臨時増刊号

 
医療情報室レポート
 

bP40  
 

2009年 12月 18日  
福岡市医師会医療情報室  
TEL852-1501・FAX852-1510 

印刷用

特 集 : 提言!医療の「今」を考える
 

 政府は、物価の下落が続く昨今の状況は、緩やかなデフレ状況にあるとの認識を示した。出口が見えない不況の中、医療分野でも、来年度の診療報酬改定を巡り、厚労省側には改定率ネットでプラス3%の声がある一方、財務省側は、デフレに連動した診療報酬引き下げの方針を示しており、診療報酬の引き下げが医業収入の目減りを呼び、病院や診療所の経営圧迫や倒産を招くといったデフレ・スパイラルの悪循環に陥る危険性が指摘されている。
 診療報酬改定率の決定は、70年代当初に、物価、賃金の変動に対応させるスライド方式導入が実現したが、その後、予算の元締めである大蔵省の意向が大幅に反映されるようになった80年代から、国の医療費抑制策が本格化した。それ以降、国家財政が捻出可能な財源の範囲内での改定がルール化し、1980年〜90年代初頭のいわゆるバブル景気と、バブル崩壊後のデフレの状況下でも、診療報酬の改定率は引き下げられてきた。その底流には「市場原理主義」の考えが一貫してあったことは言うまでもない。
 イギリスでは、サッチャー首相が推進した新自由主義経済、いわゆるサッチャリズムを医療を始めとする社会保障の分野に大幅に取り入れた結果、急激にマンパワー不足と医療の質の低下を招いた。同じ保守党のメージャー政権の下でも事態は改善せず、ブレア首相の労働党政権はこれまでの政策が失敗であったことを認め、コスト主義から患者中心に軸足を転換し、医療予算の大幅な拡大をバネに国営医療サービス事業であるNHS(National Health Service)の大胆な改革を進め、崩壊寸前と言われたイギリス医療の再生に一定の道筋をつけた。後任の労働党ブラウン政権においても、NHS改革の更なる徹底を目標に、ほぼブレア時代の政策を踏襲していると言われている。
 翻って我が国は、先の総選挙で自民党が歴史的大敗を喫し、民主党の鳩山政権誕生という新たな局面を迎えているが、新政権の社会保障政策や医療に対する考え方がいまひとつ明確に見えず、さらに外交などその他の分野でも連立政権のブレや不協和音が目立っており、我々医療者にとっても、先行きの不透明感はぬぐえない状況だ。

