医療情報室レポート
 

bU3  
 

2003年7月25日
福岡市医師会医療情報室  
TEL852-1501・FAX852-1510 

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特集:SARS対策に学ぶ危機管理体制

 昨年11月より世界的規模で感染拡大していった重症急性呼吸器症候群(SARS)。本年7月5日(土)には最後の感染伝播地域である台湾が対象から外され、ひとまずは終息したこととなるが、今冬における再流行も心配され、未だ再流行の懸念は拭いきれないと言える。
 世界的に拡大感染していった背景には、グローバル化や情報公開の遅れ等が挙げられるが、わが国においては、多くのアジア周辺国で感染地域が発生したにも拘わらず、幸いにも感染者は発生しなかった。
 しかし、5月にはSARSに感染した台湾人医師が近畿圏を観光旅行するといった問題が発生し、国内に様々な波紋を呼ぶと同時に、わが国における危機管理体制の甘さが露見してしまった。今後もわが国にSARSが上陸する可能性が残されており、十分な危機管理体制の必要性が叫ばれている。
 そこで今回は、わが国や福岡市における危機管理体制や個々の医療機関において必要な防止対策などについてまとめてみた。
 

重症急性呼吸器症候群(SARS)概要


 SARS [severe acute respiratory syndrome]
 
本年3月に東アジア(中国の広東省・香港特別行政区、ベトナムのハノイなど)を中心に急速に広まった新しい感染症。
 
本年2月ベトナム・ハノイにおける報告が初の症例。しかし、昨年11月に中国広東省において集団発生した非典型肺炎も同一のものが原因とされている。
 
肺炎に似た症状で、38℃以上の高熱、呼吸困難、頭痛、全身倦怠感、意識混濁などの症状がある。当初、原因が特定できず、感染経路も不明確であったが、世界保健機関(WHO)は4月に新型のコロナウイルスが原因と確認し、SARSコロナウイルスと名付けた。
 
発症者の多くは医療従事者および患者の家族等であり、多数の人に感染が拡大する疾患ではないと考えられる。主要な感染経路としては飛沫感染が想定され、また、致死率は10%弱程度とされるが回復例も多い。医療従事者に関しても原因が特定された今では適切な防御策を講じることで、感染を防ぐことが可能と考えられている。


医療機関における対応


 ★日医のSARS対策
 
実際にSARS患者が発生した場合について日医では次のように指導している。


 1.SARSが疑われる場合の対応
 

電話相談の指示
 
 
38℃以上の発熱やせき・息切れがあり、10日以内にWHOの指定する流行地域から帰国したか、または10日以内にSARS患者と濃厚な接触があった患者は、必ず事前に最寄の保健所あるいは医療機関に電話で相談し、指示を受けること
 

初期対応医療機関の紹介

 
 
電話相談を受けた医療機関は、初期対応医療機関を紹介し、受診をすすめる。
 
 
 ※少なくとも通院可能な地域(二次医療圏)に1カ所以上の初期対応医療機関を整備・指定する。
 
 
 ※初期対応医療機関を紹介すれば、感染拡大を防ぐ正当な対応で診療拒否にはならない。

 2.知らずに来院した患者の中でSARS(疑い例・可能性例)を診断した場合
 

外来来院患者名簿の作成(経時的)

 

患者を個室へ隔離し、保健所へ報告
 

診療側の対応 → 二次感染の拡大防止に努力
 
 
 ※消毒、マスク手袋等による防御、エアコン中止、接触医師・看護師等の健康管理



日医の要望により、厚生労働省が、SARSの疑いがある患者の初診を担当する各都道府県のSARS専用外来指定医療機関
 
(約500施設)に対して、財政支援をすることが決まっている。


SARS専用の入り口・患者誘導用表示板・専用通路確保用
パーテーション・診察台などを整備する費用

基準額 50万円 程度
マスク・ガウン・キャップ・ゴム手袋などの消耗品費 40万円



日本医師会感染症危機管理対策室は、7月24日までに、SARSへの対応を追加した「海外旅行必携ハンドブック〜海外での感染症を予防するために」の追補版を作成している。


 ★福岡市医師会・福岡市のSARS対策
 
SARSが疑われる患者が電話などによる問い合わせなしに、一般の医療機関へ外来受診するといった万一の事態が発生しないように、本会では福岡市と連携して医療機関及び市民への広報活動を次の通り行った。




対策会議等
 重症急性呼吸器症候群対策委員会設置(福岡県医師会)
 福岡市感染症危機管理専門委員会設置(福岡市)
 SARS予防対策研修会(福岡市と共催)
 SARS緊急対策会議開催(本会)


広報活動等

本 会
 SARS対応外来管理マニュアル・SARS対応等について、随時週報により広報
 福岡県医師会作成のポスター3種類を配布
 SARSによる医療機関の休業補償についての保険の広報

福岡市
 市政だよりによる広報2回、公民館や教育機関・福岡空港等の公共施設におけるちらし配布
 ホームページによる情報提供、記者発表やテレビ局の取材対応 等


報告例に見るSARS実際の標準的治療


 
SARS患者の治療を実際に行った香港のPamela Youde Nethersole Eastern Hospital 及び Queen Mary Hosiptalの医療チームからSARSにおける標準的治療プロトコールが報告されているので次の通り紹介する。治療法については今後の更なる検証が必要であろうと思われる。


