医療情報室レポート No.261 特集:医療現場における迷惑行為

2023年9月29日発行
福岡市医師会医療情報室
TEL852-1505・FAX852-1510

特集:医療現場における迷惑行為

 顧客等からのクレームや苦情は従来、商品やサービス、接客態度等に対して不平・不満を訴えるもので、業務改善や新たな商品・サービス開発へとつながるものであったが、近年、過剰な要求やサービスに不当な言いがかりをつけ、労働者に多大なストレスを与える「カスタマーハラスメント」が社会問題となっている。
 厚生労働省は暴言・暴力や悪質なクレーム等を「顧客等からの著しい迷惑行為」としており、令和2年度の企業調査では相談件数、該当件数とも増加傾向で、令和4年2月には「カスタマーハラスメント対策企業マニュアル」を策定している。
 医療現場においても、患者等からの理不尽で自己中心的な要求や、暴言や暴力により不満をぶつけるといった迷惑行為により、通常診療に影響を及ぼす事例が発生しており、特に新型コロナウイルスの感染拡大後、医療従事者に対する嫌がらせなどその事例発生は顕著になっている。
 今回は、「医療現場における迷惑行為」の具体例や、本会で調査した医療現場の実情やその影響について特集する。

●医療現場の迷惑行為とは?

 医療機関では患者や家族に対して真摯に向き合い、誠実で公正な医療の提供を心がけているが、ごく一部の患者等から常識の範囲を超えた理不尽で自己中心的な要求や、医療従事者の人格を否定するような暴言や暴力といった「著しい迷惑行為」を受けることがある。
 これらの「医療現場における迷惑行為」「ペイシェントハラスメント」とも呼ばれ、長時間に亘る対応や繰り返される迷惑行為により通常診療に支障をきたしたり、職員の就業環境にも影響を及ぼしている。
 「ペイシェントハラスメント」についてはまだ明確な定義はないが、厚労省が定義する「カスタマーハラスメント」をもとにすると、次の内容と考えられる。

 「ペイシェントハラスメント=医療現場における迷惑行為」について
 ①患者等からのクレーム・言動のうち

 ②要求内容に妥当性があるのかを確認し

 ③要求実現のための手段等が社会通念に照らして不相当な範囲であって

 ④医療従事者の就業環境が害されるもの

●患者等からの迷惑行為の具体例

 「患者等からの迷惑行為(ペイシェントハラスメント)」について、厚労省資料をもとに具体例および対応例を次のとおりまとめた。

  類型 具体例 対応例
長時間拘束型 長時間にわたり、患者等が職員を拘束。
居座りをする、長時間電話を続ける。
対応できない理由を説明し、応じられないことを明確に告げる等の対応を行った後、膠着状態に至ってから一定時間を超える場合、お引き取りを願う、または電話を切る。複数回電話がかかってくる場合には、あらかじめ対応できる時間を伝えて、それ以上に長い対応はしない。
現場対応においては、患者等が帰らない場合には、毅然とした態度で退去を求める。
状況に応じて、弁護士への相談や警察への通報等を検討する。
リピート型 理不尽な要望について、繰り返し電話で問合せをする。
または面会を求める。
連絡先を取得し、繰り返し不合理な問合せがくれば注意し、次回は対応できない旨を伝える。
それでも繰り返し連絡が来る場合、リスト化して通話内容を記録し、窓口を一本化して、今後同様の問合せを止めることを伝えて毅然と対応する。
状況に応じて、弁護士や警察への相談等を検討する。
暴言型 大きな怒鳴り声をあげる。
侮辱的発言人格の否定名誉を棄損する発言。
大声を張り上げる行為は周囲の迷惑となるため、やめるように求める。侮辱的発言や名誉棄損、人格を否定する発言に関しては、後で事実確認ができるよう録音し、程度がひどい場合には退去を求める。
暴力型  殴る蹴るたたく、物を投げつける、わざとぶつかってくる等の行為。 行為者から危害が加えられないよう一定の距離を保つ等、対応者の安全確保を優先する。
また、複数名で対応し、暴力行為があった場合には直ちに警察に通報する。
威嚇・脅迫型 脅迫的な発言異常に接近する等といった、職員を怖がらせるような行為。
または、「SNSにあげる、口コミで悪く評価する」等と医療機関のイメージを下げるような脅しをかける。
複数名で対応し、対応者の安全確保を優先する。
中止を求め、応じなければ直ちに警察に通報する。
イメージを下げるような脅しをかける発言を受けた場合にも毅然と対応し、退去を求める。
状況に応じて、弁護士への相談等を検討する。
権威型 必要以上に患者様、お客様意識を表に出して、正当な理由なく、特別扱いを要求 不用意な発言はせず、対応を院長等と交代する。
発生したクレームには対応するが、特別対応には応じない。
院外拘束 患者の自宅等に呼びつけてクレームを行う。 現状、多くの場合には出向いて対応をしているが、診療等に不備が確認できない段階で出向いているケースもあり、結果としてクレーム事実があったとしても、過剰な対応のケースとして考えられる。
納得されず職員を返さないという事態になった場合には、必ず警察へ通報する対応をする。
セクハラ型 職員の身体に触る待ち伏せする、つきまとう等の性的な行動、食事やデートに執拗に誘う、性的な冗談といった性的な内容の発言を行う。 性的な言動に対しては、録音・録画による証拠を残し、被害者および加害者に事実確認を行い、加害者には警告を行う。
執拗なつきまとい、待ち伏せに対しては、施設への出入り禁止を伝え、それでも繰り返す場合には、弁護士への相談や警察への通報等を検討する。
SNS/インターネット上での誹謗中傷 インターネット上に名誉を毀損する、プライバシーを侵害する情報を掲載。 掲示板やSNSでの被害については、掲載先のホームページ等の運営者に削除を求める。
投稿者に対して損害賠償等を請求したい場合は、必要に応じて弁護士に相談しつつ、発信者情報の開示を請求する。名誉毀損等について、投稿者の処罰を望む場合には弁護士や警察への相談等を検討する。

