医療情報室レポート
 

bP37  
 

2009年11月 6日  
福岡市医師会医療情報室  
TEL852-1501・FAX852-1510 

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特 集 :医学部定員増に対する考察
 
 
医師の負担が従来より大きくなり、医師の地域偏在、診療科による偏在が問題になっている。医師不
足・偏在の対策は、単純に医師数を増やすというだけでなく、医療制度、経済情勢、社会展望等の構
造的要因にも着目して解決して行かなければならない。

 国は「医師は偏在しているだけであって、不足しているわけではない。むしろ医師数全体の動向としては、充足の方向にある。」という長年の見解を一変し、平成18年の「医師確保総合対策」、平成19年の「新医師確保総合対策」、平成20年の「緊急医師確保対策」とここ数年多額の予算をつぎ込み、医師不足に対する施策を打ち出して来た。しかし、残念ながら状況が改善された実感は現場にはない。
 9月に誕生した民主党の鳩山内閣が掲げる政権公約(マニフェスト)には、「年金・医療」の項目に「社会保障費2,200億円削減の撤廃」、「後期高齢者医療制度の廃止」の他に、医師不足対策として「医学部定員1.5倍増」を実現すると明記されている。今年度の医学部定員は、既に過去最多の8,486人に増員されているが、本レポートNO.119「医師不足問題から見た医療崩壊」で採り上げたように、医師不足は、前政権が断行した医療費抑制政策を背景として、絶対数の不足と必要数の不均衡、地域偏在、新医師臨床研修制度、女性医師の増加等、様々な要因が複合的に組み合わさって起こっているもので、単に医学部の定員枠を拡げ医者を増やせば事足りるという問題ではない。
 今回は、医師不足対策としての医学部定員増について考察する。

医学部定員増により医師不足は解消されるか?
1.我が国の本当の医師数
現在、我が国には約27.8万人の医師がいると言われているが、この数は医師免許を持っている人数であり、実際に診療に携わる医師はこれよりも少ない。27.8万人のうち医療機関に従事している医師は約26.4万人で、その他は介護施設・保健所に勤務している医師、産業医であり無職も約2,300人存在する。(※表-1参照) このデータは、2年に1度実施されている医師等医療従事者届出を基に作成されており、届出をしていない医師数は含まれていない為、正確な我が国の医師数ではない。
約4.5万人が大学病院等の医育機関附属病院の勤務者で、そのうちの半数が医学部の教官(教授・准教授・講師・助教)であり、残りは医局員である。教官は診療に携わっているが研究と掛け持ちである。また、医局員には大学院生もおり、診療に従事する傍ら博士号取得の為の研究を行っている人も少なからずいる。よって、我が国において、臨床を主たる業務としている医師の数は、一般病院や診療所に勤務する21.9万人となる。(※表-1参照)これを人口1,000人当たりの医師数で考えると1.72人となる。
2. 医師の需給は? 〜 厚生労働省の見解 〜
「安心と希望の医療確保ビジョン」(平成20年)において、医師の勤務状況は過重であり、適正な勤務状況に必要な医療提供体制を確保する為、医師数を増やす方向とし、医学部定員についても、現在の医師不足の状況を考慮し、従来の閣議決定を変更し医師養成数を増加させるとしている。
3. 医学部定員を1.5倍にすると…
医師不足対策として、民主党は政権公約(マニフェスト)で将来的に医師数をOECD加盟諸国平均である3.1人とすることを目指し、医師養成数について将来的に医学部定員を1.5倍に増やすとしている。
日本医師会は、医師数について、財源確保・教育制度見直し・医師養成数の継続的見直しを実施することを前提条件として、少子化による人口減少等の要因を加味しながら、中長期的に約1.1倍〜1.2倍が妥当との見解を示している。
医師が一人前になるには、6年間の医学教育と国家試
  験、2年間の研修期間に加えて数年の臨床経験を必要
とする為、医師数増・医学部定員増による医師不足
の解消は長期的な展望として捉えるべきである。
一気に医学部定員を増やしたとしても、大学側がその数に対応する施設や基礎医学・臨床医学教官を十分に確保出来ない、また、医師数増が必ずしも産婦人科・小児科・麻酔科といったリスクの高い診療科の医師増には繋がらないこと等が考えられる。
PT(Physical Therapist:理学療法士)、OT(OccupationalTherapist:作業療法士)、柔道整復師は、かつて養成施設や  定員が少なかったが、規制緩和による養成施設の新設ラッシュに伴い、現在は定員割れする学校も存在し、その数は就業が困難である程にまで過剰となっている。(※表-2参照)ここ10年でPT・OTは2.3倍の約6.2万人、柔道整復師は1.7倍の約5万人と急激に増加している。この状況は、専門職としての質の低下が問題視されており、医師の養成数増についても同様の問題に陥ることが考えられる。また、柔道整復師が開設する整骨院での施術には健康保険が適用されるが、本来保険適用外の肩こり・腰痛・筋肉痛等による施術が保険適用されるケースもあり、近年の整骨院の乱立とともに医療費増大の一因となっている。
医師を目指す方法として、大学卒業者(見込者)に受験資格がある学士入学制度がある。この制度には年齢制限がなく、文系大学出身者も受験可能で、合格すれば大学2・3年次からの編入学となり、4年ないし4年半で卒業でき、医師国家試験の受験資格が与えられる。現在は、28国立大学・7私立大学で採用されており、合わせて270名程度の定員が確保されている。近年、医学部定員増に対応する為の策として、医学部新設・メディカルスクール設置の議論が活発になっているが、学士入学制度の更なる普及・拡大も考慮の余地があるのではないだろうか。
我が国におけるメディカルスクールの教育モデルとして、学士を対象に4年間で養成するアメリカ型(専門職大学院型)や、他大学・他学部で2年の教養課程を修了した者を対象に4年間で養成するシステム等が関係有識者により検討されているが、これを実現するには多くの課題があり、十分な議論が必要である。
4.医師不足解消の為の環境整備
医師数増・医学部定員増に併せ、今いる医師数で医師不足に対応可能な施策を進めて行かなければならない。特に最近では女性医師が増加傾向にあり、40歳以下の医師の約3割を占めている。(※表-3参照)しかし、出産・子育て等による離職で若年女性の就業率は低い。また、今後は高齢医師も増加することが予想され、医療情勢に応じた勤務環境の整備に取り組まなければならない。

