東京・大阪・名古屋・京都で一年以上にわたって襲名披露興行をされてきた
十代目・坂東三津五郎さん。
 そのファイナルを飾る福岡・博多座での一ヵ月興行の真っただ中の2月19日、
昼の部と夜の部の間のわずかな休憩時間をいただき、お話をうかがいました――。



  
 今回、襲名披露で演じた
 神明恵和合取組 め組の喧嘩
 め組辰五郎
【坂東三津五郎さんプロフィール】
本名:守田寿(もりたひさし)。昭和31年1月23日、
東京生まれ。
■舞台歴/昭和32年、明治座にて七代目坂東三津五郎
 の「傀儡師」の唐子にて初御目見得(1歳2ヶ月)。
 昭和37年、歌舞伎座にて「鳥羽絵」の鼠、「黎明鞍
 馬山」の牛若丸で初舞台。五代目坂東八十助を襲名。
 昭和62年、歌舞伎座にて父の九代目坂東三津五郎襲
 名の際に「車引」の梅王丸と「蘭平物狂」の蘭平。
 平成12年、歌舞伎座にて「茶壷」の熊鷹太郎。
 平成13年、歌舞伎座にて十代目坂東三津五郎を襲名
■受賞歴/昭和63年、昭和62年度第38回芸術選奨文部
 大臣新人賞。平成4年、松尾芸能賞優秀賞。平成4
 年、浅草芸能大賞奨励賞、都民文化栄誉章。平成9
 年、真山青果賞
■映画/「MISHIMA」「利休」「写楽」
■テレビ/「おていちゃん」「ワーズワースの庭で」
 「徳川慶喜」他多数
■CM/加美乃素ターフ、ネスカフェ・ゴールドブレ
 ンド、フロンティア、キンチョール
■著書/「あばれ熨斗(のし)」三月書房刊
 
 
 
 
 

 
昨年の1月から襲名披露公演を全国でされてきたわけですが、
体調はいかがですか? 
 始まる前は「体調が持つだろうか」――それは途中で倒れるとかではなくて、そのす
べての興行を100%の力でやれるだろうか、と不安に思ったりもしました。
 去年の1・2月が東京、4月が大阪、10月が名古屋、12月が京都、そして2月に博多
で一ヵ月間……これだけの襲名披露興行があって、なおかつ、普通の芝居にも出る予定
でしたから、「ずっと快調でいけるのかな」と実は不安だったんです。
 しかし、あと一週間ほど残っていますが、「あの日はちょっと……」と悔いの残る日
というのは無かったですね。自分の持っている力をほぼ100%出せる体調で乗り切る

ことができました。

 
ずばりその秘けつは?
 それが今回のテーマですよね(笑)。うーん、「秘けつ」と言われても――特別には
ないんですよねぇ(笑)。ですから、このお話をいただいた時に、ホントに私ほど不適
切な人間はいないんじゃないか、と思ったんです(笑)。
 今まで一度も入院経験がなくて……これは唯一自慢できることなんですが、6歳で初
舞台に立って、一度も人に代役を頼んだことはないんです。人の代役をしたことは何度
かあるんですけどね。
 
丈夫なお子さんだった?
 子どもの頃は、よく舞台に出る前に知恵熱というのか、緊張が高まって初日の前に必
ず熱を出す子どもでした。しかし、長じてからは……それほど気を付けていることはな
いんですが、これまで興行に穴を開けたことはないですね。本当に丈夫に産んでくれた
両親に感謝していますよ。
 それと、もうひとつ感謝していることは、食事に対して非常に厳しかったことですね。
好き嫌いをするとよく怒られていましたからね。「何でも食べなさい」という風に育て
られたものですから、今でも食生活については、自分なりに調整し、考えながらやって
いますよ。とは言っても、「しばらく野菜を食べていないからサラダ食べよう」とか、
「肉とか油モノばかりに偏らないように」といった程度のことですけどね(笑)。
まぁ、それを楽しみながらやっている感じですね。
 
