医療情報室レポート
 

bP17  
 

2008年 2月 29日  
福岡市医師会医療情報室  
TEL852-1501・FAX852-1510 

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特 集 : 温泉と医療
 

 日本人は世界に冠たる「風呂好き・温泉好き」である。我が国には、3,000ヵ所以上の温泉地が存在し、多くの国民が気軽に温泉を利用していることも、その傾向に拍車をかけているのかも知れない。温泉は地球の歴史とともに古く、世界有数の火山国である我が国では、「古事記」「日本書紀」など上代の史書にも既に温泉の記述があり、温泉地を描いた古絵図も残されている。また、温泉に浸かり、効能あらたかな温泉で炊いたお粥を食べて身を清めて参拝したという温泉信仰も各地に伝承されている。温泉には様々な効能を持った成分が含まれており、古代から病気や傷を治すために利用され、神聖なものとして崇められていた。現在、我が国の温泉は観光地化され、各地で開発が進み、露天風呂、家族湯、足湯などがブームになっている。
 温泉に入湯、あるいは飲用、吸入することにより体調を整え、傷、疾病を治療することなど、医療の代替・補完作用についての科学的検証は、九州大学温泉治療学研究所(現 九州大学病院別府先進医療センター)の先駆的な活動が有名だが、欧米では温泉治療に保険が適用されている例もあることに比べると、我が国では温泉の医療への積極的な活用は今だしの感がある。
今回は、医療情報の分析から少し離れ、温泉と医療をテーマに温泉の定義、歴史、泉質、効能、医学的効果などをまとめた。
  

●温泉とは?

定義・歴史
  「温泉」とは、地中からゆう出する温水、鉱水及び水蒸気その他のガス(炭化水素を主成分とする天然ガスを除く。)で、下記別表に掲げる温度又は物質を有するものをいう。(温泉法第2条)
  地中からゆう出する際の温度が25℃以上であれば、「温泉」とされ、25℃未満であっても、下記別表の19種類の物質のうち、いずれか1つ以上の条件を満たせば、「温泉」に分類される。


日本の温泉の歴史

〜古代〜


 6世紀に各地で編纂された歴史的文献に基づくと、愛媛県・道後 温泉「伊予の湯」、和歌山県・白浜温泉「牟婁の湯」、兵庫県・有 馬温泉「有間の湯」が日本三古湯と呼ばれ、入浴すると病気が良 くなったりすることから温泉は神聖な存在であった。

〜中世〜

 鎌倉時代(12世紀)になると、武士や高僧などが湯治したとされ、 温泉は湯治場として機能し湯宿ができた。戦国時代(15世紀)に なると、傷兵を温泉で治療したり、武田信玄や真田幸村などの戦 国武将の「隠し湯」と呼ばれる温泉地が存在した。

〜近世〜

 江戸時代(17世紀)になると、将軍や各地の大名が湯治を盛んに 行う一方で、一般庶民も伊勢参りや金比羅参りなどの行き帰りに 温泉を利用するようになった。

〜近代〜

 明治・大正・昭和時代(20世紀)になると、鉄道が整備されるとと もに、温泉の開発が進められ、温泉地は湯治場から保養・慰安の 場へ発展した。戦時中は学童の疎開地になったり、負傷兵の療養 の場になった。

〜現代〜

 宿泊施設の大型化と温泉地のリゾート化が進み、観光バスで多く の団体客が訪れるようになった。温泉開発はレジャー産業の一環 として、多くの温泉施設や日帰りの立ち寄り湯が作られた。
別 表
 1.温度(温泉源から採取されるときの温度とする。) 摂氏25度以上
 2.物質(下に掲げるもののうち、いずれか1つ)
泉質と効能
泉 質
 温泉・鉱泉の科学的性質について説明したもの。ゆう出する温泉には様々な物質が含まれており、それらの物質のうち温泉法により定められた特定の物質。温泉1s当たりの溶存量・総溶存量によって泉質の分類が決められる。昭和54年に新泉質名が導入されたが、旧泉質名の方がわかりやすいことから併用されることが多い。
効 能
 入浴や飲泉によって得られる効果のこと。人体にとって有益な効能のみでなく悪影響を及ぼす効能も存在し、有益なものは適応症、悪影響があるものは禁忌症と言われる。これらの効能は、旧環境庁が昭和58年に定めた「温泉の適応症決定基準」に基づく。

