医療情報室レポート No.268 特集:医療機関への誹謗中傷をめぐる現状
2024年9月27日発行
福岡市医師会医療情報室
TEL852-1505・FAX852-1510
特集:医療機関への誹謗中傷をめぐる現状
一般的に誹謗中傷とは「悪口や根拠のない嘘などを言いふらし、人や企業の社会的評価を低下させること」である。近年、スマートフォンの普及と同時に、SNS等のプラットフォームサービスの利用が増加しており、個人での情報発信が容易となる一方、匿名性を悪用したインターネット上での誹謗中傷が深刻な社会問題となっている。
医療機関でも事実と異なる投稿や根拠のない評価がインターネット上に書き込まれ、中には医師個人を標的とするような誹謗中傷も行われているが、医療機関としては匿名による投稿が受診等した者かどうかの確認はできないし、抗議するにも守秘義務による観点からも具体的な内容を投稿することもできない。また、サイト事業者側に削除申請したところで、すぐに応じてもらえるわけでもなく、発信者の情報開示請求を行い、投稿を削除してもらうには多大な時間と煩雑な手間・労力がかかるのが実情である。
今回はインターネット上の誹謗中傷を中心に、現状と法改正による国の対応等について特集する。
●誹謗中傷の現状
○福岡市医師会の調査結果
本会における定例記者会見にて、令和5年9月実施の「医療現場の迷惑行為調査」、令和4年9月実施の「医療現場の安全対策調査」の結果を発表しており、両調査で「SNS/インターネット上での誹謗中傷・悪質な口コミ」が“有”と回答した医療機関は令和5年は94件(回答の49.5%)、令和4年は92件(回答の49.5%)であった。
具体的事例では特定サイトの口コミに対する意見が多く、「星1つで低評価をして、受診時の不満を記載、中には医師の実名を書いて誹謗中傷」・「低評価の内容はほとんどが事実無根」といった内容が寄せられており、本会定例記者会見を通じて医療現場の実情を社会に訴えている。
※両調査とも回答の上位5位のみを掲載。詳細は福岡市医師会ホームページを参照。
( https://www.city.fukuoka.med.or.jp/blog/category/press-release/ )
○悪質な口コミを巡る動き
プラットフォーム事業者が提供する地図サイト等では、店舗や医療機関等のビジネス情報が事業者の希望の有無に関わらず掲載されており、利用者側がアカウントを取得していれば、誰でも自由に口コミ投稿や数値等での評価を行うことができる。
しかし、事実と異なる悪評が書き込まれた場合、医療機関が削除依頼をしても、投稿者個人の感想や主観、真偽の証明ができない等の理由から簡単には応じてもらえない現状がある。
近年、投稿者や事業者を相手に訴訟を起こす動きが次のとおりあり、裁判所が投稿削除や損害賠償の支払いを命じる判決が出ているものもある。
<大規模プラットフォームの口コミに対する医療機関や医師からの訴訟について>
主な内容 | 結果 | 備考 |
全国の医師ら約60名が口コミ欄の悪評を放置され営業権を侵害されたとしてグーグルを集団提訴(令和6年4月) | 令和6年07月 第1回口頭弁論 実施 令和6年10月 第2回口頭弁論 予定 |
グーグルは請求棄却を要求 次回までに理由を書面で提出予定 |
眼科診療所(兵庫県)がグーグルの口コミ欄に悪評を書き込んだ女性に対し投稿削除と損害賠償を求めて提訴(令和6年1月) | 大阪地裁が投稿者に投稿削除と損害賠償金(200万円)の支払いを命令(令和6年5月) | 投稿者特定から判決まで約3年の期間を要した |
心療内科(愛知県)が口コミで名誉を侵害されたとしてグーグルに投稿削除を求めて提訴 | 東京地裁がグーグルに投稿削除を命令(令和6年6月) | 投稿者が記載した受診日が休診だったことから、内容が虚偽と判断 |
●法改正による国の対応
○「情報流通プラットフォーム対処法」成立
インターネット上での権利侵害についてプロバイダ(インターネットへの接続サービスを提供する事業者)が負う損害賠償責任や、発信者情報の開示などを定めた法律が平成14年5月に施行された「プロバイダ責任制限法」である。
その後、投稿者の情報開示手続きの簡素化等の改正が行われたが、被害者からの要望が多い投稿の削除や、各事業者の相談窓口設置や削除基準の整備や公表等に関する規定が無いことから、①対応の迅速化、②運用状況の透明化を大規模プラットフォーム事業者に義務付ける法改正が行われ、令和6年5月に「情報流通プラットフォーム対処法」が公布された。(公布後1年以内に施行予定)
誹謗中傷の削除等について一定の効果が期待されるが、各事業者がどこまで削除や対応体制の整備に応じるかなど実効性が課題となる。
「情報流通プラットフォーム対処法」の概要 |
※SNS等を運営する大規模プラットフォーム事業者に以下の措置を義務付け ①削除対応の迅速化 ○削除申請窓口や手続きの整備・公表 ○削除申出への対応体制の整備 ○原則1週間以内に対応結果を判断・通知 ②運用状況の透明化 ○削除基準の策定・公表 ○削除した場合、発信者への通知 |
※総務省ホームページをもとに作成
●対応と相談
○投稿内容の記録
