医療情報室レポート
 

bP34  
 

2009年 7月 31日  
福岡市医師会医療情報室  
TEL852-1501・FAX852-1510 

印刷用

特 集 :我が国から見たアメリカ医療の問題
 
 
市場原理・新自由主義の概念を導入しているアメリカの医療制度の問題点を明らかにし、以て他山の
石と心得て、今こそ我が国の社会保障、とりわけ医療制度の進むべき道を考えていくべきである。

 我が国は、2001年より5年間続いた小泉政権時に、「構造改革なくして景気回復なし」をスローガンに掲げ、郵政・道路
公団の民営化に象徴される「小さな政府」を目指すとともに、「官から民へ」「中央から地方へ」の三位一体の「聖域なき構造
改革」を進めてきた。この流れを受けて、医療の分野においても、大企業の経営者が主要メンバーの経済財政諮問会議で、経済
成長最優先と市場原理の思想の下に、株式会社による医療経営参入や混合診療の解禁等が議論された。
 当時の我が国の行き過ぎた「改革」の風潮は、日米間で交わされる「年次改革要望書」の、日本の国情を無視したアメリカ側
からの内政干渉とも言える要求と、規制緩和を進めたい財界の思惑が一致した結果加熱していった感が強い。世界同時不況を機
に、市場原理・新自由主義の見直しの気運が高まってきた今、市場原理の申し子のようなアメリカ医療の抱える問題が一挙に明
らかになってきている。
 今回は、アメリカの医療制度の概要と問題点について検証し、我が国から見たアメリカ医療の問題について考察する。

医療制度の概要・抱えている問題
(1) 民間中心の医療保険
米国連邦政府は、原則として個人の生活に干渉しないとい
う自己責任の精神と、連邦制で各州の権限が強いことが、
社会保障制度のあり方に大きな影響を及ぼしている。
医療保障、高齢者の所得保障において、民間部門の果たす
役割が大きく、州政府が政策運営の中心的役割を果たすも
のが多い。また、公的な医療保障の対象は高齢者、障害
者、低所得者等に限定
されている。(メディケア、メディ
ケイド等)
医療保険制度の最大の特徴として、他の先進国と異なり、
全国民を対象とした医療保障、公的皆保険制度が存在し
ない為、民間医療保険に加入するのが主流
で、国民の6
割がこの民間医療保険でカバーされている。
メディケア(Medicare)
 1965年に創設され、65歳以上の者、障害年金受給者、
 慢性腎臓患者等を対象
に約4,300万人(2006年)が加入
 している。対象人口の9割以上が加入しており、ほぼ皆
 保険が実現している。2005年における支出は4,013億ドル
 (38.1兆円)である。

メディケイド(Medicaid)
 メディケアとともに1965年に創設され、低所得者を対象
 約5,000万人(2006年)が加入している。2006年における
 支出は3,086億ドル(36.1兆円)である。実施主体が州単位
 である為、受給要件、給付内容は州毎に異なる。

民間医療保険
 メディケア、メディケイドの対象とならない米国人は自己
 負担で
民間医療保険に加入する。大企業は、福利厚生と
 して従業員に民間医療保険を提供し、保険料の一部を負担
 している場合もあるが、雇用主が医療保険を提供することは
 義務ではない為、企業によっては保険を提供しない場合も
 ある。

無保険者
 メディケア、メディケイドの対象とならず、民間医療保険にも
 加入しない(できない)米国人は無保険者となる。加入しない
 (できない)理由として、金銭的な理由や持病・既往症により
 加入を断られる場合等があげられる。人種別に見るとヒス
 パニック系が多く、年齢別に見ると18〜24歳の若年層が
 多い。また、米国市民権を持っていない不法労働者も多い。
(2) 国民の7人に1人が無保険
○ いかなる医療保険の適用も受けていない、いわゆる無保険者が
  人口の15.8%の約4,700万人(2006年)に達し、国民の7人に
  1人が無保険者という事態
の改善は現オバマ政権の大きな課題で
  ある。

○ メディケイドは、我が国の生活保護よりも受給基準が厳しいこと
  が多い。メディケイドの対象外とされたワーキングプア層は、
  民間医療保険にも加入できず無保険者となっている。

