を行うことにより、経営の効率化が図られるとともに医療の質を担保しつつ効率的な医療サービスを提供できるとの見解もあるが、昨年閣議決定された「新成長戦略」において医療分野が経済成長の牽引役になること等が示されたことによって、その論調は勢いを増してきている。
 非営利性を求められる医療において、営利法人による病院経営に支障はないのか。ここで今一度、営利法人による病院経営について考えてみたい。

 営利法人による病院経営
 克也君は中学3年生。来年の高校受験を控えた今、今後の自分の進路について担任の伸介先生に相談に行きました。世の中の様々な企業について話をしていたところ、なにやら克也君、ある疑問を抱いたようです・・・

克也君
(以下克)
先生、前から不思議に思っていたんですが世の中には色々な会社がありますよね。近くのスーパーやコンビニ、バスの運行なんかも会社が運営しているでしょう。でも、病院をやっている会社っていうのは聞いたことがないけど、どうしてなんですか?
伸介先生
(以下伸)
会社の運営形態で一番有名なのは株式会社だけど、現在は株式会社が病院を運営するのは禁止されてるんだよ。だから株式会社○○病院というのは、ほとんど日本にはないんだよ。
克. 病院も一つの経営だし、あってもいいと思うんだけど。
伸. 確かにそうだね。でも、株式会社で運営することが禁止されているのは病院だけじゃないんだ。学校や福祉施設、寺院などの宗教施設も同じように原則禁止されているし、農業も運営するのには様々な条件が課せられているんだよ。
克. どうしてですか?
伸. 株式会社は営利企業っていわれる組織の一つなんだ。営利企業というのは、利益を出すことを主な目的としている組織のことなんだよ。
ところがさっき話題に出た病院などは人の生命を守ることを目的としたものだよね。このように利益を追求しない企業などを非営利型というんだ。つまり営利企業と非営利企業ではその企業目的が違うから法律により規制されているんだよ。
克. 株式会社が利益を追求しないことは無理なのかな?
伸. 会社を設立するためには資本金が必要だよね。だから株式会社では資本金を出してもらえる人、つまりは株主になる人に配当金を支払うことを約束して、お金を集めているんだ。お金はこの世の中に無尽蔵にあるわけではないから、たくさん集めた方が早く事業を拡大できて、さらに利益を上げることができる。仮に1000万円を出してもらって、毎年100万円を配当金として支払うとすれば、10年で元が取れ、その後は儲かることができるからこそ、お金を出す人が現れるんだ。もし、近くに倍の200万円を配当するという会社が現れたら、よほど初めの会社に愛着でもない限り、200万円のほうにお金を持って行ってしまうことになるだろうから、どの会社も少しでも利益を出そうとすることになる。だから利益を追求しない株式会社というのはあり得ないんだよ。
克. でも、そんなにうまくいく会社ばかりではないですよね?損をしているところもたくさんあるって聞くし。
伸. たしかに、利益が少なくなると、その株を手放してしまう人が増えるから、株価が下がってしまう。営利法人である株式会社は、利益を上げなければ存在意義が疑われるからね。
克. そう考えたら、何が何でも利益を上げろってことになりませんか?
伸. そう、株式会社にはそういう面もある。ただ、あまり打算的なことをしていては、みんなから見放されて倒産するかもしれないから、その辺は経営者と株主の考え方によるんだけどね。でも、最近は短期的に利益を上げて、株価を高くすることが優秀な経営者との考え方もあるから、君の懸念は確かにあるんだよ。
克. あれっ?じゃあ非営利型はどうやってお金を集めているんだろう?
伸. 非営利の法人としては、病院を運営する医療法人、学校を運営する学校法人、福祉施設は社会福祉法人、宗教施設は宗教法人などがあるんだけど、当然これらの法人も何か事業を開始するには、お金が必要になる。また、発生した利益の配当を禁じられているため、配当を目的としたお金は集まってこないから、初めにお金を集めるのが結構大変なんだよ。一般的にはだれかが見返りのない寄付をするしかないことが多いんだ。
克. 見返りのない寄付なんて、そんなに気前がいい人がたくさんいるかな?結構厳しいんじゃないですか?
伸. そう、厳しいね。だから病院や学校・福祉施設には、大企業のように大きくて全国的に展開しているものはめったにないんだ。拡大しようと思ったら、初めの寄付をもとに、毎年、少しずつ利益を上げていくしかないんだよ。
克. そんなの、時間がかかって大変そうだから、規制を変えてでも病院や学校を株式会社が運営できるように出来ないのかな。その方がすぐにお金は集まるでしょう。営利企業が非営利産業に参入した場合の不都合って何があるんですか?
伸. 病院を例に考えてみよう。さっき言ったように、集まるお金は配当をしないといけないから、利益を上げる必要がある。病院で一番費用がかかっているのは人件費だから、株主たちはまず始めに人件費を減らすなどコストカットをして利益を上げろって言ってくるだろうね。株主は人だけじゃなく、年金基金や○○ファンドといった団体のことも多いし彼らも年金や金利を払わないといけないから、厳しく要求してくるだろう。また、コストカット以外で利益を上げるには収入を増やす必要がある。何とかして売り上げを増やせって言ってくるだろね。
克. でも医療って利益を上げることが出来るんですか。
伸. そうなんだ。日本の医療で健康保険を使う場合には、診療報酬により医療機関で行った治療や検査行為の金額が定められているから、物を売る時のように薄利多売や付加価値を付けて値段を上げるといったことは出来ないんだ。そこで、自由に価格が決められる混合診療の全面解禁に向けた動きが強くなっていくだろうね。ただ、医療は健康や生命に深く関わるサービスだから、所得の程度により医療格差を生むことになる混合診療に反対する人たちは多いんだよ。
克.




