医療情報室レポート
 

bP32  
 

2009年 5月 29日  
福岡市医師会医療情報室  
TEL852-1501・FAX852-1510 

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特 集 :医療安全調査委員会(仮称)その1
 
 
人間が行う医療行為には、ヒューマンエラーやシステムエラーのリスクは常に存在する。
ヒューマンエラー、システムエラーが必ずしもイコール医療事故・医療過誤ではないことは、未だ一
般に広く理解されていない。医療安全調査委員会(仮称)設置を検討していく上で、改めて医療側と一般
社会との認識のギャップを埋める必要がある。

 どんな分野でも、不測の事故が発生した場合、その原因を調査し、同様の事故・過失を繰り返さないようにする体制を構築することは、安全対策上不可欠である。最近では、医療の分野においても、いわゆる医療事故・過誤と言われる医療上の作為・不作為による事故が発生した時、その原因や転帰を調査・検証するシステムが整備されつつある。
 1999年、看護師のミスによる患者死亡事故の隠ぺいが発覚し、病院側が刑事責任を問われた都立広尾病院事件などに代表されるような医療事故・過誤は、テレビや新聞などマスコミで多く取り上げられるようになり、「医の倫理」と絡めて社会的に大きな注目を集めるところとなった。こうした状況を受けて、厚労省は、医療の安全と質の向上を目的とした「医療安全調査委員会(仮称)」の設置検討に関する議論を進めている。
 「医療安全調査委員会(仮称)」は、事故・過誤の真相を究明するとともに、再発防止の為の方策を探るのが本来の目的であるが、これは、医師法第21条に規定されている異状死の警察への届出義務が、県立大野病院事件に見られる医療への司法の不当な介入を招いた事に対する医療側の危機感が背景にある。これに対する厚労省、政府与党、野党、その他関係団体の見解は様々である。今回は、設置の検討が進められている「医療安全調査委員会(仮称)」についてまとめた。

