医療情報室レポート
 

bP49  
 

2010年10月1日  
福岡市医師会医療情報室  
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特 集 : 新成長戦略における総合特区制度
 

 去る6月18日、内閣は「元気な日本の復活」を掲げ、「強い経済」、「強い財政」、「強い社会保障」の一体的実現に向けた「新成長戦略」を閣議決定した。「新成長戦略」では特に経済成長に貢献度が高いと考えられる21の施策を国家戦略プロジェクトとして盛り込んでおり、その中に「総合特区制度」の創設が含まれている。
 「総合特区制度」では、従来の「構造改革特区」のような“規制の特例”だけではなく、経済成長の核となる産業や外資系企業等の集積を促進する「国際総合戦略特区」や、税制・財政・金融上の支援措置を通じて、より強力な支援を行う「地域活性化特区」を定めており、国際競争力や地域資源を最大限活用し地域力の向上を目指すといった内容になっている。
 政府は、来年の通常国会に特区関連法案を提出・成立させ、2011年度中の地域指定を目指すとしているが、これに先立って7月20日から9月21日の2ヵ月間に亘り総合特区制度に関する提案募集が実施され、各地方公共団体等から様々な提案が寄せられている。
 今回は我が国における特区の歴史を振り返るとともに、現政権が描く「総合特区制度」についてまとめた。

構造改革特区と地域再生計画
我が国における「特区」の歴史
  「特区」とは、特定の地域に対し、全国一律の規制とは異なる制度を認める仕組みである。
  本年9月6日、広東省の深セン(土辺に川)市内において「経済特区成立30周年記念式典」が開かれたが、1980年、社会主義国である中国が それまでの自力更生的な政策から対外開放政策に舵を切り、深セン等一部の地域に経済特区を設置したことが「特区」の始まりといわれ ている。我が国ではこの中国の経済特区が経済発展の呼び水となったことを受け、1990年代半ば頃から特区構想が議論されるよう になり、2002年12月に「構造改革特別区域法(構造改革特区)」が制定、2003年4月から全国各地において構造改革特別区域 の認定が開始された。
「構造改革特区」の意義
  従来の地域振興立法があらかじめ地域や政策分野が指定されていたのに対し、構造改革特区は国からの財政措置による支援は受けら れないものの前述の縛りはなく、地域の特性を生かした自由な立案が可能となっているのが大きな特徴である。構造改革特区では、特 定の地域における構造改革の成功事例を示すことにより、我が国全体の経済の活性化を実現する規制改革の全国的な普及と地域の特性 を顕在化し、その特性に応じた産業の集積や新規産業の創出、消費者・需要家利益の増進等により、地域の活性化に繋げるものとされ、2010年6月現在において全国で1114件の特区が認定されている。
「構造改革特別区域計画」と「地域再生計画」
  「特区」と同様に地域活性化を推進する制度として「地域再生計画」がある。これら二つの違いを一言で表すならば、「特区」は規制改革、「地域再生」は規制改革以外の手段(交付金、税制の改革等)により地域を活性化させるためのツールといえる。構造改革特区の認定申請は2003年4月からこれまでに24回に亘り実施されているが、地域再生計画については2005年4月から始まり17回の認定が行われている。
【 サイバー特区 】
 さまざまな分野でICT(ITとほぼ同義。国際的にはICTが広く使われている)利活用を進めていく上で生じるであろう制度的な課題(法制度、慣習、社会規範等)の解決策を導くことを目的に、インターネット上の仮想空間を構築し実証実験を行う特区。実名参加が原則となっている。
 
【 ユビキタス特区 】
ユビキタスとは身近にあるコンピューター等を利用して形成される情報共有環境のこと。国際的に優位にあるユビキタスネットワーク技術等を活用し、世界最先端のICTサービスを開発・実証できる環境を整備するとともに、他国の「ユビキタス姉妹特区」との連携などにより、日本のイニシアティブによる国際展開を図る。
【 教育特区 】
 学校法人以外(株式会社や民間非営利団体(NPO)など)による学校の設置・運営が認められることとなった特区。偏向教育、校内暴力、不登校などの様々な教育問題の解決に期待がかかる。市町村による社会人等の教員への採用や授業を英語で実施する、小中高一貫教育、幼稚園と保育所の一体的運用等多様な教育カリキュラムが認められている。
【 先端医療開発特区(スーパー特区) 】
 地域限定で規制を緩和する構造改革特区とは異なり、最先端の再生医療や医薬品・医療機器などの研究グループを支援するのが特徴。研究資金の弾力的運用、規制を担当する厚生労働省等との開発段階からの協議等を試行的に運用し、研究開発の促進を図ることを目的とする。iPS細胞の臨床応用プロジェクトや再生医療などが選ばれている。
 ☆福岡における「総合特区制度」への提案☆