「和食しか食べない」といったこだわりも特にない?
 「歌舞伎役者は和食好き」と思われるでしょうが、意外に肉や油っこいもの、味の濃
いものが好きなんです(笑)。やはり、歌舞伎は肉体労働ですから。例えばテレビに出
たり、映画に出たり、歌舞伎以外の舞台などに出る時と比べると、肉体の酷使の仕方は
3〜5倍ぐらい違いますね。
 
その違いというのは?
 まず衣装の重さが違いますよ。重い場合だと20キロ以上のものを身にまとって動かな
ければいけませんからね。
 それと、歌舞伎にはマイクロフォンが一切ありませんよね。ですから、腹の底から大
きな声を出さなければいけないんです。よく「声を出すのは健康法だ」と言われますが、
それはよく分かりますね。動きがまったくない役でも、大きな声を出すだけで汗がダッ
と出てくる。声を出すということは、相当なエネルギーを必要とするんですね。
 私はいろんなジャンルのお芝居やテレビや映画などのお仕事を経験させていただいて
いますから、きちんと比較することができるわけですが、やはり歌舞伎をやるのが一番
の肉体労働ですよ。
 
一ヵ月にもわたる公演に向けての準備というのは?
 公演に向けてジムに通っているとか、家で腕立て伏せをしているとかは……ないです
ね(笑)強いて気を付けていることといえば、うがいは欠かさないようにしています。
 それと、私たちの仕事は、今回のように巡業先で30日間ずっとホテルに泊まることが
多いですから、寝る前の冷暖房の切り忘れだけはしないようにしています。
 酔っぱらって帰ると、ついつい忘れちゃうんですよ(笑)。それは気を付けています
ね。
 
お酒はよくお飲みになる?
 お酒はね、飲み過ぎれば誰でも調子が悪くなるわけです。次の日に影響を与えますよ
ね。40を過ぎるとそれが如実に出ますから(笑)。
 ただ、「たまには体を休めようか」と、まっすぐホテルに帰るとですね、逆に疲労と
いうか雑念を発散しきれなくて部屋で悶々としてしまう。結果的にその日が一番遅くま
で起きていた、ということがよくあるんですよ。
 ですから、まぁ適度な不摂生……これは、私の造語なんですが、『適度な不摂生』が
いいと思いますね。
 
坂東さんの健康の秘けつ……キーワードは「自然体」と言えるかも知れません。
 公演が始まる前に一週間ほど舞台稽古をやってから本番へと向かうんですが、やはり
初日から3・4日ぐらい経たないと体が慣れてこないんですね。そこをどう乗り切るか
が最初のポイントですね。
 そして、25日間すべてをベストの状態でやることは難しいわけです。「今日はちょっ
と疲れているな」という時に、それをどう乗り切るか。その状況からベストの状態へと
揺り戻しができる能力が必要なんです。
 逆に「人間の体というのは凄いな」と思うのは、5日目ぐらいからは体が簡単には疲
れなくなるんです。つまり体が慣れてくるんですね。
 それと「あまり最初からとばしてはいけない」という……パワー配分と言うんですか
ね。それはこれまでの経験で身に付けていますから。
 確かに若い時は稽古の段階で100%の力を出してしまって、必要以上に疲れてしま
うということがありました。
 声もいっぺんに使わずに、徐々にならしていかなければいけないんですが、公演前に
頑張りすぎてしまって、ね。
 今言われた「自然体」はその通りだと思います。それは、長年の経験で「過度な緊張
を自分の体に強いても、自分の実力は出せない」ということを知っているということで
しょうね。
 もちろん、「自分は丈夫なんだ」と過信していてはいけませんから、今回の博多座を
終えて、少しスケジュールの空く4月になって、病院に検査に行こうと思っています。
 
今後も、各界の著名な方々に健康法をお伺いしていきます。どうぞ御期待下さい。