医療情報室レポート
 

bP31  
 

2009年 5月 1日
福岡市医師会医療情報室
TEL852-1501・FAX852-1510 

印刷用

特 集 :新自由主義とは何だったのか?その1
     〜医療分野にもたらしたもの〜
 
 
我が国は、アメリカ主導の「新自由主義」と決別する為、抜本的政策転換の過渡期にある。大恐慌に
巻き込まれてしまうような過った舵取りは行ってはならず、将来どのような社会を実現させて行くの
か、具体的なビジョンを示す必要がある。

 アメリカのサブプライム問題から端を発した世界規模の経済危機は、我が国においても自動車産業を始めとする製造業を中心に、輸出の急激な落ち込みや国内需要の冷え込みが社会の各方面に深刻な影響を及ぼしている。いわゆる「派遣切り」の言葉に象徴される労働者の大量解雇は、「ネットカフェ難民」と言われる新手の貧困層を生みだし、格差社会の風潮が一層助長されている。
 このような状況の下で、2001年から5年間続いた小泉政権に代表される「新自由主義」の思想に基づいた構造改革路線は、徹底した「小さな政府」志向で、「民間活力導入」の美名を掲げ、「弱肉強食」、「優勝劣敗」の風潮と極端な市場原理主義により社会の安定感を損ねてしまった。大恐慌の再来が懸念される今、ケインズ経済学再評価の声が上がる等、新自由主義の見直しと、抜本的な政策転換が求められている。
 医療の分野では、福田政権の頃より徐々に「新自由主義」路線が軌道修正され、社会保障のあり方に対し見直しの議論が始まった。
 今回は、世界中を混乱させた「新自由主義」思想を取り上げ、第1回目は、これまでの政治・経済・社会思想の解説を中心に、この思想がもたらしたもの等をまとめた。

 政治・経済・社会思想は変化してきた 〜自由主義とは?〜
自由主義的な思想は、もともと近代市民階級の思想やイデオロギーとして登場し、イギリスで13世紀初頭に制定された「マ
グナ・カルタ(1215年)」より発展して行き、「権利請願(英 1628年)」、「権利章典(米 1689年)」、「アメリカ独立宣言
(米 1776年)」、「フランス人権宣言(仏 1789年)」等において憲法・宣言の形として明記された。
自由主義の考え方は17〜18世紀に欧米における市民革命期に生まれた。近代市民階級が絶対君主の抑圧から解放されるこ
とを求め、「人間は何ものにも拘束されず、自分の幸福と安全を確保する為に自由に判断し行動できる存在となるべき」と主張
した思想であり、近代民主主義思想の最も基本的な思想原理と言える。
18〜19世紀末  ■ 古典的自由主義(Classical liberalism)
政治・経済・社会思想 主義・主張 時代背景・政策 主な理論家
古典的自由主義
(Classical liberalism)
経済自由主義
市場自由主義
個人の自由と「小さな政府」を強調し、福祉国家論に反対の立場
レッセ・フェール(自由放任)の経済によって、「見えざる手」が働き、
 社会全体の利益となる
・自由と幸福を増進する政策を提唱し、起業家精神を奨励、生産効率性を
 高めるために重商主義の保護政策に反対、市場経済の承認を主張
啓蒙思想(欧州)
帝国主義(英)
保護貿易(英)
経済への国家の介
入(英)
アダム・スミス(英)
ジョン・ロック(英)

ジョン・シュチュアート・ミル
(英)
トマス・ジェファーソン(米)
リチャード・コブテン(英)
市場原理主義は、企業等が利益を最大化する行為の行程において失業問題・構造的貧困・環境問題等が生じかえって社会的自由を阻害した!
自由と平等をめぐり思想的衝突があり、修正を余儀なくされた!
19世紀末〜20世紀  ■ 現代自由主義(New liberalism)
現代自由主義
(New liberalism)
社会自由主義
福祉自由主義
レッセ・フェール(自由放任)が人々に自由をかえって阻害
・個人の自由・独立した選択を保障する為に、政府・地域社会による積
 極的な介入が必要(大きな政府・福祉国家)
国家による富の再分配、地域社会による相互扶助を肯定
・個人の権利を犠牲にし集団の権利を追及
参政権の拡大(英)
ワイマール憲法制定(独)
世界恐慌
ニューディール政策
(米)
ジョン・ロールズ(米)
ジョン・メイナード・ケイン
ズ(英)

