医療情報室レポート
 

bP19  
 

2008年 4月 25日  
福岡市医師会医療情報室  
TEL852-1501・FAX852-1510 

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特 集 : 医師不足問題から見た医療崩壊
 
 
いま、地域医療は崩壊の瀬戸際にある。その大きな要因の一つが、「医師不足」である。人口構成 の変化、国民意識・社会の変化、制度改革、医療の進歩など、原因は複合的なものだが、その影響 は国民の生命・健康に直結するだけに深刻だ。

厚労省は、「医師は偏在しているだけであって、不足しているわけではない、むしろ医師数全体の動向としては、充足の方向にある。」という見解を永らく示してきた。しかし、これまで医療提供者側のみの問題として受け止められていた医師不足は、救急医療・産科医療などに綻びが目立ち始めた医療そのものに対する不安といった形で国民に広がっていき、昨年の参院選では、政党のマニフェストにも盛り込まれ争点の一つとなった。政府・与党は「緊急医師確保対策」を決定し、さらに「骨太の方針2007」でも採り上げるなど、医師不足問題はへき地・離島はもとより、地域の拠点病院や診療科による偏在も深刻の度を増しており、特に小児科・産科・麻酔科の医師の不足は喫緊の解決課題である。
 今回は、様々な社会環境の変化と複合的に組み合わさって社会問題化している医療崩壊を医師不足の観点から考察し、医師不足の原因・現状やその影響、政府の対策などをまとめた。

医師不足問題とは?

医師の需給に関するこれまでの政府見解

1986年(昭和61年)旧厚生省「将来の医師需給に関する検討委員会」
  昭和100(平成37年)には全医師の1割程度が過剰となると推計し、昭和70(平成7年)を目途に医師の新規参入を10%程度削減する必要があると公表した。
これを受けて、医学部の入学定員の削減について関係各方面に協力を求めてきた。
1998年(平成10年)厚労省「医師の需給に関する検討会」
地域的に見て医師の配置に不均衡が見られるものの、現在(1998年の時点)の医師数の状況は全体としては未だ過剰な状態に至って いない。
診療所医師数の増加がある程度続いた後は、医師の過剰問題がより一層顕在化し始める。
医師過剰を懸念し、2020年には供給医師数の下位推計が必要医師数の上位推計を上回ると予測していた。(裏面※1,2参照)
しかし現状は・・・

OECD加盟国中、1人当たりGNPが平均以上の国において、我が国は人口当たりの医師数が最も少ない。
(詳細は、医療情報室レポートNo.110「日本の医療を考える その2〜医療の国際比較〜」に掲載)
我が国は高齢化が著しく進展したが、医師数は微増にとどまり高齢化に対応した医師の供給強化が行われていない。

