医療情報室レポート
 

bP36  
 

2009年 9月 25日  
福岡市医師会医療情報室  
TEL852-1501・FAX852-1510 

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特 集 :臓器の移植に関する法律
 
 
先進医療技術を持つ国の中で、我が国は極めて臓器移植の実績の少ない国である。その背景には「人
の死」、特に「脳死」に対する国民的コンセンサスの不在が指摘されてきた。今年6月の衆議院、続く7月
には参議院で、「脳死」は「人の死」とする改正臓器移植法が可決成立したことで、医療現場での臓器
移植の現状は新しい局面を迎えた。

  我が国では、平成9年に臓器移植に関する法整備として、「臓器の移植に関する法律」が施行されたが、この法律は臓器移植について厳しい制限が設けられていた為、日本国内での移植実績の状況を考慮しながら、法律施行後3年を目処に見直すこととなっていた。
 しかし、臓器移植の国内実績数が増えず移植医療が停滞し、法律施行から10年以上が経過したにもかかわらず、長い年月改正されないまま、臓器移植を諸外国に依存する状況が続いてきた。本年5月にWHO(世界保健機関)総会において、臓器売買、渡航移植を原則禁止とする臓器移植に関するガイドライン決議(新型インフルエンザ流行の緊急事態により、来年に延期)の見通しが明らかになった為、これを契機として、今年6月、7月の衆参両院の本会議において、臓器移植法の改正案が成立し、これからの「臓器提供者の確保」に向けて大きく舵が切られた。
 今回は、改正法施行を1年後に控え、「臓器の移植に関する法律」の現行法・改正法の内容、法成立までの背景や今後の課題をまとめた。

「臓器の移植に関する法律」とは?
1.成立の過程・法律の概要
平成8年12月に議員立法として提出され、平成9年10月に施行された。この法律案に関する決議に対しては、共産党を除く全政党が党議拘束(※1参照)を外した。その理由としては、人の死を定義するという議員個人の宗教観・死生観に関わる議案であることが上げられている。尚、共産党は採決を棄権した。
「臓器の機能に障害がある者に対し臓器の機能の回復又は付与を目的として行われる臓器の移植術に使用されるための臓器を死体から摘出すること、臓器売買等を禁止すること等につき必要な事項を規定することにより、移植医療の適正な実施に資することを目的とする。」(第1条抜粋)
「死亡した者が生存中に臓器を移植術に使用されるために提供する意思を書面により表示している場合であって、その旨の告知を受けた遺族が当該臓器の摘出を拒まないとき又は遺族がないときは、この法律に基づき、移植術に使用されるための臓器を、死体(脳死した者の身体を含む)から摘出することができる。」(第6条抜粋)
臓器提供の意思が有効な年齢については、法文に規定されていないが、臓器の移植に関する法律の運用に関する指針(ガイドライン)で、臓器提供に係る意思表示の有効性について、民法上の遺言可能年齢などを参考として15歳以上としており、実質的には15歳未満の臓器提供は不可能とされている。
 ※1 議会などで採決される案件に対し、政党としての意見を賛成か
     反対か事前に決定しておいて、所属議員の投票行動を拘束す
     ること。ひとつの政党が結束して行動するための手段として用
     いられており、政党は党議拘束に反する行動に対して除名な
     どの処分を下す。
         現行法における臓器移植が可能となる要件

      T.脳死は「人の死」か?
         →臓器提供する場合にのみ限定
      U.臓器提供が可能な条件
          →本人の書面による意思表示と家族の承諾
      V.臓器提供が可能な年齢
          →意思表示が有効な15歳以上のみ
      W.脳死判定について
          →自発呼吸・瞳孔の大きさ・脳波などで判断
      X.親族への優先提供は?
          →認めない
2.法改正の動き
この法律は、当初は施行後3年で見直すこととなっていたが、10年以上が経過したにもかかわらず、改正されないままだった。平成17年頃から有志議員らにより法律改正に向けての動きがあり、改正案として4案(いわゆるA・B・C・D案)が衆議院に提出された。
小児においては、現行法では、15歳未満の臓器提供が不可能である為、海外に渡航し臓器移植を行っているのが現状である。しかし、移植費用・待機期間の滞在費など数千万円かかるとも言われており、現行法が諸外国と比較して、脳死の場合の臓器提供に関して厳しい制約を設けていることが移植実績が増えない理由であるとの意見もあった。
平成20年の国際移植学会における「イスタンブール宣言」や、本年5月のWHO(世界保健機関)総会において、臓器売買・渡航移植を原則禁止することが提言されたことにより、我が国においても現行法改正の機運が高まった。
本年6月に衆議院でA案が可決され参議院に審議が移った。そこで改正に慎重な参議院議員らによりE案が、さらに、A案の「脳死を人の死」とすることへの抵抗感から否決されることを避ける為、修正A案(A’案) が提出されたが、参議院においてもA案が可決され、1年後の平成22年には改正法が施行される見通しとなった。
移植医療とは?
臓器・組織の機能が低下し再生不可能の状態になり、移植でしか治すことが出来なくなった際に行う医療のことで、臓器移植組織移植に大きく分けられる。
 臓器の提供は、生きている人(血縁者・配偶者など)から提供される生体移植と死亡した人から提供される死体移植の二つの方法がある。死体移植のうち、腎臓などは心停止後でも移植可能であるが、心臓・肝臓・肺・膵臓・小腸などは、脳死でしか提供できないとされている。
 移植医療は、臓器提供者(ドナー:donor)の善意に支えられて行われているのが現状である。
3.「臓器の移植に関する法律」改正案の比較
  ○ A案の可決成立により、臓器提供の年齢制限がなくなり、生前に本人の意思表示がない場合でも、家族の承諾による移植が
    可能となる。A案は現行法と比較し、臓器移植の要件が緩和され、特に小児への臓器移植の道が開かれることになる。 
4.今後の課題
■ 個人の宗教観・死生観・倫理観への配慮
   A案は脳死は「人の死」という考え方が国民的コンセンサスを得ているということが前提となっているが、個人の宗教観・死生観・
   倫理観に十分配慮した慎重な対応が必要で、この考え方が一人歩きしないよう適切な運用が望まれる。