※日本の医療が抱える切実な問題についてまとめましたので、地元選挙区等の議員への働きかけや提言等に是非ご利用下さい。
我が国の医療の現状
Answer
 新自由主義( Neo liberalism)は、古典的自由主義を基礎とし、経済政策における自由主義の思想を取り入れた新しい政治・経済・社会思想です。1970年代のアメリカのレーガン政権、イギリスのサッチャー政権期の政策はこの思想に基づいています。我が国では、1980年代の中曽根政権期、20 00年代の小泉・安倍政権期に市場原理主義思想に基づいて、規制緩和、自由貿易・自由経済の推進、社会保障・福祉の縮小、派遣労働者の制限の緩和等、効率重視の政策が押し進められました。
 医療分野では、@医療費2,200億円削減政策、A混合診療導入の試み、B医業経営への株式会社参入、Cサラリーマン・70歳以上の高所得者の診療費窓口負担を2割から3割へ引上げ、D構造改革特区による規制緩和の促進、E後期高齢者医療制度の導入等様々な政策が実施されました。
 アメリカの医療保険は、所得に応じた負担(応能負担)を求める発想がなく、公的保険以外の多くは民間の医療保険がカバーしていますが、自営業者の保険加入が著しく困難であったり、持病や既往症を理由に保険会社から加入を断られるケースが多発しています。また、訴訟社会といわれるアメリカには弁護士が約1 1 0万人(日本: 2 .2万人)もおり、医療の分野でも、弁護士は患者に積極的に医療過誤訴訟を促す為、医療側が訴訟に備えて加入する保険の保険料も非常に高額になっています。医師が保険料を支払うことが出来ずに廃業したり、保険料の安い他の州に転出したりするケースもあるようです。民間主体の医療保険制度は、回りまわって医療費を押し上げる大きな要因となり、医療の現場に大きな混乱を生んでいます。そして、必ずしも質の向上や医療サービスの選択肢の拡大にはなっていません。
提言!
アメリカ式の構造改革や「新自由主義」の原理を、短絡的に我が国に適用することは無謀であり危険なことです。我が国の終身雇用・年功序列に見られるように、人本主義に基づいて長期的な関係を重視し伝統を重んじて来た国には馴染みません。我が国の医療は、憲法第2 5条の国民の生存権と国の社会的使命に基づいた公平かつ平等な
ものでなければならず、規制緩和、効率重視の考えを安易に採り入れて競争原理に晒すことは、医療の目的と意義を損ねることに他なりません。医療はあくまでも国民の生存権を保障するものとして手厚い国庫負担により国民皆保険制度として充実させる必要があります。
行き過ぎた市場原理の導入は、地域医療を破壊します。
 周産期( perinatal per iod) とは、妊娠2 2週から生後満7日未満までの期間をさし、親から見ると分娩期、新生児から見ると出生の周辺期を指します。周産期は、新生児の適応生理をはじめ、極めて特異的な病態生理が出現する時期であり、合併症妊娠、分娩時の新生児仮死等、母体・胎児や新生児の生命に関わる事態が発生する可能性が高いと言われています。産科医療・周産期医療の整備は、国策として進められていますが、医療現場がそれに追いついていない現実があり、全国各地で産科医療の崩壊が始まっており、いわゆる「お産難民」も出現しています。
 その原因として、@ 産科領域・救急医療における医師不足・偏在による分娩施設の減少、勤務時間の超過、A医師の技術料に対する安い報酬・低い評価、B医事紛争・医療訴訟の増加等があげられています。助産師に分娩を一任しようとする動きがありますが、実際は連携医療機関が見つからず廃業の危機にある助産所もあり、いわゆる総合病院においても、妊婦にゆっくりさせるためのスペースやスタッフを準備する余裕がなく、助産師外来を導入しようにもマンパワー不足です。また、自宅分娩・助産所分娩は、医療機関での医師による通常の分娩に比べてリスクが高くなります。
提言!
 少子化問題とも直結する周産期医療の喫緊の課題は、@周産期情報センターや搬送コーディネータの整備、A母胎搬送先の照会・斡旋・紹介業務の開始、B医師の勤務条件の整備、C医師不足・偏在、N I CU不足の解消、分娩施設の確保、D産科医療補償制度の充実等、周産期医療を担う全国規模での専門施設の整備と地域の実情に応じた周産期医療システム構築です。
周産期医療システムの構築・充実には、産科医療、救急医療におけるマンパワーの確保と少子化対策と連動した国の支援が不可欠です。
Answer
 平成1 8年の診療報酬改定において、「入院基本料7対1 」を満たせば高 い診療報酬が得られる看護基準が新たに設定された為、看護職の争奪戦が起こり地域医療に混乱を招きました。現在はこの状況は少し緩和された
感はありますが、看護職の高学歴化や離職した看護師が復職しやすい環境が未整備等の理由もあり、医療現場では看護職の確保は頭の痛い問題です。
 我が国の看護師の数を国際比較すると、人口1,000人あたり9.3人(平成1 8年:准看護師を含む)で、OECD平均をやや上回っていますが、OECD加盟諸国と比較して医療・介護を必要とする高齢者の割合が高く看護師不足の実情があります。看護職は、高齢化や医療の高度化等の理由により、より高度で専門的な知識や技術が要求されるようになっており、看護学科を新たに設置する大学が増えています。看護職の高学歴化が進み、大学に進学する学生が増加する一方、短期大学・専門学校へ進学する学生は減少傾向にあり、看護職の養成事情は変化してきています。
 全国の看護師養成所で、准看護師養成課程の廃止が続く一方、正看護師へのステップとして、まず、准看護師の資格を取得して医療機関で就業しながら、定時制や通信制の養成所で勉強し、正看護師の資格を取得するという人も多く存在します。大学は入学金・授業料が高く、時間的な制約もあり、一旦、社会人となった人は簡単に行きづらい等の理由もあることから、二年課程で修了し、安定した収入が得られる准看護師の資格取得は人生の再チャレンジの場として評価され、准看護師養成課程への社会人入学の割合は増加しています。また、准看護師養成課程の卒業者は、大卒者よりも地元で就業する傾向が強く、地元の医療を支える貴重な即戦力となっています。