 ■ 新たな勤務形態の整備
    交代勤務制の導入、院内保育所の設置等による医師
    (女性・高齢)の復職支援・離職防止 etc…

 ■ 勤務環境の改善
    メディカルクラークの活用等によるコメディカルとのチー
    ム医療の実践、過酷な勤務や訴訟リスクの要因を取り除く
    ことによる診療科の偏在・バランスの改善 etc…

 ■ 地域で支える医療の推進
    情報の共有化や円滑なネットワークの構築による地域連携
    の推進、地域の拠点病院への産科・小児科等の集約化によ
    る医療機能の再編、救急医療の充実、軽症患者による夜間
    救急外来受診の抑制・救急車の適正利用についての啓発・
    普及 etc…
Hint・ひんと・・・
 去る、10月30日に福岡市医師会館にて民主党の梅村聡参議院議員を講師に迎え「明日の医療を考えるセミナー」が開催された。
 梅村氏は病院勤務医の経験を持つ医師であり、民主党が与党となった今、医療現場での実経験を踏まえながら、国政の第一線で医療問題に取り組んでいる。
 昨今の医師不足問題に対する施策について、民主党はマニフェストに「医学部定員1.5倍増」を掲げているが、梅村氏によると「日本の医師数についてOECD加盟諸国平均を目指せば、医師養成数を1.5倍にしなければならないが、これは急に実行できるとは思っていない。医療機関・医育機関・大学医学部を含め教官・財源が揃ってから定員増に着手し、増員する過程の中で1.1倍になるかもしれないし、1.2倍で十分となるかもしれない。必ず1.5倍にするということには固執していない。」としている。
 また、医師養成や研究を取り巻く環境が厳しくなっていることを指摘し、長期的に公衆衛生に携わる医師を養成したり、最先端研究分野へ医師を投入する等、医学 教育・研究分野の充実を進めていくとし、併せて、医療崩壊を食い止める為に診療報酬アップ等により医療費や人材を確保することを目指している。 
<医療情報室の目>
 鳩山首相は、「官僚任せの予算編成を廃止して、政治主導で予算を決定する仕組みを構築することにより、無駄を一掃して必要な財源を確保する。」と明言しているが、医師不足の問題は、これまで国が財源を確保しても効果的に利用されず、また十分な対策が執られることがなかった結果、一向に状況が改善されないままになっている。
 民主党が打ち出した医師不足対策も、「医学部定員1.5倍増」を謳っているが、ただ単に医師を多く養成すれば問題が解消されると言う安易な問題ではない。医師が一人前になるには最低10年はかかると言われており、医学部の定員を拡大しても即効性ある効果は期待できない。むしろ、今の大学のキャパシティーを考えると、定員の拡大幅は1〜2割程度が妥当であり、それ以上の拡大は、医学部新設や、メディカルスクール設置の検討等、医学教育の構造全体に対する議論に及ばざるを得ないし、この議論自体が更に大きな諸問題を発生させる可能性がある。
 医師不足問題の解消に即効性ある解決策がないのであれば、今いる医師を有効かつ十分に活用しなければならない。医師の事務作業を代行するメディカルクラークの養成や、子育て途中の女性医師の現場復帰を支援する為、院内保育所を設置したり、交代勤務制の導入をもっともっと積極的に推し進めるべきだ。年々増加傾向にある女性医師は、既に医療現場の主役になりつつあり、女性医師が働きやすい環境の整備は、医師不足対策でも喫緊の課題である。それは同時に、当直業務等の過重労働で、女性医師の肩代わりを務めることも多い男性勤務医師の負担軽減にも繋がることだ。
 医師不足問題を単年度の助成事業による経費補助のみで解消させようとすることは土台無理な話で、診療報酬上の評価や医療計画の改正により安定的なシステムを整備していくことが絶対必要だ。医学部定員の削減に取り組むとした1997年当時の閣議決定が必ずしも間違っていたとは言えないが、政権交代が現実のものとなった今こそ、医師不足問題を放置してきた厚生
労働省は現状を深刻に受け止め、早急にこの問題解決に着手すべきである。

 ※ご質問や何かお知りになりたい情報(テーマ)がありましたら医療情報室までお知らせ下さい。
   (事務局担当 工藤 TEL852-1501 FAX852-1510)
 

担当理事 原  祐 一(広報担当)・竹中 賢治(地域医療担当)・徳永 尚登(地域ケア担当)


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