医療情報室レポート
 

bP38  
 

2009年11月27日  
福岡市医師会医療情報室  
TEL852-1501・FAX852-1510 

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特 集 :メディカルツーリズム
 
 
メディカルツーリズムによる市場規模は年々増大し、医療のグローバル化が進んでいるが、患者の流
動化に加えて医療従事者も流動化しており、そこには世界的に医療が二極化すること、すなわち医療
格差が拡がるリスクも潜んでいる。

 あまり聞き慣れないが、海外においてメディカルツーリズム(Medical Tourism:国際的な医療旅行)という現象が最近注目されている。簡単に言えば、患者が海外に渡航し滞在先の医療機関で医療(治療)を受けることを指すが、これは、人間ドック、美容形成手術、視力矯正等から、がん・心臓手術、臓器移植、再生医療まで内容は様々である。滞在先での医療(治療)はもとより、観光や一流ホテル並みの施設での入院・療養がセットになったパッケージツアーが組まれているものもあり、メディカルツアーを計画する為のガイド本が出版されたりしている。
 そもそも、他国に手術や検査といった医療サービスを求めるメディカルツーリズムは、医療(治療)費が高価なアメリカやNHS(Natioal Health Service)の制約により検査や手術までの待機時間が長いイギリス等から、自国よりも医療(治療)費が安価でアクセスの良いインド、タイ、シンガポール、南アフリカ、最近では韓国、台湾等に渡航して検査や手術を受ける患者が増加して来たことから起こった現象であり、いわゆる新興国は、この現象を産業振興・外貨獲得の為の国策とし、海外からの患者受け入れに対応可能なインフラ整備を進めている。我が国においても一部の富裕層の中に突出した医療サービスを提供する海外での治療を望む声があると言う。
 今回は、なぜ医療のグローバル化が起こっているのか、メディカルツーリズムの仕組み、各国や我が国の取り組みや現状をまとめた。

メディカルツーリズムとは?
その仕組み
現在、少なくとも30ヵ国の国々が海外からのメディカルツーリストの受け入れに応じており、毎年100万人を超える患者が海外へ渡航し他国の医療機関で医療(治療)を受けていると言われている。メディカルツーリズムによる世界市場規模は現在約200億ドル(1兆8,000億円)で4年後には400億ドル(3兆6,000億円)に上ると試算されている。
例えば、腹のたるみを取る手術でブラジル、心臓弁置換術でタイ、股関節置換術でインド、不妊症の診断・治療で南アフリカ、歯の修復でメキシコ等、アジア諸国を中心にメディカルツーリストが世界各国へ渡航している。(※表-1参照)ドバイやフィリピン等は、国全体がメディカルツアーセンターになりつつある。
最近では、メディカルツアーを企画する旅行会社やメディカルツアー・プランナーが個人に合わせて良質のプランを組んでくれる。また、海外の医療機関やメディカルツアー業者には医療(治療)費やツアー料金をローンで支払ったり、後払いできるところもある。
なぜ海外に渡航するのか?
メディカルツーリズムは、通訳・宗教・習慣に関するサービスの充実や渡航先の政情安定等を前提として、安価な・質の高い医療(治療)を受けたい、時間・物理的アクセス制限を打破したいという患者の欲求が、海外に渡航し医療(治療)を受けるという距 離的アクセス制限を上回った時に起きる。(※裏面の表-2参照)
アメリカでは、コスト削減を目的にマネジドケアがメディカルツーリズムを推奨するケースが増えている。その為、アジア諸国はマネジドケアの保険適用医療機関の基準とする医療機関認証組織JCI(Joint Commission International)の認証を受ける医療機関が増加している。また民間医療保険のプランの中にメディカルツーリズムを組み、場合によっては渡航費用を支給する保険会社もある。アメリカ医師会は、海外へのメディカル・トラベルのガイドラインを作成しており、大手保険会社はそれを参考にして給付対象を決定することもある。
安い医療(治療)費
医療制度・保険等により事情は異なるが、アメリカ等の医療(治療)費が高い国や美容形成手術、視力矯正、不妊・生殖補助医療等、自国の医療保険でカバーされない医療(治療)は、滞在の為の交通費・宿泊費・食事代を含めても自国より海外に渡航して医療(治療)を受ける方が費用が節約できることが多い。(※表-3参照)尚、我が国においては、国民皆保険や高額医療の制度が整備されている為、医療(治療)が他国と比較して安価になることが多く、海外に渡航しての医療(治療)に経済的なメリットが少ない。
質の高いケア
医療(治療)内容・設備・機器はもとより、空港までの送迎、豪華な特別個室・食事、各国の母国語に対応したサービスデスク、ケア付き療養リゾート、同伴者用の食事・宿泊の割引等の患者サービスが整っている。
アクセスが良い
イギリス、カナダでは医療制度のシステムにより検査や手術までの待機時間が長いことが社会問題になっているが、海外に渡航し治療(医療)を受ければこの問題は解消される。また、自国で未承認の手術や新薬を使用した医療(治療)を受けることができる。
各国の取り組み
現在、メディカルツーリズムを国策で推進しているのはタイやシンガポール等のG7以外の国である。こうした国々にメディカルツーリストとして訪れる患者は、医療(治療)費の高いアメリカや9.11テロ事件以降アメリカへの入国が難しくなっている中東の富裕層が大部分を占めている。
 患者が海外に渡航し滞在先の医療機関で医療(治療)を受けること。この現象はアメリカやイギリスを中心に起こり、人間ドック、美容形成手術、視力矯正、癌・心臓手術、臓器移植、再生医療等を医療(治療)費が安価なアジア諸国等で受ける人たちが増加している。
 厳密な定義付けはされていないようだが、イメージとしては、海外に渡航し、最高級ホテルクラスのアメニティー、ファーストクラスのサービスに囲まれた環境の中で高度な医療を低価格で受けるというもの。
★ タ イ
 かつてのバーツ暴落の際に国内の医療インフラへの投資により経済復興を遂げた経緯があり、今や世界最大規模のメディカルツー
 リズムの国である。また、メディカルツーリズム発祥の国と言われており、タイの医療は性転換手術なしには語れない程に有名で、
 世界中から患者が集まり観光資源も多い。
★ イ ン ド
 経済が急成長を遂げ、医療分野においても国をあげて海外から年間15万人以上もの患者を受け入れている。メディカルツーリズム
 関連の産業が年間30%の成長率で成長しており世界の先頭を走っている。アメリカ等に留学した後に帰国し、母国で働いている
 医療従事者も多く、また、もともとイギリス領であり英語が母国語並に話せる人が多い為、海外からの患者を受け入れやすい環境
 にある。