■ 温泉の泉質と効能

旧泉質名 新泉質名 成分・特徴 効 能 主な温泉地
単純温泉 単純温泉 アルカリ性単純温泉 ・含有化学成分が温泉水1s中、1,000rに満たない
・無色透明、無味無臭、肌への刺激が少ない
神経痛 リウマチ
疲労回復
下呂温泉(岐阜)
鹿教湯温泉(長野)
単純炭酸泉 単純二酸化炭素泉 ・遊離炭素を含み、身体中に泡が付着する
・血液の循環が良くなり、血圧を下げる
心臓病 高血圧症 冷え性 動脈硬化症 長湯温泉(大分)
重炭酸土類泉 カルシウム(マグネシウム)
-炭酸水素泉ほか
・陰イオンの主成分が炭酸水素イオン、陽イオンがカルシウム、 マグネシウム
・鎮静、消炎作用
皮膚病 痛風 
胃腸病神経痛
湯沢温泉(茨城)
重曹泉 ナトリウム-炭酸水素塩泉ほか ・陰イオンの主成分が炭酸水素イオンの温泉のうち陽イオンがナトリウム
・皮膚を軟化させ、肌がなめらかになる
皮膚病 切り傷 
胃腸病
川湯温泉(和歌山)
小谷温泉(長野)
食塩泉 ナトリウム-塩化物泉ほか ・陰イオンの主成分が塩素イオン
・なめると塩辛い、保温効果が高く、湯冷めしにくい
冷え性 火傷 神経痛
婦人病
熱海温泉(静岡)
片山津温泉(石川)
硫酸塩泉 硫酸塩泉ほか ・陰イオンの主成分が硫酸イオン
・正苦味泉、芒硝泉、石膏泉にわかれる
切り傷 火傷 高血圧症 動脈硬化症 黒川温泉(熊本)
法師温泉(群馬)
鉄泉 鉄泉ほか ・温泉水1s中、20r以上の総鉄イオンを含む
・ゆう出時は透明だが、次第に酸化し茶褐色に変化する
湿疹 リウマチ 
更年期障害 
飲泉は貧血
天狗温泉(長野)
有馬温泉(兵庫)
明礬泉 アルミニウム・鉄-硫酸塩泉ほか ・陰イオンとして硫酸イオン、陽イオンとしてアルミニウムを主成分
・美肌効果
皮膚病 水虫 結膜炎 白内障 万座温泉(群馬)
微温湯温泉(福島)
硫黄泉 硫黄泉ほか ・温泉水1s中、2r以上の総硫黄を含む
・殺菌力が強い
神経痛 リウマチ 皮膚病 婦人病 日光湯元温泉(栃木)
箱根温泉郷(神奈川)
酸性泉 単純酸性泉 ・多量の水素イオンを含み、強い酸性を示す
・殺菌力が強く、肌の弱い人は不向き
皮膚病 水虫 湿疹 リウマチ 神経痛 玉川温泉(秋田)
草津温泉(群馬)
放射能泉 単純放射能泉ほか ・温泉水1s中、111ベクレル以上のラドンを含む 神経症 リウマチ 更年期障害 三朝温泉(鳥取)
増富温泉(山梨)

