医療情報室レポート No.266 特集:「医療DX」について~その2~

2024年5月31日発行
福岡市医師会医療情報室
TEL852-1505・FAX852-1510

特集:「医療DX」について~その2~

 我が国で急速に進む少子高齢化により人口減少が続いており、2040年には約1,100万人の働き手が不足すると予測されている。
 様々な業界において、デジタル技術を活用した変革(DX:デジタルトランスフォーメーション)の推進により業務効率化や労働生産性の向上が図られており、医療界では政府が示す工程表に基づいて「医療DX」が進められている。
 その実現に向け、「全国医療情報プラットフォームの創設」、「電子カルテ情報の標準化等」、「診療報酬改定DX」を三本柱に取組みが進められていることは、本レポートNo.258(2023/3/31)で特集したところであるが、政府の性急な「医療DX」推進により、医療現場に別途の労力やコスト負担が生じており、順調には進んでいない実情がある。
 今回は「医療DX」に対する医療現場の進捗状況、政府が取組む「医療DX」、令和6年度診療報酬改定における「医療DX」の推進、福岡市医師会の取組みについて特集する。

●医療現場の進捗状況

 福岡市医師会では「医療DX」における医療現場の進捗状況について、会員医療機関宛に調査を行い、結果概要を定例記者会見(令和6年4月3日)にて公表した。
 医療現場の負担軽減を目的とする「医療DX」は、電子化による業務負担軽減などがメリットとして挙げられる一方、診療に至るまでに紙の医療証の確認などの煩雑な作業が別途発生する場合がある。また、電子機器に関してはベンダー(システム業者)の対応が多種多様で、補助金では足りずに追加の導入費用負担やランニングコストが高額といった機器の維持に必要な費用面にも苦慮している。

 「医療現場における問題事項」調査
   調査対象 会員医療機関 1,306件
   回答状況 429件(32.8%)
   調査期間 令和6年3月1日~15日

※「医療扶助のオンライン資格確認対応状況」
  令和5年4月より医療機関には「オンライン資格確認」導入が原則義務化(福岡県の導入率92% R6.4.28時点)
  令和6年3月から医療扶助(生活保護)に対応 ※別途システム改修が必要

 
 【調査結果から見えた医療現場への影響】
   ○導入前後の煩雑さと負担感
   ○導入費用やランニングコストが高い
   ○セキュリティ対策(対策費用、情報漏洩時)
   ○行政や業者の対応遅れ(システム改修待ち)
   ○マイナ保険証の普及率が低い
         ↓
   ★「医療DX」は徐々に進行している段階
   ★電子化に伴う費用面や業務負担感などの解消が課題

 ※詳細は福岡市医師会ホームページ(令和6年4月3日 定例記者会見)参照
  ( https://www.city.fukuoka.med.or.jp/blog/6908/

●政府が取組む「医療DX」

 「医療DX」の基盤として、マイナンバーカードに健康保険証の機能を持たせた「マイナ保険証」の利用が促進されており、現行の保険証は令和6年12月2日に廃止が決定しているが、利用率はわずか6.56%(令和6年4月分)と1割以下に留まっている。また、カード保有者で利用登録完了は78.2%(令和6年3月31日時点)で、カードと保険証の紐づけをしていない人もまだ一定数いる状況である。
 「医療DX」施策としては、「オンライン資格確認」「電子処方箋」に続き、「電子カルテ情報共有サービス」令和7年4月に開始予定、「標準型電子カルテ」は必要な要件定義等に関する調査研究が進んでおり、令和12年(2030年)までに全ての医療機関に導入が目標とされている。

患者側 医療機関側
1.マイナ保険証 2.オンライン資格確認システム 3.電子カルテ情報共有サービス 4.標準型電子カルテ
マイナンバーカードを健康保険証として利用(要登録)
現行の健康保険証は令和6年12月2日(月)に廃止が決定
※利用率6.56%(令和6年4月分)
マイナンバーカードのICチップ等により、オンラインで患者の医療保険の資格情報を確認
子ども医療証重度障がい者医療証などへの対応が課題
①紹介状送付②健診文書閲覧③6情報閲覧(傷病名・アレルギー・薬剤禁忌・感染症・検査・処方)の3つで構成され、患者同意にて全国の医療機関で情報閲覧が可能
※令和7年4月開始予定
標準規格に準拠したクラウド型(インターネットを通じて利用するシステム)の電子カルテ
最小限の基本機能で、各施設に応じたオプション機能が連携できる仕組み
※令和6年中に開発着手予定

●令和6年度診療報酬改定における「医療DX」の推進

 令和6年6月施行の「診療報酬改定」では2年前の改定に引き続き、「医療DX」が重要項目の一つとして位置付けられている。
 今回は「医療DX」の推進体制整備を評価する点数が以下のとおり新設・見直しされているが、「医療DX推進体制整備加算」については診療報酬の基準に電子処方箋の体制整備マイナ保険証の一定程度の実績などが盛り込まれており、医療機関での対応が促されている。