★ シンガポール ・ マレーシア
 シンガポールは2003年に「Singapore Medicine構想」というキャンペーンの下に予算を投じ、医療サービスを海外にPRして、
 医療を最大の武器と捉えて海外からの患者に対して良質な医療を提供することに力を入れている。2012年までに海外からの
 患者を年間100万人受け入れる体制を整え医療ハブ国家を目指している。マレーシアは、高度な医療(治療)や専門技術を
 シンガポールよりも安い費用で受けることができ、イスラム教国というメリットを生かして中東市場をターゲットにしている。
 両国共にイギリス領であった為英語が通じる。

★ 韓 国 ・ 台 湾
 韓国は海外からの患者を見込んで医療機関が空港に隣接しており、特に日本人向けにPET検診、美容形成手術・視力矯正を
 積極的にアピールしている。日本語のホームページやパンフレットがあり、日本語を話せるスタッフがいるところもある。韓国・
 台湾は歴史的経緯から我が国の医療の影響も残っており、医療制度も国民皆保険制度に代表されるように多くの類似点が
 ある。その韓国・台湾でもメディカルツーリズム戦略を取る医療機関が増加している。
★ 日 本
 国民皆保険や高額医療制度が整備されている為、患者が経済的なメリットを求めて海外に流出することがなく、また国内需要が
 多い為、現時点では海外戦略もほとんど持っていないと言える。最近は富裕層向けにPET検診ツアーを企画したり、JCIの認証を
 受けた医療機関が誕生したり、安価で質の高い我が国の医療を外需拡大させようとする動きがある。
<参考文献> 真野俊樹著「グローバル化する医療〜メディカルツーリズムとは何か〜」 ジョセフ・ウッドマン著・斉尾武郎訳「メディカルツーリズム〜国境を越える患者たち〜」
<医療情報室の目>
  メディカルツアーは、世界のグローバル化の一つの現象である。この現象は、自国の医療制度の下では得ることが出来ない医療へのアクセスと高度なサービス等を求めて、患者が海外へシフトすることで、世界では、受け皿となることを国策として進めている国もある。国民皆保険制度を基盤とする安価なコストと公平な医療へのアクセス、さらに最高水準の長寿社会を誇る我が国では、海外市場を視野に入れたメディカルツーリズム参入への動きはまだ少ない。臓器移植、保険適用外の美容形成、先端医療、高度・高価な医療サービスを求めて海外へ渡航する人たちがいる程度であるが、近年、徐々にではあるが、日本国内でも医療のグローバル化の現象として、海外からメディカルツーリストを受け入れる旅行会社が設立される等の動きが始まっている。また、介護保険制度が施行され介護サービスの概念・システムが確立されている我が国は、例えば、高齢化問題に直面する国々に対して介護サービスのノウハウ・人材を生かし、今後シニアビジネスを展開させることも可能かもしれない。
我が国の経済の牽引役であった自動車や電気産業に陰りが見える中、言葉や国民性、価値観や文化の違いを踏まえた患者の受け入れ態勢の整備など、事業拡大への課題はあるものの、今後、医療分野が外貨獲得の手段の一つに位置づけられる可能性は否定できない。タイや韓国等は、既にこの分野に積極的に進出しており、これらの国では観光とパッケージにした外貨獲得ビジネスとして展開してゆく傾向が強い。一方、日本人が海外での臓器移植を目的に各国へ渡航する、所謂「臓器移植ツアー」に対しては倫理面の問題が指摘され、国際的な批判も高まっている。また、医療グローバリズムの負の側面として、フィリピン等で、医療従事者の多くが高収入を求めて海外に流出してしまった結果、医療機関が閉鎖に追い込まれる等、国内の医療の空洞化が進んでいる。富裕層が海外のハイレベルの医療を享受するメディカルツーリズムが脚光を浴びる一方で、医療インフラの基盤が脆弱な国は、国民が満足な医療を受けられるレベルになかなか達しないという、医療の格差が生まれている。
メディカルツーリズムに象徴される医療のグローバル化は、良きにつけ悪しきにつけ時代の趨勢として、我が国
でも国の医療制度の枠組みの中で、きちんとした意味づけがなされなければならない。

 ※ご質問や何かお知りになりたい情報(テーマ)がありましたら医療情報室までお知らせ下さい。
   (事務局担当 工藤 TEL852-1501 FAX852-1510)
 

担当理事 原  祐 一(広報担当)・竹中 賢治(地域医療担当)・徳永 尚登(地域ケア担当)


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