 本年9月の総合特区制度提案募集において、福岡県はビジネスや環境戦略、若者文化において福岡がアジアの拠点となる取り組みを進める「福岡・アジア国際戦略特区」を提出した。また福岡市は、その「福岡・アジア国際戦略特区」をさらに具体化した目標を盛り込んだ「福岡・釜山インターリージョナル国際戦略総合特区」を提案し、中規模都市の利点を生かした経済成長の推進を図ろうとしている。さらに地域ブロックでの申請としては、九州全域での外国人観光客の入国規制緩和を目指す「九州アジア観光戦略特区」(ビザの取得要件の緩和、日本領海内でのクルーズ船カジノの承認など)を九州観光推進機構(福岡市)が提案するなど、アジアを対象とした特区申請が活発化している。
「医療」と「特区」
 医療分野に関しては、2003年、神戸市のポートアイランドが、産学連携の下に高度医療技術の研究開発拠点を整備し、医療関連産業を集積する「先端医療産業特区」として認められ、現在180社余りの企業が進出している。また2004年には、構造改革特区法の改正により株式会社が高度医療の提供を目的とする医療機関を開設することが認められ、2006年7月、「かながわバイオ医療産業特区」において株式会社による高度美容外科医療を提供する診療所が開設されている。2008年には前述の先端医療開発特区(スーパー特区)が創設されるなど特区を利用した新たな医療提供の試みが実施されている。
 今回実施された「総合特区制度」における募集では、「神戸国際先端医療特区」、「次世代健康診断開発特区」、「健康長寿あいち創成特区」等、各地方自治体や団体から医療に関連する様々な特区の提案が上がっており、医療に関する規制緩和を求める動きが次第に加速しているといえる。
連載Column「医療と経済学」vol.5
            〜マネタリズム〜

 マネタリズムとは、新古典派経済学を代表するフリードマンが唱えた「貨幣数量説」による通貨政策重視の考え方をいい、これを支持する人たちはマネタリストと呼ばれています。マネタリズムでは、政府は金融政策等の市場介入(財政政策や金融政策)を行わずに、貨幣供給量の増加率を一定に保つことで物価の安定が図られるとされており、政府の積極的な市場介入が物価や経済の安定をもたらすとするケインズ理論と対比して使われます。
 マネタリズムはアメリカのレーガン政権、イギリスのサッチャー政権でも取り入れられ、1980年代の主要国の経済政策に多大な影響を与えていましたが、物価高騰を引き起こしたりチリの軍事政権崩壊を招いたりしたことから現代ではその理論に対し疑問の声も上がっています。
<医療情報室の目>
 菅内閣が打ち出した新成長戦略では、小泉政権下以降抑圧され続けた(近年は社会保障費の自然増2,200億円の毎年削減が撤廃されるなど方向転換され始めている)社会保障制度の充実を図ることにより、国民の将来不安を払拭し、経済成長に繋げるとしている。日本医師会は「医療、介護への投資は雇用拡大や経済成長をもたらし、充実した社会保障を実現させる。今回の新成長戦略について、日本医師会は大変共感し、力強く感じている。」と大枠で賛成の姿勢を示している。しかしながら一方で、先進医療の評価・確認手続きの簡素化が事前申請から届出制に転換された場合に、問題が生じた時に手遅れになるだけでなく、一体不可分である公的医療保険の信頼性も損なわれてしまうことを危惧している。さらに、先進医療などの保険外併用療養は、富裕層等自己負担可能な一部の患者への提供に止まる可能性が強く、国際医療交流(外国人患者の受入れ)により海外の需要に注目する前に、日本人患者を守ることを最優先課題とすべきであること等の問題点も指摘している。
 今回の新成長戦略における特区では対象となる特定の分野は明示されていないが、医療においては「株式会社特区」を想起させる。また、同戦略における保険外併用療養の範囲拡大や国際医療交流は、いわゆる混合診療の拡大や医療ツーリズムを意味しており、営利の追求を目的にした組織が特区の名の下に参入することによって、医療の質が維持できなくなるだけではなく、混合診療の全面解禁が後押しされ、ひいては公的医療保険の保険給付範囲の縮小や国民皆保険制度の崩壊へとつながる恐れがあるのではないか。特区は地域や経済の活性化が目的のひとつであるが、こと医療に関連する特区に関しては、日本の医療制度の
存続・発展を踏まえてその是非が慎重に検討されるべきである。
ご質問やお知りになりたい情報(テーマ)がありましたら医療情報室までご連絡下さい。
   (事務局担当 情報企画課 下田)

担当理事 原  祐 一(広報担当)・原村耕治(広報担当)・竹中賢治(地域医療、地域ケア担当)


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