非営利組織に求められる公益性と営利面のバランスが難しいんですね。・・・

医療の位置付け
 世の中にはいろいろな財・サービスがあり、私たちは常に何かを利用したり買ったりしている。これは経済学において『私的財』、『公共財』、『価値財』のいずれかに分類され、『私的財』の供給は営利企業(市場)、『公共財』は公共団体、『価値財』は非営利企業が担うとの考え方もある。(詳細は連載コラム“医療と経済学”参照)
 営利企業の代表的な法人格に株式会社がある。これは会社法に基づいてつくられた法人格を有する企業形態であり、利益の追求を目的とし、獲得した利益は株主に配当される。それに対し非営利法人は「剰余金の配当をしてはならない」と定められており、生じた利益は自身への再投資に使用される。現在の日本では非営利法人でないと運営が認められていない施設として学校や医療機関、特別養護老人ホーム等の介護施設、宗教的施設などがある。

他国の現状
 日本では「医療は非営利性が求められ、利益を追求してはならない」とされているが必ずしも世界一般的な考えというわけではない。市場原理主義であるアメリカでは営利企業である株式会社による病院経営が認められている。また、イギリスではNHS制度(国民保健サービス:National Health Service)により国が大部分の医療供給をおこなっているため、ほとんどの病院は国営病院である。しかし、ごく少数ながら民間病院(営利企業立病院)もあり、これらの病院を受診する際は全額自費診療となる。このように、営利企業立病院の存在も認めるが、営利企業立病院では税や社会保険は使えないという制度を採用している国もある。
連載Column「医療と経済学」vol.9

         〜財とサービスの分類〜

 経済学において、すべての財・サービスはその性質、用途により下記の種類に分類されます。

私的財
 例えばデパートで洋服を買うといったように、対 価を支払う人だけがその“財”を消費し、支払わ ない人は消費できない“財”(排除性)のこと。な お、消費されたものが無くなれば他の消費者は この“財”を利用できなくなる(競合性)。