成人患者におけるSARS(疑い例及び可能性例)に対する標準的治療プロトコール
抗菌薬療法
レボフロキサシン500mg1日1回静脈内または経口投与を開始。
または、患者が18歳未満、妊娠中、あるいは結核症が疑われる場合にはクラリスロマイシン500mgの1日2回と合剤アモキシクラブ(アモキシシリンとクラブラン酸)375mg1日3回を経口投与する。
リバビリンとメチルプレドニゾロン
 以下の場合にはリバビリンとメチルプレドニゾロンの併用療法を追加する。
胸部X線写真が拡大あるいは両側性である。
または、胸部X線写真陰影および高熱が2日間持続している。
または、臨床所見、胸部X線所見、あるいは検査学的所見が悪化を示唆している。
または、通常室内気換気時のヘモグロビン酸素飽和度が95%未満である。
標準的な21日間の副腎皮質ステロイド療法
メチルプレドニゾロン1mg/kgを8時間毎に(3mg/kg/日)5日間静脈内投与。
次にメチルプレドニゾロン1mg/kgを12時間毎に(2mg/kg/日)5日間静脈内投与。
次にプレドニゾロン0.5mg/kgを1日2回(1mg/kg/日)5日間経口投与。
次にプレドニゾロン0.5mg/kgを1日1回3日間経口投与。
次にプレドニゾロン0.25mg/kgを1日1回3日間経口投与。
そして休薬。
10〜14日間のリバビリン療法
リバビリン400mgを8時間毎に(1200mg/日)3日間以上(あるいは状態が安定するまで)静脈内投与。
次にリバビリン1200mgを1日2回(2400mg/日)経口投与。
メチルプレドニゾロンによるパルス療法
臨床状態、胸部X線写真、あるいは酸素飽和度(このうち2つ以上)が悪化し、リンパ球減少症が持続している場合は、メチルプレドニゾロンによるパルス療法を実施する。
メチルプレドニゾロン500mgを1日2回2日間静脈内投与した後、標準的副腎皮質ステロイド療法に戻す。
換気
1分当たり6L以上の酸素を供給していても酸素飽和度が96%未満の場合、あるいは患者が息切れの増大を訴えている場合には、非侵襲的換気または機械的換気を考慮する。


(出典:臨床と薬物治療7月号,2003)
(原著:Lancet 361:1615-17,2003)


ベトナムにおけるSARS制圧


 
ベトナムがSARS制圧に成功したことはよく知られている。
本年3月に厚生労働省から緊急災害援助チームの医師3名が派遣され、全くの手探り状態の中で、現地の医療水準の高い病院内にも拘わらず次々と感染が広がる様子から新しい感染症と見抜いた。至急、日本から防護器材を送らせ、患者を完全隔離したことが二次感染を防ぐことに繋がった。未知の新感染症と見破ったことが迅速な対策と隔離処置に結びついた。
わが国においてもベトナムにおける迅速な対応を今後の感染症対策に生かしていきたいものである。


<医療情報室の目>
★増え続ける感染症-
 SARSのような未知の感染症は、この30年間に30種類以上確認されている。(1976/1995年エボラ出血熱[スーダン]、1981年AIDS[米国]、1986年BSE[英国]、1989年C型肝炎[米国]、1996年O-157[日本]、1997年トリインフルエンザ[香港]、 1998年ニパウイルスによる脳炎[マレーシア]、1999年ウエストナイル熱[米国]、2002年SARS[中国]等)−前世紀までは、急速に世界に拡大する感染症はインフルエンザ等の限られた感染症のみであった。
 近年になってから急速に新感染症が増加している原因には、人類の開発が自然の奥深くまで進んだことや交通手段の発達により感染症の越境が容易になったためと言われている。今度も新たな感染症が発生していくことは否めない。

★今年の冬に向けて-
 これ程世界各国に感染拡大していったSARSが我が国へ進入・拡大しなかったのは幸いである。しかし、本年5月にはSARSに感染した台湾人医師が入国するといった問題も発生する等、グローバル化が益々進行していく世界の中では、SARSに限らず諸外国で発生した感染症の進入を完全に防ぐことは不可能ではないだろうか。
 今回のSARS対策から学ぶことは、我々医療従事者としては、一次感染を前提としてとらえ(無論、一次感染[国内への進入]の予防が何よりではあるが)、二次感染の防止を常に意識しておく必要があるということである。第一線である我々医療従事者が二次感染の徹底的な危機管理対策を行うことにより、院内感染や外来患者の感染拡大阻止に繋っていく。そのためには、各種マスメディアやインターネット等を利用した行政による迅速な情報公開・提供が必要である。情報技術が発達した現在、最大限に利用しない手はないであろう。その一方で、今回学んだ新感染症への対応を指針としてまとめ、医療機関毎に備えておけば、情報・通信が麻痺した場合でも、今後の新感染症にも対処できるのではないだろうか?
 また、今冬に向け、各都市における情報網の確立や一般市民に向けた更なる広報も必要であろう。
 加えて、SARSの症状はインフルエンザの症状との見分けが難しく、今冬における主要な懸念材料となっている。一刻も早いワクチン、診断キットの開発、治療法の確立が望まれる。
 WHOでは、インフルエンザとSARSの両方への罹患の可能性が高い医療従事者に対して、インフルエンザ予防接種を行うように強く提言している。可能ならば、施設の高齢者や慢性心血管系疾患の患者等の感染リスクがある人々にもワクチン接種を推奨している。
 厚生労働省では、前頁のとおり各都道府県のSARS専用外来指定医療機関に財政支援をすることを決めているが、外来・入院施設や搬送設備等の更なる充実を期待したい。マスクや手袋など予防用の消耗品の増産も必要であろう。
 我々医療従事者こそが水際であるという意識を常に持ち続け、危機に対応できるよう準備を備えておきたい。

 ※ご質問や何かお知りになりたい情報(テーマ)がありましたら医療情報室までお知らせ下さい。
   (事務局担当 立石 TEL852-1501 FAX852-1510)
 

担当理事 長 柄 均(広報担当)・江 頭 啓 介(地域医療担当)・入 江  尚(情報担当)


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