 看護職が離職する理由は、結婚、妊娠・出産、子育て、超過勤務や夜勤の負担等があげられます。また、資格があっても、就業していない潜在看護職は約5 5万人存在すると推計されており、その中に復職したいと考えている人が多いと言われています。
 潜在看護師が復職可能な環境整備として、@多様な勤務形態・環境の導入(2 4時間保育、病児保育、院内保育、時短勤務、シェアリング)、A新人看護職員の卒後研修の制度化、B定年後の人材活用、男性の看護職員の養成・増員、Cナースバンク事業の普及等の取り組みが必要です。
 また、国民のニーズの変化や医療技術の進歩に伴い、高度な専門性を有する医療従事者が、各専門領域間で連携しながら医療を行うチーム医療の重要性が高まっています。医師と共にチーム医療の要の役割を担う看護職については、専門看護師の育成のニーズに加え、厚生労働省や文部科学省、関係機関との間で看護基礎教育の大学化、ナースプラクティショナー( Nurse Practitioner)の養成等を含んだ看護の質の向上・確保や新たな看護のあり方について議論・検討がなされています。しかしながら、全ての看護職に対して高度な看護教育や専門領域の知識が求められているわけではなく、訪問看護・かかりつけ医等の医療現場においては、第一に実践的な基礎看護技術が求められます。
提言!
 看護職には、ますます高度な医療知識・技術が求められて行く一方で、医療や介護の現場では、しっかりとした基礎看護技術を有し、実践力とコミュニケーション能力豊かな、いわゆる「現場力」を持った人材が、正看護師・准看護師を問わず今後も求められるので、現場のニーズに応じた看護職の適正配置や、看護職の多様な教育・養成のあり方を考えて行くべきです。
地域医療は多くの個人開業医の努力によって維持されており、そのような開業医の即戦力として准看護師は大変大きな役割を担っています。地域医療の現場を支えている准看護師の養成は存続させなければなりません。
 我が国の臨床を主たる業務としている医師の数は、一般病院や診療所に勤務している21.9万人と言われており、これを人口1,000人当たりで考えると1.72人になります。民主党は、医師不足対策として、将来的に医師数をO E C D加盟諸国平均である3.1 人とすることを目指し、医師養成数について医学部定員を1.5倍に増やすとしています。
 医師が一人前になるには、6年間の医学教育と国家試験、2年間の研修期間に加えて数年の臨床経験を必要とする為、医師数増・医学部定員増による医師不足の解消は長期的な展望として捉えるべきで、一気に医学部定員を増やしたとしても、大学側がその数に対応する施設や基礎医学・臨床医学教官を十分に確保出来ない、また、医師数増が必ずしも産婦人科・小児科・麻酔科といったリスクの高い診療科の医師増にはつながらないこと等も考えられます。ただ単に医師を多く養成すれば問題が解消されると言う安易な問題ではなく、むしろ、今の大学のキャパシティーを考えると、定員の拡大幅は1〜2割程度が妥当です。医学部新設やメディカルスクール設置の論議は、医学教育の構造全体に関わることですので、容認できるものではありません。
提言!
 今いる医師を有効かつ十分に活用する為に、@医師の事務作業を代行するメディカルクラークの養成、A子育て途中の女性医師の現場復帰を支援する為の院内保育所の設置、B交代勤務制の導入、C学士入学制度の活用等を積極的に推し進めるべきです。
 年々増加傾向にある女性医師は、既に医療現場の主役になりつつあり、女性医師が働きやすい環境の整備は、医師不足対策でも喫緊の課題となっています。それは同時に、当直業務等の過重労働で、女性医師の肩代わりを務めることも多い男性勤務医師の負担軽減にもつながるかもしれません。医師不足問題を単年度の助成事業による経費補助のみで解消させようとすることは土台無理な話で、診療報酬上の評価や医療計画の改正により安定的なシステムを整備していくことが必要です。
医師養成数を増やせば問題解決ということではなく、現状の医師数を前提に、医師不足の構造的な問題を解決する為の施策を進めていかなければなりません。
 平成2 2 年度診療報酬改定にあたり、@診療報酬の大幅かつ全体的な引き上げ、A患者一部負担割のを引き下げ等を強く要望します。また、新政権は、総医療費対GDP比をOECD加盟国平均まで引き上げるとしていますが、その為には約1 0%の医療費の引き上げが必要です。
提言!
 平成2 2 年度診療報酬改定にあたり、@診療報酬の大幅かつ全体的な引き上げ、A患者一部負担割のを引き下げ等を強く要望します。また、新政権は、総医療費対GDP比をOECD加盟国平均まで引き上げるとしていますが、その為には約1 0%の医療費の引き上げが必要です。
民主党は「社会保障費2,200億円の削減方針を撤回、マンパワー増員の為の診療報酬を増額する」とマニフェストに掲げています。公約どおりの政策実行を要望します。
 福祉社会は、自助・共助・公助の組み合わせによって形づくられるべきものであり、その中で社会保障は、国民の「安心」を確保し、社会経済の安定化を図る為、大きな役割を担っているものです。
 少子高齢化の進行する中、社会保険料負担や税負担が特定の世代等に過重とならないように配慮することが重要です。
 我が国の国民負担率や社会保障給付費は、低い給付費の中さらに減額・抑制の動きがありますが、制度を持続可能なものとし、国民の安心の確保と生活の質の向上を追及するとともに、医療費等の社会保障の需要そのものが縮小されるような政策誘導も必要です。
提言!
 我が国が社会保障費を拡大させる為には、財源として、法人負担の増大、富裕層への優遇税制の見直し、消費税増税等が考えられます。国民が安心できる社会保障制度の拡充には、消費税増税による財政再建を図る他ないかもしれません。
日本の医療制度は一世紀かけて構築されました。一度崩壊してしまうと、あと百年は元に戻らないかもしれません。

 ※ご質問や何かお知りになりたい情報(テーマ)がありましたら医療情報室までお知らせ下さい。
   (事務局担当 工藤 TEL852-1501 FAX852-1510)
 

担当理事 原  祐 一(広報担当)・竹中 賢治(地域医療担当)・徳永 尚登(地域ケア担当)


  医療情報室レボートに戻ります。

  福岡市医師会Topページに戻ります。