○ 無保険者の診療費は全額自己負担となるが、ER(Emergency
   Room :緊急救命室)では、法律上患者の診療を拒否できない為、
  ERをかかり つけ医として頼る無保険者が多い。当然ながら、
  無保険者は診療費の支 払い能力が乏しく、診療費は州税や
  医療保険会社等が拠出するフリーケ アプログラムという基金で
  賄われており、この状況は救急医療現場の混 雑に拍車をかけ
  るとともに医療費を増大させる一因となっている。
Hint・ひんと・・・
各種保険の適用拡大・促進の為の措置として「児童の医療保険
プログラム」が、1997年クリントン大統領によって提案された。児
童のうち、7分の1にあたる約1,100万人が無保険状態にあったが、
各州政府が新たに援助を行う為、240億ドル(2.2兆円)を計上した。
これは、1965年のメディケイド創設以来、最大規模の医療保険に
関する支出となった。ほぼすべての州において実施され、250万人
以上の児童に医療保険が拡大された。
使用のメリット・デメリット
医療訴訟
○ 医療過誤における賠償金額はしばしば高額となる
  為、訴訟リスクの高い診療科では、医師が高額の
  保険料を支払い、保険に加入している。これは、
  医療費高騰の一因となっており、医療過誤訴訟の
  問題は深刻なものとなっている。
○ 医療過誤の賠償責任に備え、医者が自分の身を
  守る為に行う検査・処置・診察を「ディフェンシブ・
  メディシン」と呼ぶが、医療費総額の5〜10%が
  ディフェンシブ・メディシンとして無駄に消費されて
  いると推計されている。
株式会社立病院
○ 全米の病院のうち15%程度は、株式会社による病院経営が行われている。
  営利優先の病院経営は、利益拡大の為に経営難の病院を買収し、採算の取
  れない診療科は閉鎖したり、患者の入院日数を強制的に短縮させたりと自
  社の利益と効率性を最優先する。非営利病院が株式会社病院に変わると、入
  院費は2割高くなり、平均死亡率は5割増加するとの報告もある。
民間医療保険会社
○ 国民の医療の大半は民間医療保険で賄われているが、1990年代に急増す
  る医療費を抑制する為、HMO(Health Maintenance Organization:健康維持
  組織)に代表されるマネジドケアと言う管理型医療保険が発達した。これは、
  民間医療保険会社が患者の医療へのアクセスや医療内容を管理・制限する
  仕組みになっている。
○ 例えば、入院する際に条件の悪い保険に加入している場合、HMOは入院さ
  せないようにしたり、契約している病院の中で最も費用の安い病院に入院さ
  せるよう干渉してくる。健常者は比較的簡単に医療保険に加入できるが、有
  病者の保険加入は高額であったり、あるいは加入を断られ無保険となる等、
  健常者や富裕層に有利なサービスとなっている。
○ 保険料を100として、実際にどの程度が医療費として給付されるかを示す
  数字を保険会社の経営用語で「メディカルロス(医療損失)」と呼ぶ。これが
  85を超えると、ウォール・ストリートで格付けが下がり株価が下がってし
  まう。保険会社は、できるだけ患者の医療にコストをかけないようにし、支
  出を下げることを目指す。アメリカの民間医療保険会社のメディカルロスは
  平均81と言われているが、メディケアは98
で、民間医療保険会社が医療サ
  ービスに対しコストを抑えていることがわかる。ちなみに、我が国の政府管
  掌保険のメディカルロスは99.8と言われている。
○ 1,000以上の民間医療保険会社が存在し、会社や保険の種類によって医療
  費の請求条件が異なる為、医療機関の請求事務作業が複雑で膨大である。
  約800床の総合病院では、請求事務のみを行う職員が350名以上いると言う
  が、国民皆保険制度を採用しているカナダの場合、同規模の病院では請求
  事務の職員は10人足らずで十分であると言う。
<参考文献>
  三浦清春著「市場原理のアメリカ医療レポート」 李啓充著「市場原理が医療を滅ぼす」、「続アメリカ医療の光と影」 
  鈴木厚著「崩壊する日本の医療」
<医療情報室の目>
 アメリカの医療制度は、極端な市場原理による民間企業への利益誘導政策が極まって、医療から弱者(患者)救済の視点が
欠落してしまっている。保険会社にとって大口の顧客と見なされれば、保険料の割引適用等の優遇も受けられるが、有病者や
低所得者層は、医療へのアクセスが制限されることで質的な差別を受けている。さらに、収入面等の条件が悪いほど重い
負担を強いられる「医療費負担の逆進性」という問題も生じている。
 アメリカの医療保険には所得に応じた負担(応能負担)を求める発想がなく、メディケア・メディケイド等の公的保険以外の
多くは民間の医療保険がカバーしているが、自営業者の保険加入が著しく困難であったり、持病や既往症を理由に保険会社か
ら加入を断られるケースが多発している。こうしたことから、医療保険に加入したくても加入できない無保険者が5千万人近
く存在し、社会不安の大きな要因にもなっている。また、訴訟社会といわれるアメリカには弁護士が約110万人(日本:
2.2万人)もおり、医療の分野でも、弁護士は患者に積極的に医療過誤訴訟を促す為、医療側が訴訟に備えて加入する保険の
保険料も非常に高額で、医師個人の収入の3割にも達する上、保険料を支払うことが出来ずに廃業したり、保険料の安い他の
州に転出したりするケースもあるという。
 アメリカの例を見ると、「民」主体の医療保険制度は、回りまわって医療費を押し上げる大きな要因となり、医療の現場に大きな
混乱を生んでいる。そして、必ずしも質の向上や医療サービスの選択肢の拡大にはなっておらず、むしろその逆になっている
のではないか。
 アメリカは、昨年、バラク・オバマ氏が大統領に就任したが、医療制度改革を国内最優先の政策課題として位置付け、現在、
公的医療保険の創設が議論されている。我が国においても、徐々に市場原理・新自由主義路線が軌道修正され、「骨太の方針
2009」における来年度予算編成において、社会保障費の自然増を年2,200億円抑制する方針が事実上撤回された。
 我が国は、憲法第25条において国が社会保障の向上・増進に努めることとし、公助による公平・平等を基本理念としている。
医療費が高くアクセスの悪いアメリカの医療制度は、医療サービスの提供に格差が生じ、もはや破綻していると言って良い。
我が国は、そのような「アメリカ型の医療制度」へと一時期シフトしかけてしまったが、その誤りを正し、新たな医療制度の
「百年の計」を立てるべきである。

 ※ご質問や何かお知りになりたい情報(テーマ)がありましたら医療情報室までお知らせ下さい。
   (事務局担当 工藤 TEL852-1501 FAX852-1510)
 

担当理事 原  祐 一(広報担当)・竹中 賢治(地域医療担当)・徳永 尚登(地域ケア担当)


  医療情報室レボートに戻ります。

  福岡市医師会Topページに戻ります。