※厚生労働省「カスタマーハラスメント対策企業マニュアル」をもとに作成

●医療現場の実情

 本会で2ヵ月毎に実施する「定例記者会見」にて、令和4年9月に行った「医療現場の安全対策調査」結果を発表しているが、「患者等からの暴力・ハラスメント等」が“有”と回答した医療機関は186件(41%)であった。
 ※令和4年10月5日 定例記者会見( https://www.city.fukuoka.med.or.jp/blog/4683/

 本年も医療現場の実情を社会に伝えることを目的に同様の調査を実施しており、「患者等からの迷惑行為」が“有”と回答した医療機関は190件(50%)と、昨年より9%増であった。詳細は令和5年10月4日実施の「定例記者会見」で公表予定だが、具体的事例として多いのは「暴言」「SNS/インターネット上での誹謗中傷・悪質な口コミ」「長時間に亘る拘束(居座り・長時間の電話)」等であった。
 ※本会HP( https://www.city.fukuoka.med.or.jp/blog/category/press-release/ )に掲載予定

●医療従事者を守る取組み

  項目 内容





「防犯・安全対策支援事業」の実施 医療現場の迷惑行為に対し、専用ダイヤルを設けて会員医療機関からの相談を受け、指導や助言、状況に応じて医療機関を訪問し、患者・家族等からのクレーム対応の際の同席、警備・防犯体制等に関する出前講座を行う「防犯・安全対策支援事業」を令和5年9月15日より開始
 ※1 詳細は市医会員専用ページを参照
迷惑行為対策ポスターの作成 「暴力・暴言、器物破損はNG」「迷惑行為により診療をお断りする」等を掲載した院内掲示用のポスターを独自に作成し、会員医療機関宛に配付
 ※2 ポスターは市医会員専用ページからもダウンロード可
各種講演会の開催 本会では「福岡市医師会防犯連絡協議会」を設置し、警察と緊密な連携を図っているが、「防犯連絡協議会総会」にて福岡県警による医療従事者の安全確保に関する講演会を昨年に引き続き実施予定
各種保険の加入促進 福岡医師協同組合を通じてハラスメント、クレーム等に対応する保険の加入促進を行っている

※1 https://www.city.fukuoka.med.or.jp/members/index-ishikai/anzentaisaku/

※2 https://www.city.fukuoka.med.or.jp/members/index-ishikai/meiwakukouitaisaku/

医療情報室の目

★迷惑行為の防止にご理解とご協力を

 近年、過剰なクレームや理不尽な要求、暴言・威嚇・誹謗中傷といった「著しい迷惑行為」が増加しており、企業は従業員を守るために毅然とした対応が求められている。福岡県警では本年5月、警察官への度を越した悪質な迷惑行為に対し、全国初となる独自の「カスタマーハラスメント対策」を設けたことを発表、6月には警察署に2時間近く居座り続けた男を逮捕するなど、警察といえども例外なく迷惑行為の対策に取組んでいる。
 医療現場においては、一昨年に大阪府、昨年は埼玉県で患者および医療従事者の死傷事件が発生、昨年6月には福岡市内で会員医師の刺傷事件が発生するなど、患者が殺意をむき出しにして、医療従事者の安全や生命を脅かす重大事件が続発している。前述の本会調査でも、必要以上に「患者様、お客様意識」を以って特別扱いを要求するような迷惑行為が多発しており、事件沙汰にはならないよう患者等とのトラブル対応に苦慮する医療機関は多い状況にある。
 医療機関は診療等を目的として誰でも容易に訪れることができ、診療所・病院など施設の規模、構造等が様々であるため、一律の防犯対策は難しく、医療機関毎に安全管理対策を講じる必要がある。また、医療機関の経営者および管理者は、職員に対して安全配慮義務を有する。つまり従業員の生命の安全、心身の健康への配慮義務があり、ハラスメント患者から従業員を守る義務がある。長時間や繰り返される迷惑行為への対応は、通常診療に影響を及ぼすだけでなく、医療従事者の疲弊や離職へと繋がり、心に傷を負って医療現場に復帰できない例も生じていることから、今後は被害を受けた職員への精神的なケアも必須となるだろう。
 医師法第19条第1項には受診を求める患者を拒むことできない「応招義務」が定められているが、厚労省では「診療拒否」が正当化される事例を示しており、「患者の迷惑行為」や「医療費不払い」等が該当することを明示している。(厚生労働省「応招義務をはじめとした診察治療の求めに対する適切な対応の在り方等」を参照)
 診療は「患者と医師の信頼関係」が前提で成り立つものであり、その基礎となる「信頼関係」の喪失や毀損させるような患者等に対しては、医療機関は毅然とした態度で対峙することが必要で、受診される方や家族に対する日常の診療業務や医療従事者の生活を阻害するような迷惑行為は控えていただくよう切に願いたい。

編集
福岡市医師会:担当理事 牟田 浩実(情報企画・広報担当)・江口 徹(地域医療担当)
※ご質問やお知りになりたい情報(テーマ)がありましたら医療情報室までご連絡ください。

(事務局担当 情報企画課 上杉)