ジョン・デューイ(米)
レオナルド・ホブハウス(英)
石油危機が発生し世界は低成長時代に突入した結果、消費が低迷し、スタグフレーション・財政赤字等の問題が深刻化した!
現代自由主義(New liberalism)への批判が経済学のシカゴ学派から起こる!
20世紀後半〜 ■ 新自由主義(Neo liberalism)
新自由主義
(Neo liberalism)

新保守主義
・古典的自由主義(Classical liberalism)の考えを基礎とする
市場原理主義の思想を、政府の経済・社会政策、個人の人間類型等
 に適用する
競争の強化、格差の拡大を容認し、累進税率や社会政策による所得
 再分配を非難
石油危機
サッチャリズム(英)
レーガノミクス(米)
中曽根行革(日)
聖域なき構造改革
(日)
フリードリヒ・ハイエク(墺)
ミルトン・フリードマン
(米)
世の中を混乱させた新自由主義
新自由主義思想・政策
新自由主義(Neo liberalism)は、前ページで取り上げた古典的自由主義を基礎とし、経済政策における自由主義の思想を取
り入れた新しい政治・経済・社会思想である。1970年代のイギリスのサッチャー・アメリカのレーガン政権期の政策はこの
思想に基づいている。
我が国では、1980年代の中曽根政権期、2000年代の小泉・安倍政権期に経済政策における自由主義、すなわち市場原理主
義思想に基づいて、規制緩和、自由貿易・自由経済の推進、社会保障・福祉の縮小、派遣労働者の制限の緩和等、効率重視の
政策が押し進められた。
特に、小泉政権期においては、竹中平蔵氏を閣僚に起用し、特に「新自由主義」の政策色を強くした。労働者派遣法を改正し、
派遣社員の派遣期間を3年から無制限に延長としたり、特殊法人の独立行政法人化を推進する等、自由競争と市場原理の思想を
重んじた。
医療分野では、医療制度改革関連法案でサラリーマン・70歳以上の高所得者の診療費窓口負担を2割から3割へ引上げ、2006
年度診療報酬改定時における再診料引き下げ、構造改革特区による規制緩和の促進、特別養護老人ホームの施設入所者の居住
費・食費を保険適用外とする、後期高齢者医療制度の導入等「改革なくして景気回復なし」を合言葉に様々な医療費削減政策
が実施された。
新自由主義の光と影
 〜市場原理主義導入により〜
1970年代−
英サッチャー、米レーガン政権による国営企業の民営
化、規制緩和による経済の活性化
アメリカ・石油危機によるスタグフレーションからの克服
1980年代−
日本・中曽根政権による電話、国鉄の民営化
1990年代−
アメリカ・産業競争力の回復
ブラジル・通貨の安定成長
2000年代−
日本・小泉政権期、経済政策による失業率、企業倒産
件数等の改善
 〜自由競争激化・格差拡大により〜
1990年代−
イギリス・鉄道民営化による事故多発、経営悪化
南米・経済危機
南ア・水道民営化による水道料金の上昇
韓国・失業の増加
2000年代−
アルゼンチン・経済危機
日本・小泉政権期の郵政民営化によるサービスの悪化、労働者
派遣法の規制緩和による労働環境の悪化
世界金融危機
新自由主義が世界中にもたらしたものは…
ワーキングプア等に見られる格差社会 地域間格差の拡大 非正規
雇用者の増加 資本のグローバリズム化による環境破壊 犯罪多発
麻薬汚染 ストリートチルドレンの増加 etc…
我が国の医療は…
混合診療導入の試み 医業経営への株式会社参入
医療費2,200億円削減政策 etc…
日本の医療分野は
 医療の「アメリカ化」=社会保障制度の後退化が進んだ!