医療安全調査委員会の設置検討
設置の目的と背景
平成18年頃より、政府与党内で医療事故・過誤に対し専門性の
ある中立の第三者機関が原因を究明する制度を創設すべきとの
機運が高まり、党内の検討会等で議論されてきた。厚労省も、
制度創設に向け、平成19年10月(第二試案)、平成20年4月(第
三次試案)に骨子となる案を公表し、平成20年6月に「医療
安全調査委員会設置法案(仮称)」の原案となる大綱案を発表した。
〜第三次試案〜
医療の安全の確保は、我が国の医療政策上の重要課題で
あり、とりわけ死亡事故について、その原因を究明し再発
防止を図る
ことは、国民の切なる願いである。医療関係者
には、その願いに応えるよう、最大限の努力を講ずることが
求められる。
医療の安全を向上させていく為には、医療事故・過誤による
死亡が発生した際に、解剖や診療経過の評価を通じて事故の
原因を究明し、再発防止に役立てていく仕組みが必要である。
一方、遺族にはまず真相を明らかにしてほしいとの願い、そして
同様の事態の再発防止を図ってほしいとの願いがある。
死因の調査や臨床経過の分析・評価等については、これまで
行政における対応が必ずしも十分ではなく、結果として民事
手続や刑事手続にその解決が期待されている現状にある
が、これらは必ずしも原因の究明につながるものではない。
このため、医療の安全の確保の観点から、医療死亡事故に
ついて、分析・評価を専門的に行う機関を設ける必要がある。
医療の透明性の確保や医療に対する国民の信頼の回復に
つながるとともに、医師等が萎縮することなく医療を行える
環境の整備
にも資するものと考えられる。
   ※平成20年4月 厚労省「医療の安全の確保に向けた医療事故に
     よる死亡の原因究明・再発防止等の在り方に関する試案」より作成
医療安全調査委員会とは?
 医療事故・過誤の原因を究明し、医療の安全と質の向上を図ることを目的に厚労省が設置を進めている調査機関。医療事故・過誤が発生した際、医療機関から報告を受け、調査を実施し、診療行為自体に問題がなかったかを判定する。
厚労省の案は?〜第三次試案より〜
厚労省が想定する「医療安全調査委員会」の概要
【委員会】
医療関係者の責任追及を目的としたものではない。
設置場所は、厚生労働省とする考えがあるが、更に検討する
必要がある。
関係者からの意見や解剖の結果に基づいて、臨床経過の評価
等についてチームとして議論を行い、調査報告書案を作成する。
調査チームのメンバーは、臨床医を中心として構成し、解剖担当
医2名、臨床医等5〜6名、法律家やその他の有識者1〜2名
する。
【届出】
医療機関からの医療死亡事故の届出を制度化する。
届出義務の範囲については、死亡事例すべてとするのではな
く、明確化して限定する。
医師法第21条を改正し、医療機関が届出を行った場合は、医師法第21条に基づく異状死の届出は不要とする。
届出範囲に該当するか否かの判断及び届出は、死体を検案した医師ではなく、当該医療機関の管理者が行う。
届出範囲に該当すると医療機関の管理者が判断したにもかかわらず故意に届出を怠った場合又は虚偽の届出を行った場合や、管理者に 報告が行われなかった等の医療機関内の体制に不備があった為に届出が行われなかった場合には、医療機関の管理者に、まずは届け出る べき事例が適切に届け出られる体制を整備すること等を命令する行政処分を科すこととする。届出義務違反については、医師法第21条のように直接刑事罰が適用される仕組みではない。
医療機関の管理者が、医師の専門的な知見に基づき届出不要と判断した場合は、遺族が委員会に調査の依頼を行ったとしても、届出義務違反に問われることはない。
【遺族からの調査依頼】
医療機関が届出範囲に該当しないと判断した場合であっても、遺族が原因究明を求める場合は依頼することができる。 また、遺族に代わって医療機関が行うこともできる。
設置実現に向けた課題
厚労省は、公表した第三次試案に対し懸念を表明する関係団体にヒアリングを行う等、委員会設置の実現に向けて検討を進めているが、マンパワーやコストの問題など今後クリアにしていくべき課題もあり、関係団体等の見解も様々である。
第三試案に対する見解
民主党
解剖やAi(死亡時画像診断)を用いた死因究明の義務化
患者・家族の理解を促進する医療対話促進者
(メディエーター)の設置
日本医師会
都道府県医において賛成多数
刑事罰の適応範囲、行政処分の実施方法、
委員会の設置場所、救急医療現場での対応、
院内事故調査委員会との関係等の明確化
日本麻酔科学会
日本病院会
届出基準、届出先の明確化 基本的に賛成
日本産婦人科学会
全日本病院会
正当な業務として行った医療行為に
対し刑事罰を科さないようにする
医療安全の確保と医療事故・
過誤の過失調査は別機関で行うべき
日本救急医学会
日本法医学会
業務上過失致死の適用基準の明確化 医師法21条による異状死届出義務
試案を作り直すことを希望 は遵守されるべき
日本病院団体協議会
日本外科学会
原則賛同するが、意見を集約する
には至っていない
試案中の制度の精神を支持する
<医療情報室の目>
 医療安全調査委員会の設置は、起きてしまった医療事故・過誤から教訓を見出し、再発を防止することが本来の目的であるが、それと同時に「異状死の届出制度」に代わるシステムとして、医療への司法の不当な介入を阻止する目的もある。現行の医師法第21条に基づくと、医師が検案し異状死を認めた時は、警察への届出が義務付けられており、これは、十分な医学的検証もなく刑事事件に発展する可能性を多分に含んでいる。委員会の設置が実現すれば、警察への届出の前に医療安全調査委員会の調査が可能となるが、現在、このシステムについて、厚労省、政党各党、関係団体の間で様々な議論が交わされている。特に、医療現場からは、現行の医師法第21条の存続は、刑事罰・行政処分される機会を増やし、責任を問われる可能性が高くなるので、ハイリスクな医療現場から医師が立ち去る等、萎縮医療を招くのではないかと危惧する声が多い。
 そもそも医師法第21条のルーツは、明治7年(1874年)に制定された「医制」に遡り、以来その趣旨は改正されることなく今日まで続いているが、それは医師が疫病・飢饉・殺人等の異状死を発見した場合に、当時の内務省に届け出る義務を課するものであった。当時の社会状況からして異状死は珍しいことではなかっただろうし、治安・衛生上からも当然の社会的ニーズだっただろう。しかし、制定されてから100年以上も経過した現在は、社会状況も変化しており、医師法第21条は改正・撤廃すべきとの声も強い。医療事故・過誤に対して医師を免責とすることは、簡単に世論の同調を得られるものではないだろうし、警察が捜査に着手しないよう法制化することも困難であろう。しかし、医療従事者としては、専門的な知識に乏しい調査で刑事訴追されてはたまらないし、警察の捜査への無条件協力は犯罪捜査と同一視されるようなもので受け入れ難い。また、結果的に医療安全にもつながらない。
 日医は、厚労省の「医療安全調査委員会設置法案(仮称)大綱」に賛成の見解を示し、その真意を理解してもらう為として「刑事訴追からの不安を取り除く為の取り組み(まとめ)−医療安全調査委員会設置法案(仮称)大綱案に対する意見について−」と題したレポートを日医ニュース(3月20日号)別刷りで配布した。その後半部分で「専門家集団としての医師の責務」として、『医師は、(中略)専門家集団としての医師が行う行為を、自律的・自浄的に管理しなければならない。従って医学や医療の管理だけでなく、当然、医療事故の管理も職業的専門家の集団である医療界が、今までのように刑事司法に任せるのではなく、職業的規律と専門的知見に基づいて自ら行わなければならない』としている。つまり、医療界、医師会のオートノミーの問題として捉え、医療安全調査委員会の早期の実現を訴えているのである。

 ※ご質問や何かお知りになりたい情報(テーマ)がありましたら医療情報室までお知らせ下さい。
   (事務局担当 工藤 TEL852-1501 FAX852-1510)
 

担当理事 原  祐 一(広報担当)・竹中 賢治(地域医療担当)・徳永 尚登(地域ケア担当)


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