医療機関や医師を誹謗中傷する内容がインターネット上に掲載されていた場合、サイト管理者に対する削除依頼や関係機関への相談等には客観的な記録が必要となる。
具体的には①掲載されたサイトやSNSのページ印刷、②当該サイトの名称、③URL、④書き込み者、⑤書き込み日時、⑥書き込み内容などである。(警察庁ホームページより)
○相談先・通報窓口
誹謗中傷に関しては、下図のとおり官民の相談機関等が対応しており、内容に沿った窓口への相談が必要である。
主な相談先は下表のとおりだが、書き込まれた内容が外部的名誉を低下、社会的信用を失墜、危害を加えたりするようなものであれば、名誉棄損等になる可能性があるため、誹謗中傷の事件化や相手方への処罰を望む場合は、最寄りの警察署に相談が必要である。
※総務省ホームページより ( https://www.soumu.go.jp/main_content/000862037.pdf )
<主な相談先等>
内容 | 連絡先等 |
解決策を相談したい、どうすればよいか分からない | 違法・有害情報相談センター (総務省) https://ihaho.jp/ |
プロバイダを通じて誹謗中傷の書込み削除を要請したい | セーファーインターネット協会 (民間企業) https://www.saferinternet.or.jp/bullying/ |
掲載サイトから投稿削除を要請したい | 各投稿や問合せフォーム等から サイト運営側に削除依頼 ※各サイトにより方法は異なる |
身の危険を感じている、事件化したい、相手の処罰を求めたい | 医療機関が所在する 管轄の各警察署 |
誹謗中傷した者の情報開示の裁判手続きをしたい | プロバイダ責任制限法 関連情報 https://www.isplaw.jp ※ガイドライン・開示請求の関係書式有 |
※総務省ホームページをもとに作成
○医師会における会員への対応
日本医師会にはインターネット上の誹謗中傷について、これまでも医療機関から相談が寄せられており、個別に対応を行ってきた。
今後は相談を一括して受ける「相談窓口」の設置を予定しており、設置が実現した際には寄せられた相談内容を厚生労働省と共有し、国としての対応を求めていくことを表明している。(令和6年6月日本医師会臨時代議員会質問への回答)
また、本会でも会員が対応に苦慮するような内容について、相談窓口設置等の体制整備を進めている。
○有料での口コミ削除案内に注意
医療機関宛に業者からインターネット上に事実無根の医療行為や低評価の口コミが掲載されているため、有料での口コミ削除案内があっており、本会でも会員より同様の情報が寄せられている。
このような案内の中には、運営会社が自社の社員に故意に低い評価を書かせ、「お金を支払えばもっと良い評価に変えてやる」として医療機関に金銭を要求する、いわゆる「マッチポンプ商法」を行っている業者もあると言われており、日本医師会では注意を呼びかけている。
医療情報室の目
★解決が望まれる社会全体の課題
総務省では令和2年に「インターネット上の誹謗中傷に関する政策パッケージ」を公開している。その中では「1.ユーザーに対する情報モラルおよびICTリテラシーの向上のための啓発活動」、「2.プラットフォーム事業者の自主的取組の支援と透明性・アカウンタビリティの向上」、「3.発信者情報開示に関する取組」、「4.相談対応の充実に向けた連携と体制整備」が掲げられ各取組みが進められている。また、今回特集のとおり本年5月の法改正により、大規模プラットフォーム事業者には「対応・削除の迅速化」や「運用状況の透明化」の対応が義務付けられることになったことで今後の状況改善が期待される。
SNS等インターネット上に誹謗中傷を投稿された医療機関としては、その匿名性から削除申請等には多大な労力と時間、更に法的な手続き等には費用が発生する場合もあり、診療外の業務負担となることで誤情報を放置せざるを得ず、不利益を被る状況に至ることになる。ネット上では個人の意見を気軽に投稿できるものではあるが、利便性が故に無責任に悪意のある内容や誤った情報を一方的に投稿することも可能である。しかしながら匿名性があるとはいえ、技術的に投稿の発信者は特定できること、また、相手の人格を否定または攻撃するような言い回しは名誉棄損や侮辱の罪に問われ高額な慰謝料を請求される可能性があり、民事上・刑事上の責任が追及されることは利用者の共通認識として必要ではないだろうか。
実際の医療現場で起きている暴力や暴言などの迷惑行為(ペイシェントハラスメント)に対して、本会では専用ダイヤルで会員医療機関から相談を受ける「防犯・安全対策支援事業」(令和5年9月開始)により対処しているところである。一方で、近年、医療業界のみならず、ネット上の誹謗中傷はそのことが原因と見られる芸能人の自殺や、スポーツ選手等が精神的に追い込まれるケースが報じられる等、解決急務の社会全体の課題となっている。解決には情報モラルやICTリテラシーの向上が欠かせないものと考えるが、政府には根絶に向けて一層効果的な取組みを切に望みたい。
編集
福岡市医師会:担当理事 江口 徹(情報企画・広報・地域医療担当)
※ご質問やお知りになりたい情報(テーマ)がありましたら医療情報室までご連絡ください。
(事務局担当 情報企画課 上杉)