新しい資本主義思想として世界中に広がった「新自由主義」は、様々な功績を残すと同時に深刻な格差社会を生み、新たな社会的問題をもたらした。IMFは理論・実践的に新自由主義的経済政策の推進は誤りであったとし、経済学者からも新自由主義的政策で経済が回復した国は存在しないことが指摘されている。
ニューケインジアンと呼ばれる学者がアメリカ・オバマ政権のブレーンに名を連ねる等、ケインズ経済学の復活が叫ばれる中
で 現代自由主義が再評価されている。この思想を賢明に活用しながら、現在の経済不況に対する効果的な政策を早急に議論す
る必要がある。また、アメリカにおいて証券市場調査の為に設置されたペコラ委員会は、世界恐慌当時のウォール街の証券市
場関係者の不正行為を暴いたとされているが、これに習い、我が国においても現在の金融危機に対して、経済市場の問題点や
改善策を徹底的に調査し、市場の安定化を図って行く必要があるのではないだろうか。
<医療情報室の目>
 「新自由主義」による具体的な政策として、均衡財政主義、福祉・公共サービスの縮小、公営企業の民営化、経済の対外開放、規制緩和による競争の促進、労働者保護政策の縮小等があるが、1980年代からの約30年にわたり、主要各国の政策は規制縮小をモットーに実施されてきた。「新自由主義」の唱える「小さな政府」を実現する為に、政府支出や社会福祉を削減し、医療・介護の分野にも市場原理を導入した。近年、我が国が実施した郵政民営化や社会保障費2,200億円の削減政策もこの思想に基づいている。
 しかしながら、「100年に1度の大不況」と言われるような危機的状況に陥り、競争を是とし、伝統や宗教にとらわれることなく、合理的に思考・行動し、他者が不幸になっても何の道徳的責任を感じたりしない「新自由主義」思想は、結局、世界経済を不安定にし、人々の所得格差を拡大させ、さらには環境も破壊する結果となってしまった。
 新自由主義者は、未だに「改革が足らないから、経済が悪化している。さらに構造改革を進め、インセンティブを与えれば雇用も増える。」と主張している。アメリカ式の構造改革や「新自由主義」の原理は、個人主義の国で効果があるのであり、我が国の終身雇用・年功序列に見られるような長期的な関係を重視し、伝統を重んじている国には馴染まない。「新自由主義」の浸透により、日本社会における伝統的価値の良き部分が変質してしまい、相互信頼が失われてしまった。
 「新自由主義」による政策は終わりを告げ、今後はその反動で社会保障は充実されていくことが予想される。政府・与党は、先月10日に補正予算としては過去最大規模の事業規模56.8兆円、国費15.4兆円にも上る追加経済対策を決定した。医療部門は、「地域医療再生計画」の支援基金創設として3,100億円が計上された。
 我が国の医療は、憲法第25条に基づいた社会保障の一環として公平・平等を理念とされなければならず、中身を吟味しないで民営化・規制撤廃を貫徹する改革の中で議論することはあまりにも危険である。医療分野においては、「新自由主義」政策により経済が好況になったとしても、廃退してしまう可能性はあるし、必ずしも社会保障の充実には繋がらない。それはアメリカの医療を見れば一目瞭然である。むしろ医療には、国庫負担を増やし社会保障としての国民皆保険制度を充実させることが重要であり、共助・公助の精
神を忘れてはならない。次号以降で、本号の内容を踏まえ「新自由主義」が医療にもたらしたものを詳しく取り上げたい。

 ※ご質問や何かお知りになりたい情報(テーマ)がありましたら医療情報室までお知らせ下さい。
   (事務局担当 工藤 TEL852-1501 FAX852-1510)
 

担当理事 原  祐 一(広報担当)・竹中 賢治(地域医療担当)・徳永 尚登(地域ケア担当)


  医療情報室レボートに戻ります。

  福岡市医師会Topページに戻ります。