医療情報室レポート No.262 特集:災害等の危機管理体制

2023年11月24日発行
福岡市医師会医療情報室
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特集:災害等の危機管理体制

 新型コロナウイルスのような新興感染症の発生、地震や風水害等の自然災害、他国からの武力攻撃やテロなど現代社会には様々な危機が存在している。災害や不測の事態が生じた時には、迅速かつ的確な対応が求められるが、危機発生時の混乱を最小限に抑えるためには平時から「危機管理体制」を構築し、万が一に備えることが必要である。
 昨年2月からのロシアによるウクライナへの軍事侵攻や、本年10月に突如として始まったパレスチナ自治区のガザ地区を実効支配するイスラム武装組織ハマスとイスラエルの大規模衝突では、医療施設も被害を受けて多数の死傷者が出ており、電気や燃料、医薬品不足により病院機能が停止するなど深刻な被害が生じている。我が国でもミサイル攻撃などで他国から武力攻撃を受ける可能性はあるが、有事の際の医療提供体制についてはあまり議論されていない。
 今回は災害等の危機管理体制として、パンデミック対策や自然災害への備え、有事における医療現場の対策などについて特集する。

●感染症等のパンデミック対策

○新型コロナウイルス対応から得た教訓
 新興感染症への危機管理体制として、新型コロナへの対応から得た経験をもとに、今後起こり得る新たな感染症にも対応できるよう、体制を強化することが必要である。次なる医療危機への備えとして、新型コロナ対応から得られた課題について次のとおりまとめた。

  項目 内容
1 人材や医療資材・感染対策物資の確保 有事の際、横断的に人材を配置、医療資材やマスクやガウン等の感染対策物資が枯渇することなく、安定して医療提供を行うことができる体制の構築
2 医薬品の安定的な供給体制 平時だけでなく、感染症蔓延時や災害などの有事の際にも、状況に合わせた供給体制や生産体制を確立
政府が普及を後押ししてきた安価な後発薬については、産業構造の抜本的な改革が必要
3 各関係機関との連携や情報共有 行政(保健所)、基幹病院や重点医療機関、郡市医師会や有識者等を交えた会議体を構成して情報等を的確に分析し、機動的に対策等を検討する体制の強化
4 患者の受診控えや感染対策へのコストによる医療機関の経営悪化 有事の際でも通常医療の診療体制を確保、また、医療機関に対し迅速な財政的措置を行い、経営基盤を損なわないための支援

○政府「内閣感染症危機管理統括庁」を発足
 感染症の危機管理について政府の司令塔となる「内閣感染症危機管理統括庁」が令和5年9月に発足した。迅速な意思決定ができるよう内閣官房に設置され、平時と有事それぞれの状況において各省庁を横断的に統括する。

平時>
次の感染症危機対策の準備を政府行動計画に位置付け、初発の探知能力向上、感染症危機は必ず起こり得るものであるとの認識、検査体制・ワクチン・治療薬・診断薬などの研究開発体制、情報の有効活用のためのDX推進

<有事>
インフルや新型コロナ以外の呼吸器感染症が流行の可能性、囲い込み・封じ込めに注力、状況の変化や社会経済等の状況に合わせ柔軟に対策、病原体の変異による感染拡大の繰り返しや対策の長期化を想定

●自然災害への備え

 近年、全国各地で地震や風水害などの大規模自然災害が頻発し、甚大な被害が続出しており、平時からの備えが求められている。
 本会では平成17年3月に発生した「福岡県西方沖地震」を受け、平成18年3月に「福岡市医師会大規模災害対策マニュアル」を作成したが、令和2年3月に「福岡市医師会大規模災害対策マニュアル(カテゴリーⅡ)」として改訂版を作成した。
 本マニュアルは平成29年に福岡県が策定した「福岡県災害時医療救護マニュアル」、福岡県医師会が策定した「福岡県医師会災害医療プログラム(カテゴリーⅡ)」との整合性を持たせたものである。
 また、発災直後から地域における災害医療に対応するため、発災の時間経過により3段階(自助期・共助期・復興期)に分け、各フェーズにおける本会と会員の役割や行動指針をまとめている。

※本マニュアルは本会会員専用ページに掲載( https://www.city.fukuoka.med.or.jp/members/yousiki/

<地震・風水害等の大規模自然災害発生時における福岡市医師会の役割>

段階 内容
自助期
  • 自身の安全確保を最優先とし、本格的な医療救護活動が可能となるための情報収集や準備を行いながら、可能な範囲で医療救護活動を行う時期
  • 被災をしていない無床診療所では一次救急に対応、被災をした無床診療所では避難所の初期運営と仮設診療所の設営に協力
  • 有床診療所や病院では自施設の被害状況に応じて、入院患者を転院移送
  • 緊急性の高い場合は消防、準緊急の場合は市医師会や区医師会の協力により移送先と移送手段を決定
  • 地域の医療提供体制を維持するため、必要に応じて仮設診療所や医療救護所を設置し、一次救急に対応
共助期
  • 市役所等へ執務する地域災害医療コーディネーターに医療需要や医療提供能力等の情報を提供し、医療チーム派遣や人的物的資源の供給等の調整を図る時期
  • 医療資源等の情報はEMIS(広域災害救急医療情報システム)が主となるが、市医師会による情報収集が重要
復興期
  • 地域の医療機能が復旧、JMAT等の医療チームが撤収する時期
  • 復興期を早期に迎えるためには、医師会組織による会員医療機関への支援が必要

