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平成32年1月、去年も良くないことが多かったが、今年はもっと悪くなりそうだ。私は、雨宮浩一郎、45歳の勤務医だ。平成12年に国立大学医学部を卒業し、大学卒業後、大学附属病院の内科に入局した。医局ローテーションで様々な病院で勤務をし、5年前に今のA病院に赴任した。現在の病院はもともとF市とその周辺市町村が作る公立病院だったが、赤字が膨らみ平成27年に社会医療法人に改組された。私は1年間だけ公務員として勤務したが、その後医療法人の職員となった。理事長はF市の元公務員、いわゆる天下りだ。医療法が変わり、理事長には医師以外でも簡単になれるようになり、天下りや企業派遣の理事長が増えてきた。医師はただのサラリーマンになってしまった。公立病院時代には給与規定が決められ、多少なりとも昇給していたらしいが、ここ4年は毎年減額となっている。一般サラリーマンの平均年収は600万円とのことだが、私の今年の年収はこの額を下回っている。10年前はまだ医師がまがりなりにも高額所得者と思われることもあったが、今、医師が金持ちと思っている人は皆無だろう。
診療報酬は2年に1度改定されるが、10年間、3%以上下がり続けている。職員の処遇は悪くなり、病院の設備も酷いものだ。A病院の建物は20年は補修していない。今時、こんな古い建物は病院ぐらいしかないだろう。その為、普通の人は病院には入院したがらない。一部、綺麗な病院もあるが、差額ベッド代が1日10万円以上もするので、金持ちしか入院できない。A病院は平成17年に電子カルテを導入したらしいが、メンテナンスやハードの買い替えが出来ないので、2年前に動かなくなってしまい、今は紙媒体のカルテが復活している。2年以上前のカルテの内容を見ようと思ったら、古い電子カルテを起動させないといけないので、30分以上もかかってしまう。それも院内の電算室に1台あるだけだ。事務職員も削減されているので、レセプト作成とチェックは全部医師がしなければならなくなった。減額査定がかなりあるので、理由書きを作成するのも医師の仕事で、これも時間を取られる。
平成12年くらいから女性医師の割合が増加し、最近では医師同士の職場結婚が多くなった。私の妻も医師でF市内のB病院の勤務医として働いている。彼女とは研修医時代に知り合い5年くらい付き合って入籍した。結婚当時は収入もなく、休みがなく働いてばかりだったので結婚式を挙げていないままで、現在も結婚式を挙げる金も時間の余裕もない。彼女はタヒチのボラボラ島で結婚式を挙げることが夢なのだが、到底実現してあげられそうにない。
私には、10歳の長女と5歳の長男の2人子供がいる。下の子の大翔(ひろと)はまだ就学前で、幸い妻の実家が自宅近くであるので、義父母に幼稚園への送り迎えをお願いしている。今日は妻が当直なので、私が妻の実家に大翔(ひろと)を迎えに行き、帰宅しなければならない。小学校4年生の凛(りん)が既に帰宅している時間なので早めに仕事を片づけて帰宅しなければ。今夜、医師会で開催される講演会には出席できそうにない。
これだけ酷い仕打ちをされているのだから、勤務医なんか辞めて開業したらどうかと言う人もいるが、開業も勤務医以上に大変のようだ。友人が昨年耐えかねてA病院を辞めて開業したが、自分の給与が全く出ない上に、多少あった預金も取り崩して経営していると医師会での会議に出席した時に聞いた。患者が来ないそうだ。確かに普通の患者 |
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は外来も入院も減ってきた。その理由は自己負担金が高すぎるからだ。
3年前から自己負担金は5割となり、健康保険に免責制が導入された為、5万円までは健康保険も使えない。薬剤費自己負担も参照価格制度になった。入院時の食費は全額自費、ホテルコストも自己負担になった。その為、2週間も入院したら自己負担は30万円以上になる。降圧剤を処方されるだけで、ブランド品だと、病院と薬局の自己負担で2万円はかかる。所得の低い人は受診もおちおちできない。病気を抱えても病院に来られない人が増えてきているのは明白だ。厚生労働省は近年、在宅死が増えて国際水準に近づいてきたと公表しているが、実際は、病院に受診できなくて家で孤独死している人が増えているだけだ。検死の要請も急増してきている。
医療訴訟もここ10年急増してきている。医療訴訟と賠償金が急増し、日本医師会は医師賠償責任保険を2年前に廃止してしまった。以前、ローテーションで行っていた民間病院は医賠の保険料を払ってくれていたが、A病院では保険料は自腹である。それでも年間6万円だったし、年収も今の1.5倍あったのでそれほど気にもせずに払っていた。しかし、今は600万円弱の給与から、民間保険会社の医師賠償保険の保険料を年間50万円も支払わないとならない。金で済めばまだ良い方で、先日、同じ病院の外科の医師が突然逮捕されてしまった。うちの病院にも医療安全の第三者委員会があるが、患者家族が納得しなかったら警察に通報される仕組みになっている。逮捕される医師はここ数年、年間100人以上だ。同僚の逮捕された彼は、まだお子さんが小さいと聞いているが大丈夫だろうか。
医師も大変だが看護師も大変のようだ。2年前に准看護師制度が廃止された。今では看護師と言えば大卒が常識化してきたが入院患者が減った為、病院病床数が10年前の160万床から100万床以下になってしまった。その影響で、病院の看護師募集も減ってきており、看護大学を卒業しても就職先がない人も多いと聞く。先日、母が入所している特別養護老人ホームに見舞いに行ったら、看護師免許を持っている介護士が働いていた。近くの病院の職員募集を待っているのだそうだ。
社会面に目を向けてみると、GDPの低下が著しく、日本の国際競争力は世界で50位以下になったそうだ。高齢化率は30%となったがこれは予測されていたことだ。特筆すべきは、特殊出生率が0.95となったことだ。最近は子供を見ることも少なくなった。小児科も自己負担金が高くなり、患者が来なくなったそうだ。地方の病院は次々と廃止され、10年前に8,500あった病院は5,000を切ったそうだ。地方に住むと病院に通院するのに何時間もかかるので、郊外では住みにくくなった地域も多い。日本は本当に住みにくくなった。日本は、社会保障を充実して皆が安心できる国を目指していたはずなのに、どこで狂ってしまったんだろう。
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