温泉の医学的効果
入浴による効果
  @ 温熱効果〜温められた身体は血行を促進し、新陳代謝を活発にする。ぬるめの湯(36〜38℃)は副交感神経を刺激し、身体をリラックスさせ 気分を落ち着かせる。熱めの湯(42℃以上)は交感神経に作用し、心身を刺激して活動的になる。
  A 水圧効果〜胴回りを3〜6p縮めてしまう程の水圧がかかり、血液の循環を良くし心臓の働きを高める。また腹部にかかる水圧が横隔膜を押 し上げることにより肺の容量を減少させ、呼吸の回数が増え心肺機能を高める。
  B 浮力効果〜浮力が働き、身体の筋肉の緊張がほぐれ、緊張から来る脳への刺激が減少し、心身が解放される。
飲泉による効果
  成分分析上飲泉による効能が認められるが、消毒していない湧き水を飲むことになるので、泉質によっては飲用に適さない温泉もある。保健所が許可してないため、飲泉が禁じられている温泉が多い。
転地効果(心理効果)
  普段と違う場所で、毎日の生活とは異なった環境に身を置くことで、心理的ストレスから解放される。

温泉療法
   一定期間温泉地に滞在し治療することで、皮膚炎、呼吸器疾患、骨折などに加え、神経症、自律神経失調症などにも効果が認められる。疾病や障害の治療、健康増進に役立つ温泉の効能が医療の分野で利用・研究されている。
温泉の効能に特化した温泉療法を実施し、療養・リハビリを行う温泉病院が全国各地に存在する。
  スポーツ選手などが温泉療法を取り入れたり、温泉やスポーツが身体に与える医学的効果を研究する施設が設置されるなど、医療の補助的な役割であった温泉療法は、医療の最新の分野においても研究されている。
  薬物療法で見られる副作用のない治療なので、薬を使用したくない健康志向の患者が増えている中、温泉療法の利用が注目されている。
  日本医学会の分科会である日本温泉気候物理医学会をはじめとして、専門医認定制度を設けたりするなど、温泉療法の学術研究・医学的応 用を推進する各種学会が存在する。
  予防医学や現代医療の代替・補完医療としての温泉の科学的有用性の究明
温泉療法への健康保険適用を実現させるための理論構築や温泉活用による医療費削減の実現

<医療情報室の目>
  江戸時代の滑稽本「浮世風呂」に活写されているように、古来、日本人は、入浴・入湯を身体の垢を落とす衛生行動としてだけでなく、心身のリフレッシュと社交の場に変えてきた。ほとんどの家庭に内風呂が普及している現代でも、各地の温泉に湯治客や観光客が押し寄せ、隆盛を極めていることを見ても、入湯、とりわけ温泉と日本人の関わりは「温泉文化」と言える域に達している。
 「湯治」を医療行為として見た場合、その効能についての科学的検証はなかなか困難で、疾病や傷を治す効果は、昔からの伝承に基づいた「信仰」に近いところもあり、やはり「リラックス効果」「癒し効果」が温泉の最大の効能であるようだ。最近では、温泉旅館と医療機関のタイアップによる湯治ツアーが企画され、温泉地の活性化に医療が一役買っているところもある。また、温泉地に住んでいる児童は、都会の児童よりも風邪の罹患率が低いことが確認されたり、保健事業などに温泉を活用することで、老人医療費の削減効果が期待されるなど、温泉は健康増進と医療費抑制の面からも見直されている。ヨーロッパでは古くから、温泉サナトリウムなど、病気治療や健康増進に積極的に温泉を活用しており、ドイツ・フランス・イタリアでは、温泉医療の保険適用が認められている。我が国では、温泉医学が保険評価されない現実があり、また、各地の温泉病院も縮小・廃止が進むなど、温泉医療を積極的に活用・展開する環境にない。これは、国が温泉療法を民間療法と位置付けてきたことも一つの要因となっている。
 世界有数の豊富で多様な温泉資源は、確実に日本人のライフスタイルに組み込まれているので、如何にそれを活用し、国民の健康増進と疾病予防に有機的に繋げていくかが今後の課題だ。

 ※ご質問や何かお知りになりたい情報(テーマ)がありましたら医療情報室までお知らせ下さい。
   (事務局担当 工藤 TEL852-1501 FAX852-1510)
 

担当理事 原  祐 一(広報担当)・原 村 耕 治(地域ケア担当)


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