※「福岡市医師会 大規模災害対策マニュアル(カテゴリーⅡ)」をもとに作成

●武力攻撃等への対処

○他国からの攻撃への備え
 我が国に対し、他国から武力攻撃大規模テロなどが行われた場合に国民の生命・身体・財産を保護することは「国民保護」と呼ばれる。
 「国民保護」の具体的な内容と国や地方自治体などの責務について規定した法律が平成16年9月に施行された「国民保護法」で、“避難”、“救援”、“被害の最少化”を三つの柱としている。
 また、県や市町村と協力して国民保護措置を実施する機関を「指定地方公共機関」と呼び、電気、ガス、輸送、通信、医療などの公益的事業を営む法人が指定される。
 福岡県では「福岡県国民保護計画」を策定し、医療分野においては福岡県医師会「福岡県医師会国民保護業務計画」を策定しており、平時からの備え、武力攻撃事態や緊急対処事態への対処などについて計画している。
 有事の際にはこれらの計画に基づき、負傷者等に医療の提供を行うことになる。

※詳細は福岡県防災ホームページを参照( https://www.bousai.pref.fukuoka.jp/protection/

○戦時下・被災国への支援
 福岡市医師会ではロシアによるウクライナへの軍事侵攻に対し、本会常任理事会(令和4年3月10日)において侵攻を非難する決議を採択し、ウクライナへの各種支援に取組んできた。また、令和5年2月に発生したトルコ・シリア地震についても支援に取組んでいる。

 1.ウクライナへの支援
  ①医療支援金の送付(令和4年4月)
  ②無料健康診断の実施(令和4年8月~令和5年5月)
  ③支援物資手交(令和4年12月、令和5年11月)

 2.トルコ・シリア地震への支援
  ①医療支援金の送付(令和5年3月~4月)

 

●有事における医療現場の対策

 自然災害や他国からの武力攻撃等の有事の際も、可能な範囲で地域の医療提供体制を維持させることが、各医療機関には求められる。また、通常の武力攻撃だけでなく、昨今増加しているサイバー空間上での攻撃については、既に医療機関での被害が実際に発生しているため、サイバーセキュリティ対策の強化も必要である。医療現場の対策について次のとおりまとめた。

項目 内容
BCP(事業継続計画)の策定 有事の際でも、発災直後から被災者への緊急医療などが必要なため、被害を最小限にとどめ、診療を継続させるための「事業継続計画=BCP(Business Continuity Plan)」を各医療機関が策定することが必要
各種データ等のバックアップ 武力攻撃やサイバー攻撃を受けた際、電子カルテ等のデータが消失または使用不可になることを防ぐため、バックアップデータは複数の方式で管理、さらに少なくとも一つは院内ネットワークから切り離した状態で管理
※BCP策定やサイバーセキュリティ対策については過去の当レポートを参照
  No.226「医療機関に求められる災害対策」
   ( https://www.city.fukuoka.med.or.jp/jouhousitsu/report226.html )
  No.236「診療所における水害対策」
   ( https://www.city.fukuoka.med.or.jp/blog/1110/ )
  No.253「医療機関におけるサイバーセキュリティ対策」
   ( https://www.city.fukuoka.med.or.jp/blog/4389/ )

医療情報室の目

★危機管理意識を高める

 新興感染症等のパンデミック対策や自然災害への備えについてはある程度議論が進み、危機管理体制の構築が進んでいるところだが、武力攻撃や大規模テロなどの有事に関しては「国民保護計画」が作成されているものの、医療提供体制の維持や構築については今一歩踏み込んだ議論がなされていない。戦後78年を迎え、戦時下に置かれることのない平和な時を長く過ごしてきた日本においては、国民や政府の危機管理意識は薄く、他国の戦争などどこか他人事だと捉えてしまいがちだ。しかし、混沌としている昨今の世界情勢では国内で決して武力行使が起きないとは断言できず、いつどこで自らが巻き込まれてしまうか分からないといった危機感を国民が意識することが必要である。
 2011年に米国防総省はサイバー空間を陸・海・空・宇宙空間に次ぐ「第5の戦場」であると定義しており、近年、ランサムウェアやなりすましメールのような外部からの悪意ある攻撃により、国内の医療機関では実際に診療業務に支障を及ぼす事例が頻発していることから、国境の無いサイバー空間においてはある意味既に戦時下にあるとも言える。また、現代の戦争は従来のミサイルやドローン等の兵器に加え、サイバー攻撃、フェイクニュース等の情報戦、心理戦などを組み合わせたハイブリッド戦争が主流となっており、今後、ChatGPTなどの生成AIを悪用した未曾有のサイバー戦争が起きる可能性も十分にある。現行の法律では攻撃を受けた事後にしか対応できないため、政府にはサイバー攻撃を未然に防ぐ「能動的サイバー防御」の導入に向けた法整備を加速することを求めたい。
 危機管理体制の構築は被害の最小化や迅速な対応等に有効であることは言うまでもないが、実際に地震、爆破事件や武力攻撃などの予測できない有事が突然目の前で起こった場合、現場の混乱の中で冷静に対応することは決して容易ではない。その中でも、我々医師には命の危機に瀕している目前の患者の治療が課せられた使命であり、平時から危機管理意識を高め備えることが肝要となる。

編集
福岡市医師会:担当理事 牟田 浩実(情報企画・広報担当)・江口 徹(地域医療担当)
※ご質問やお知りになりたい情報(テーマ)がありましたら医療情報室までご連絡ください。

(事務局担当 情報企画課 上杉)