■ 臓器提供者(ドナー)・その家族が協力しやすい環境作り
   臓器移植が国民の間に受け入れられていく上で医師の役割は最も重要である。医師と患者がより良い関係を築き、移植コーディネー
   ターなどの関係専門職とも緊密な連携を取りながら、わかりやすい情報提供を行うことが不可欠である。
     →臓器提供者(ドナー)・臓器受容者(レシピエント:recipient)とその家族のプライバシーの保護、移植を受ける機会の公平性の確保、
       セカンドオピニオン、臓器提供意思カードの普及など

■ 公正・中立な臓器移植ネットワークの構築
   臓器移植を円滑にする為に、移植コーディネーター・カウンセラーの増員・養成を行い、また、臓器売買などの不正行為の防止を目的と
   して、臓器の行方を追跡出来るようにするなど、世界水準を視野に入れた臓器移植をサポートするネットワークを構築していく必要が
   ある。
<医療情報室の目>
 目前に控えていた衆議院の解散が採決に影響を与えたなどの指摘があるにせよ、臓器移植法改正案の可決で、今後は家族の書面による承諾の下に、15歳未満の人の身体からの臓器提供が可能となる。
 この法改正については、移植を必要とする患者団体などからは、一刻も早い施行が求められる一方、臓器提供を受ける側の考えが強く反映され、臓器を提供する側の家族・遺族への配慮が欠け拙速だとの意見もある。臓器移植は2つの人権、2つの命、そしてドナー側、レシピエント側双方の家族の人生にも深く関わる大変重い問題だ。
 現行法の下では、日本国内での、特に小児への臓器移植は不可能であり、「移植法」というよりむしろ「移植禁止法」と揶揄されている程で、その結果、現在は海外に渡航し外国で臓器移植が行われることが多い。しかし、これを他国民から見れば、その国の国民の臓器移植の機会を狭める侵害行為とも、また、金で臓器を購う「移植ツーリズム」とも非難されているところである。今回の改正案の成立は、これらの問題に解決の道を開くとともに、ようやく我が国の移植医療が世界水準の条件の下に成長するという期待感をもたらすものである。
 改正法の施行までには約1年あり、運用の詳細は施行規則・運用指針の見直しにより微調整されていくが、ドナー確保への要望が高まる中、救命処置から患者家族のケアに至るまで、移植に至る医療の流れをどのように形作っていくか、丁寧に検討していく必要がある。国会審議を通じて指摘されていた問題点でもあるが、身近な人を看取る家族に対する心のケアは医療技術とは別の次元で高度な配慮が求められ、今後、医療従事者には家族の心情に寄り添う人間性の錬磨が要求されてくる。
 諸外国では、さらに臓器移植を活発にするべく国民的議論がなされており、ドイツでは、家族の同意が必要な現在の「承諾意思表示方式」から、生前に本人が拒否していない限り臓器提供が可能とする「反対意思表示方式」への改正が検討されている。「個人」と「家族」に対する文化的背景の違いもあり、一概に我が国に外国の方式を当てはめることは出来ないが、社会の理解と支援を積み重ねながら、今回の法改正を通過点として、臓器移植の世界水準の体制・環境整備が進められなければならない。

 ※ご質問や何かお知りになりたい情報(テーマ)がありましたら医療情報室までお知らせ下さい。
   (事務局担当 工藤 TEL852-1501 FAX852-1510)
 

担当理事 原  祐 一(広報担当)・竹中 賢治(地域医療担当)・徳永 尚登(地域ケア担当)


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