<令和6年度診療報酬改定における「医療DX」関連の内容>

  項目 改定後点数 改定後の主な施設基準および算定要件
新設 医療DX推進体制整備加算 8点
(初診時月1回)
  • レセプトのオンライン請求の実施
  • オンライン資格確認を行う体制の整備
  • 医師がオンライン資格確認を利用して取得した診療情報を診察室等で閲覧または活用できる体制の整備
  • 電子処方箋を発行する体制の整備 ※経過措置:令和7年3月31日まで
  • 電子カルテ情報共有サービスを活用できる体制の整備 ※経過措置:令和7年9月30日まで
  • マイナンバーカードの健康保険証利用について一定程度の実績 ※令和6年10月1日から適用
  • 医療DX推進の体制に関する事項および質の高い診療を実施するための十分な情報を取得し、および活用して診療を行うことについて、医療機関の見やすい場所およびウェブサイト等に掲示
見直し 医療情報取得加算
(旧:医療情報・システム基盤整備体制充実加算)
 加算1 3点
 加算2 1点
   (初診時月1回)
 加算3 2点
 加算4 1点
   (再診時3月に1回)
  • レセプトのオンライン請求の実施
  • オンライン資格確認を行う体制の整備
  • オンライン資格確認を行う体制を有していること、医療機関を受診した患者に対し、受診歴、薬剤情報、特定健診情報その他必要な診療情報を取得・活用して診療を行うことを医療機関の見やすい場所およびウェブサイト等に掲示
    ※体制整備から初診時などに診療情報や薬剤情報の取得・活用に係る評価へと変更
診療録管理体制加算 【新設】
 加算1 140点
【区分変更】
 加算2 100点
 加算3   30点
 (いずれも入院初日)
[診療録管理体制加算1]
  • 許可病床数200床以上の医療機関については、専任の医療情報システム安全管理責任者を配置
  • 非常時に備えた医療情報システムのバックアップを複数の方式で確保し、その一部はネットワークから切り離したオフラインで保管
  • 非常時を想定した医療情報システムの利用が困難な場合の対応や復旧に至るまでの対応についての業務継続計画(BCP)を策定し、少なくとも年1回程度、定期的に訓練演習を実施また、その結果を踏まえ、必要に応じて改善に向けた対応を行うこと

 

●福岡市医師会の取組み

 「医療DX」で電子カルテに関しては「カルテ情報の標準化」が政府方針の一つである。
 本会では今後必要とされる情報共有と対策検討のため、「福岡市医師会医療DX推進会議」を令和5年度に設置、今後の電子化の方向性について講師を迎え、担当役員や会議メンバー等で情報共有を行う会議を下記内容にて開催した。
 会議の動画や資料は本会会員専用ホームページに掲載し、会員向けに周知を行っている。

     <第1回福岡市医師会医療DX推進会議>

 日程等 令和6年4月17日(水)  於:福岡市医師会館8階講堂
 内 容 1.「医療DX政策と今後」
        九州大学大学院医学研究院医療情報学講座教授
         中島 直樹 先生
     2.「医療DXの取組について~電子カルテ等の標準化を中心に~」
        厚生労働省医政局参事官(特定医薬品開発支援・医療情報担当)
         田中 彰子 氏
     3.「適正な保険診療を行うための電子カルテの要望事項」
       福岡市医師会 常任理事 江頭 省吾
     4.質疑応答

 <市医会員専用ページ「特設ページ」>
  「医療DX」内「医療DX推進会議」
   https://www.city.fukuoka.med.or.jp/members/iryou_dx/suishinkaigi/

医療情報室の目

★「医療DX」の円滑な推進のために

 政府主導で進められている「医療DX」について、その基盤となるマイナ保険証はマイナポイント事業の効果もあってか、健康保険証としての利用登録率はカード保有者の約8割近い割合にもかかわらず、医療機関や薬局での利用率は1割を切っている。国民が利用に消極的なのは、別人の情報が誤登録される問題(約9,200件)やカードの偽造事件発生などマイナンバーカードに対する不信感、従来の保険証でも支障なく受診できるため利点に乏しいことが要因と考えられる。
 上述した本会実施の調査でも分かるように医療現場への影響としては、マイナ保険証に一体化されていない子ども医療証や難病などの紙の医療証確認、従来の保険証との内容不一致が稀に生じるなど、診療以外の煩雑な確認作業が発生している。また、既存のシステム改修やランニングコスト、さらに電子化に伴いサイバー攻撃のリスクは増大することになるので、各医療機関ではセキュリティ面の費用も負担のうえ備えなければならない状況にあり、政府が思い描く「医療DX」は医療現場が抱えるこれらの問題を解決することなしに目標通りに実現するには程遠い。
 取得が任意のマイナンバーカードに保険証機能を持たせ、現行の保険証廃止まで約半年に迫る中、厚労省は本年5~7月をマイナ保険証の「利用促進集中取組月間」として、利用者数に応じて医療機関に一時金を支給、6月施行の診療報酬改定で新設の「医療DX推進体制整備加算」では、電子処方箋の体制整備やマイナ保険証の一定程度の実績などが算定要件とされるなど、現場の実情と相反する政策・改定が進められている。電子処方箋については導入補助金があるものの、国・県と申請先が複数あることや、対応薬局の少なさ、処方内容の控えは紙面で運用と医療現場の作業は非常に煩雑になっている。加えてマイナ保険証で受付できない医療機関の通報を一部国会議員に促すなど、利用低迷の問題を医療機関に押しつけるような姿勢には大変疑問を感じざるを得ない。
 「医療DX」推進による負担軽減や業務効率化、情報連携の円滑化に反対するものではないが、医療現場の負担がかえって増すことは避けるのは無論、医療情報は生命・健康に直結するものであり、拙速な推進が地域の医療提供体制に混乱や支障を生じることはあってはならない。国民、医療者の誰一人も取り残さないデジタル化の推進には、患者や医療機関が十分な信頼がおける制度となるよう政府は議論を尽くし、国民目線・現場目線での政策立案と遂行を切に望みたい。

編集
福岡市医師会:担当理事 牟田 浩実(情報企画・広報担当)・江口 徹(地域医療担当)
※ご質問やお知りになりたい情報(テーマ)がありましたら医療情報室までご連絡ください。

(事務局担当 情報企画課 上杉)