■ 医師不足の原因と現状

原因 現状・影響
医師の絶対数と必要数の不均衡 ・我が国における医師数は約28万人存在するが、医師数はOECD加盟国の平均以下であり絶対数が不足している。
・超過勤務、頻回の当直など、医師をはじめとする医療従事者の使命感や努力に支えられているのが実情である。
地域偏在 ・地方に派遣されていた医師が、医局人事により引き上げとなった場合、地方の病院は医師を捜さなければならない。
・地方の病院の勤務状況は、ほぼ24時間365日の勤務を要求する地域もあり、労働条件が過酷な場合がある。
・都会の病院の方が症例数が多く、やり甲斐があると考え、地方の病院に勤務することを避ける。
・居住している地域の利便性を考慮し、都会の病院の勤務を希望する傾向にある。
診療科等による需給不均衡 ・外科、小児科、産科等は特に過酷な勤務条件と言われており、志望する医学生が減少しており、また転科する医師もいる。
・新医師臨床研修制度により2年間の臨床研修が義務づけられ、様々な診療科で研修を行わなければならなくなった為、志望する診療科の過酷な勤務状況を目の当たりにして志望を変える場合がある。
・勤務医の過酷な労働条件に耐えかねて退職や開業をする医師が増加している。
新医師臨床研修制度 ・年間約8,000人の医師が誕生している医師労働市場から、約16,000人(8,000人 × 2年間)の医師が事実上消滅したような状態である。
・都市部や高収入を提示する病院に勤務希望が集中している。
・一般の民間大学でも研修が出来るようになり、研修医は医局に属さずに研修を受けることが出来るようになった為、低収入で下働きが多いとされる大学病院での研修を避け、結果、大学病院の医師が不足している。その為、大学病院は地方の病院に派遣をしていた医師を引き上げている
医局の力の低下 ・地方の病院に医師を派遣するいわゆる人材派遣の機能のある医局に人員が減少しており、地方の病院に医師を派遣することが困難になっている。
女性医師の増加 ・結婚、出産、子育てと医療とを両立できる環境が十分に整っておらず、退職せざるを得ない現状がある。また、職場復帰しても子育てに時間を取られるため、短時間の就業しか出来ず、さらに当直ができない、過酷な診療科を避けるなど労働条件が限られてくる。
医療訴訟の増加 ・医療訴訟は10年前と比較し1.6倍増加している。
・産科は福島県立大野病院産科医逮捕事件を例に、刑事訴追されるという認識が広がり、産婦人科を閉鎖したり、産婦人科を志望していた医学生が志望を変える場合がある。
<医療情報室の目>
 1983年に当時の旧厚生省保険局長である吉村仁氏が「医療費亡国論」を唱え、医師の供給は73年の一県一大学政策も影響し、近い将来医師過剰となるとされた。86年に医学部の定員削減による医師数抑制が決定されたのを機に、OECD加盟国の医師数の平均が増加しているのとは逆に、我が国の医師数は頭打ちに転じ、医師不足の問題が顕在化してきた。これは、旧厚生省が、2025年には医師が供給過剰になるとの見込み違いの推計値を公表した時から、起こるべくして起こった事態だ。勤務医の過重労働や、いわゆる医師の「立ち去り」が医療現場で当たり前のようになったのは古いことではないが、その種は早いうちに播かれていた。現在では、医師不足は単なる量的な問題ではなく、医療費抑制や医療制度改編の煽りをもろに受けて構造的なものに変質している。新医師臨床研修制度により、各地の病院への最大の医師供給源であった大学医局の人材が払底し、医事紛争に対する忌避感から、産婦人科や小児科といったリスクの高い診療科には医師が集まらず、少ないスタッフで高リスクの診療科を維持するには、医師の過重労働に頼らざるを得ない。そして、そうした境遇に耐えられない医師達は次々に現場を去り、条件の整った大都市や大病院にポストを求めるか開業を選択し、救急医療の空洞化や地域による医師の偏在格差を生んでゆく。まさに「負」のスパイラル現象である。今年度、政府はようやく医師確保対策に、対前年度比74%増の約161億円を予算計上し、医学部の定員増を決定したほか、診療報酬改訂の基本方針にも、医師不足に起因する勤務医の過重労働軽減に目配りしたとされる。しかし、医師不足問題から見た医療崩壊は、もはやバンドエイド的な対策ではどうにもならないところまで来ている。しかも、勤務医は過重労働を強いられるが、一方開業医は楽をしているという厚労省の見解は現実を配慮しておらず、まさに、これは古代ローマ帝国が用いた「分割統治」の発想である。そしてその発想の原点は、上述の「医療費亡国論」にあり、小泉内閣時代の「聖域なき構造改革」で増幅され、今や医療崩壊の瀬戸際まで追い込んでしまった。厚労省はいつになったら目を覚ますのか。

 ※ご質問や何かお知りになりたい情報(テーマ)がありましたら医療情報室までお知らせ下さい。
   (事務局担当 工藤 TEL852-1501 FAX852-1510)
 

担当理事 原  祐 一(広報担当)・竹中 賢治(地域医療担当)・徳永 尚登(地域ケア担当)


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