公共財
 道路や公園、警察、消防など誰もが等しく利用 でき、利用する人を排除することは困難な“財” (非競合性・非排除性)のこと。

価値財
 私的財としての面を有しているが、社会全体が 便益を受けるとみなして公的に供給されるサー ビス。医療、教育などがこれにあたるとされる。

我が国における企業立病院
 冒頭で述べたように、日本では医療法により営利を目的とした医療機関の開設が制限されているが、企業立の医療機関が全く存在しないわけではない。現在、株式会社立の病院は約60施設ほど存在しており、1948年の医療法施行以前に設立された医療機関(飯塚病院など)や国営だったものが民営化されたことにより会社立に分類された施設(JR、NTT等)のほか、構造改革特区(かながわバイオ医療産業特区)において運営が認められた診療所(セルポートクリニック横浜)などがある。

“営利法人”or“非営利法人”論は神学論争
 “医療の営利化”については長年に亘り各方面において様々な議論が交わされてきたが、その是非については、未だ国も統一した見解を導き出せていない。
 株式会社が医療機関を運営する利点として「経営のプロが運営することにより、経営の効率化・近代化が図られる」ことなどが挙げられている。しかし本年4月1日にまとめられた日医総研のワーキングペーパーによれば、株式会社立の病院がこの10年で約2割程度減少していること、また、株式会社等の健康保険組合が設置している医療機関数が減少し毎年200億円近くの赤字を計上していることなどが判っており、株式会社が医療経営の近代化・効率化を進めるというエビデンスは必ずしも得られていないとされている。
 一方、医療の民営化には以下のような論拠により批判がなされているが、ライフライン産業といわれている電力、ガス、交通などの物流機関、通信業などで営利企業が運営する業種が多数ある現状を踏まえると、一概に営利企業の参入により弊害が生じるとは断言できない。
・「利益のためにコストを削減しすぎてサービスが低下する」
 ⇒サービスの低下は消費者(患者)の支持が得られず、短期的にはともかく長期的には淘汰される。(例えば電力は一地域独
  占型であるため他の会社との競合はない。そのためコスト削減に走り、安全対策等に対する意識が薄れ、今回の福島原発の
  ような事故が起こったとの考え方もある)

・「利益が得られなければ安易に撤退する恐れがある」
 ⇒利益が得られなければ存続できないことは非営利企業でも同様である。むしろ株式会社(大会社)による経営が行われれ
  ば、医療分野で赤字が発生したとしても母体会社からの支援によって赤字を補填し、運営が続けられるケースも考えられる。

・「不採算医療分野への参入を敬遠する」「利益を重視し不必要な検査や不正請求をする」
 ⇒これも営利・非営利問わず発生する可能性のある問題である。

 このように、必ずしも営利企業による運営によって不都合が生じるとは言えないが、懸念がないわけでもない。介護保険では、健康保険と同様「公的保険」でありながら民間事業者の参入が認められているが、訪問介護の大手であったコムスンが平成19年に不正請求等によって指定取り消しを受けた件は記憶に新しい。厚労省の「介護サービス施設・事業所調査」によると、平成12年度から15年度にかけて指定取り消しを受けた事業所は220件あり、そのうち147件、全体の66.8%が営利法人であった。これは指定された事業所に占める営利法人の比率が26.8%であることを考えると極めて高い割合といえる。また、民間事業所が不正請求等による指定取り消しを受ける割合も、医療法人や社会福祉法人の10倍に上るといわれており、総じて営利企業は倫理観が希薄化しやすいともいえるのではないだろうか。

<医療情報室の目>
 営利法人に病院経営を容認するかどうかについては賛否両論あり、両者の意見とも明らかに間違ったものとは断定できないところに、この争点の難しさがある。しかしながら、本邦は長年にわたり、原則として非営利組織以外に病院運営を認めてこなかった歴史がある。この時点で、結論が出来にくい問題をあえて変更する必要も無いと考えるため、当面は現行の方法を踏襲するべきであろう。
ご質問やお知りになりたい情報(テーマ)がありましたら医療情報室までご連絡下さい。
   (事務局担当 情報企画課 下田)

担当理事 原  祐 一(広報担当)・原村耕治(広報担当)・竹中賢治(地域医療、地域ケア担当)


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